738 契約でねじ曲げていた
紅白の道化師は、なおも哄笑し続ける。
「ケヒャーッヒャッヒャッ!
面白いですねぇ、本当に面白いですねぇ」
『俺は面白くねえよ』
「人間が騙されて消えていくのは実に楽しい。
ヒャーッヒャヒャヒャヒャヒャッ!」
『悪趣味だ』
「あのトーテン・シェーデルとかいう男も実に楽しませてくれましたね」
なにやら回想しているようだが……
『あんな骸骨野郎と一緒にしないでもらいたいものだな』
「小心者のくせに、悪事に躊躇いがない。
他人を何とも思っていないというのが素晴らしいでぇーす。
ああ、利用価値のある道具としては見ていましたねぇ」
その点については同意するが。
ただ、コイツと俺では感じ方が違う。
俺にとって、あの輩は嫌悪の対象でしかない。
それに対して道化師は──
「なおのこと好ましい人間でした」
こういう風に見ている。
「アレの瘴気にまみれた魂はまれに見る逸品。
思い出すだけでも涎が出そうになりますよ」
ただ、好物としてしか見ていないとも言えるようだが。
「……おっと、私にそのようなものが出せるはずはありませんでしたね。
フヒョヒョヒョヒョッ、これは笑ってしまいまぁす。
あの男に長く取り憑いていたことで少なからず同調してしまいましたか?」
『知らんわ、そんなこと』
まあ、自問行為にツッコミを入れても仕方がない。
そもそも奴は俺を閉じ込めたと思い込んでいるはずだ。
俺が様子を覗っているのは、それを確認するためである。
『脱出できるとは思っていないようだな』
【千両役者】のスキルを通して見ても不自然さを感じない。
油断なく俺が出てこないか観察している訳ではなさそうだ。
勝利の余韻に浸っていると見ていいだろうか?
まだまだ熟練度が低いので絶対とは言い切れない。
それが反撃を見合わせる要因となっている。
「今の段階で食べてしまったのは勿体ないのですよ?
熟成具合がイマイチだったのでぇす。
まさか、あの状態で仕上がるとは思ってもみませんでしたねぇ。
殺して殺しまくって虐殺の限りを尽くせばもっともっと美味しくなったでしょぉうに」
『コイツは……』
骸骨野郎を上回る悪だ。
即座に斬り捨てたくなるが、再生されては意味がない。
倒し方も考えないといけないって訳だ。
奴は光魔法で切ったくらいじゃ死ななかったし。
『真っ二つにしても再生してくるからなぁ』
恐らくノーライフキング並みの再生力だろう。
防御力は硬くはない方だが再生力が帳消しにする。
おまけに光魔法に対する耐性もある。
瘴気に対して特効性のある光魔法で斬っても消えるどころか切断がせいぜい。
普通なら消滅して終わっているはずなのだが、それがないのだ。
実に厄介である。
『下手に仕留め損なうと逃げられそうだし』
逃げたら力を蓄えるために潜伏されかねない。
ここで仕留めねば、面倒などという言葉では片付けられなくなるだろう。
『けど、一気に倒すのが難題なんだよなぁ……』
再生力を上回る攻撃をしようにも回避能力が尋常でないときている。
頭痛が痛いなどとアホなことを言いたくなってしまう気分だ。
「勿体ない、実に勿体なぁい。
あれほどの逸材は探し出すのも奇跡に近かったというのぉに
今後、アレ以上のものが見つかるかどうか……
それというのも神の戦士だかを名乗った黒ずくめのせいでぇす」
『知るか、骸骨野郎の自爆じゃねえかよ』
そもそもヴァンパイアになってさえ魔道具の影響を受け続けていたのだし。
『吸収される側としてだがな……』
そう考えた時、違和感を感じた。
骸骨野郎は魔道具と密接につながっていたはずだ。
にもかかわらず[憑依]や[傀儡]などの状態異常ではなかった。
『そんなことがあり得るのか?』
ふと気になって骸骨野郎の抜け殻を見た。
道化師が飛び出した時のまま背中が大きく避けている。
『しまった……』
スプラッタな感じがしてグロい。
これがあるから見ないようにしていたのを失念していた。
が、しかし見た甲斐はあったかもしれない。
『なんで今も消えてないんだ?』
ヴァンパイアとしての死を迎えたはずである。
灰となっていなければおかしい。
体が残っていたのは、道化師が寄生していたからだ。
奴が飛び出してきた以上は体は維持できないはず。
そう思っていた。
『ならば何故[寄生]にならなかった?』
何かがおかしい。
もし、俺の認識が根本から間違っていたなら。
常識に囚われすぎて先入観という色眼鏡で見てしまっていたのではないだろうか。
たぶん、そういうことなのだろう。
しかしながら、それがなんなのか見当さえつけられない。
「忌々しいことですねぇ。
でぇすが、それも終わりました。
ここを脱出したら次の目標を探すとしましょう」
『マズいな』
結界が維持されていることに気付くのは時間の問題だ。
俺は【目利きの神髄】を使った。
何度も頼るのもどうかと思ってはいたのだが。
そういうことを言っている場合ではないだろう。
結果、抜け殻には役割があったということが判明した。
魔道具と道化師を繋ぐ中継役である。
『道具に道具扱いされるとはな』
だが、そんなことよりも驚かされたことがある。
俺は骸骨野郎が魔道具に寄生されているのだと思っていた。
しかしながら、その関係性は逆だったのだ。
魔道具が骸骨野郎に寄生させていたのである。
別の言い方をするなら依存関係における主従の従が骸骨野郎だった。
主は魔道具サイドである。
つまり寄生されている宿主は魔道具ということになる訳で。
『骸骨野郎に[寄生]が表示されない訳だよ』
あれはされている側に表示されるものだ。
している側には何の表示もされない。
しかも魔道具との契約により口外できないようになっている。
『上辺だけを鑑定して満足したのは失敗だったな』
呪いに近い魔法的な契約を結んだことを見落としているのだから。
読み飛ばしたとも言う。
『面倒くさがるものではないな、まったく……』
とにかく、ここにきて魔道具の正体が判明した。
いや、魔道具と呼ぶのは適切ではない。
魔道具に姿を借りた悪魔なのだから。
『マジか!?』
その正体を知った時の感想だ。
驚きすぎて、それしか言えない状態だった。
俺の中にあった常識が色々と崩れ去っていった瞬間でもある。
普通は寄生する側が宿主のために働くなど考えられないことだ。
自然界ではあり得ない。
だが、魔法的な契約によってねじ曲げられてしまった場合は、その限りではない。
いかなる要望も押し通されてしまう。
故に「呪いに近い」のだ。
骸骨野郎は魔道具に寄生する形を取ることでヴァンパイアでいることを許された。
そして寄生する側でありながら色々なものを献上することになっていた。
『無茶苦茶だろ』
視覚や聴覚を寄生側に依存するなど常識外れにも程がある。
だが、鑑定対策としては有効だ。
依存しているはずの骸骨野郎に何も状態異常がつかないのだから。
そして非常識であるが故に本体であることを隠蔽しやすい。
誰も悪魔の本体が魔道具だとは思わないだろう。
本来、悪魔は霊的な存在だから何にでもなれるとは思うが。
いずれにせよ道化師に光魔法が通用しない訳が判明した。
『文字通り操り人形なんだからな』
空間魔法を介して瘴気でつながってはいるが、道化師は器物だ。
物が相手じゃ光魔法も普通の威力しか発揮できない。
だからこそ本体らしく振る舞う必要があった訳だ。
肝心の本体は目も耳も持ってはいないようだし。
でなきゃ今頃は俺を見つけているはずだ。
操り人形の目を通してしか見ることができない弊害だ。
『狙われちゃ、ひとたまりもないんだろうな』
色々と想像がつくというものだ。
ただ、実際にどうであるかは試してみなければ分かるまい。
そして先程までと違って確実にトドメを刺せるはずだ。
本体の方まで道化師のような回避能力を持っているというなら話は別だが。
しかしながら、それは考えにくい。
でなければ道化師があそこまで必死に躱したりはしないだろう。
『せいぜい道化師に邪魔されないようにするさ』
ならば、まずは騙されたままだと思わせた方がいいだろう。
俺が躍起になればなるほど、奴も対抗せざるを得ないのだから。
「アレ以上の贄を探すとなると大変でーす。
きっと骨が折れてしまいまぁす。
OH! 私に骨などありませぇんでした」
何処までもふざけた奴である。
「せめて同等になりうる魂を見出したいものですが。
時間をかけて熟成させれば、あるいは化けるかもしれないでぇーす」
『そういうのを取らぬ狸の皮算用って言うんだよ』
俺は隠れ潜んでいた結界を解除し奴に光剣モードのガンセイバーで斬り掛かる。
まずは挨拶代わりに背後からバッサリだ。
「フヒョッ?」
再び両断された奴が再生することも忘れて振り返ろうとした。
バランスを崩し倒れそうになったところで慌てて体をつなぎ合わせる。
その間に俺は軽いバックステップで間合いを取った。
振り返った道化師が俺を視認すると──
「おやおやおやぁ?」
思いっ切り首を捻って不思議そうに俺を見る。
「おかしいでぇーす」
『何がおかしいんだよ』
「私のシャドウコフィンから逃れられるなぁんて異常事態でぇす」
『言うほどの代物じゃねえぞ?』
閉じる寸前に脱出していたし。
仮に逃げ遅れていたとしても破壊すれば良かっただけだ。
比較的高度な魔法を使っちゃいるが、どうということはない。
今回、同行しているうちの面子なら閉じ込められても出てこられるだろう。
『レベルアップ前のブルースには厳しかっただろうがな』
現状でも脱出で目一杯だとは思うが。
なんにせよ道化師には脱出されたと思われているようだ。
奴は腕を組んで考え込む仕草をする。
「不可解なのでぇーす」
その間に白々しくも再び影を走らせてきた。
『何度も同じ手が通用すると思っている訳じゃあるまい?』
コイツはそこまでの間抜けではない。
あるいは同じ手を使って種を暴こうという腹積もりか。
『さあ、どう来る?』
読んでくれてありがとう。




