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730 イライラしたり逃避したくなったり

 俺がメールの確認をしている間に、もう1人の俺がラソル様の相手をする。

 ただ、ラソル様担当の俺は何もしない。


 向こうはイタズラを何度も成功させてきた百戦錬磨の手練れである。

 ありとあらゆる事態を想定しているだろう。

 豊富な経験を生かして……


『嫌な経験だ』


 辟易とした気分になるが、だからこそ気を引き締める。

 この分野での読み合いで勝てる気がしないからこそ嫌になるのだ。


 ここで俺が向きになるのは下策である。

 もし俺がラソル様を捕まえるために相対している今の情報を誰かに流したら……

 微妙な気配や表情の変化など、あらゆる情報から動き始めの段階で察知されるだろう。


『俺が【千両役者】をフル活用しても通用しねーだろうなぁ』


 なるたけ使わないようにしているために熟練度はまだまだ低い。

 ここでポイントを注ぎ込む気にもなれんし。


『カンストしてても通用する気がしねーもんよ』


 神級スキルならいざ知らず、アレは特級スキルだ。

 常人には通じても亜神の筆頭を務めるラソル様には児戯に等しく見えるだろう。


『どんなに誤魔化そうが分析されんだろうな』


 そして俺の行動が絞り込まれる。

 初期段階ではピンポイントでひとつに決め打ちされることはないかもしれない。


 が、対処可能ないくつかに収まればいいのだ。

 時間がたてば更に絞り込まれ、かなりの精度で読まれてしまうだろう。


 後はラソル様のペースになるだけだ。

 偽情報を流すなり何なりすればいい。

 俺はそれを見破れないだろうし。

 掌の上で踊らされるのは想像に難くない。


『だからこそ俺からは何もしない』


 単なる聞き役に徹するのみ。

 いくら先読みに優れていようと、こちらが受けに専念すれば材料は限定される。

 俺が受けに回ったことは読まれても、そこからできることは限られてしまうはずだ。


 情報が得られず、偽情報を流すこともできない。

 その場合の最善手は早急な撤退だろう。

 退路を広げることができないのだから。


『けど、それだけはないよな』


 逃げなきゃ捕まるが、イタズラが成功したとは言えない。

 暴露があって初めて成立することだ。


 故にラソル様に相対する担当に選ばれた俺は何もしない。

 ベリルママたちへの報告に回った俺にも何もさせない。

 何があったか把握するに留める。

 まあ、ベリルママにはショートメッセージを送り返したようだが。


『あれは仕方ないよな』


 ベリルママに泣かれるのが一番こわい。

 そのせいでラソル様に逃げられたとしても、そちらの方がマシである。


『………………………………………』


 とにかく俺はラソル様に対して沈黙を守る。


『あるぇー?

 僕がどんなお手伝いをしたのか聞きたくないのぉ?』


『で?』


 無視されていると思われても困るので必要最低限に絞り込んで言葉を発した。


『うわぁ、冷たいなぁ。

 せっかくパパパッと動いてみたのにぃ』



 要するにできることは限られていたと言いたいのだろう。


『で?』


 必要以上の情報は与えない。

 口調が不遜だろうが関係ない。

 脱走者に容赦はしないのだ。


『え~、調子狂っちゃうなぁ』


 ラソル様は気にした風もなくヘラヘラしているが。


『まあ、いいや。

 大したこともできていないし』


 その割に楽しそうに笑っている。


『僕がしたのはね』


 所々に間を入れながら喋り続けるラソル様。

 俺が促すまでもない。

 その余裕っぷりは腹が立つくらいだ。


 ここで時間をかければかけるほど逃げにくくなるというのに。

 何も考えていないかのような能天気さしか感じられない。

 それがイライラさせられる元になる訳だが。


 こうやって自分のペースに巻き込もうとしているのだろう。

 どうせ我慢したところで余計にあおってくるだけだ。

 ならば普通にイラッとしておくことにする。


『この離宮内にいる皆にお告げをしただけなんだ』


 何がおかしいのか「アハハ」と笑うラソル様。

 地味にイラッとする。


『お手伝いって言ったけど、大したことはできてないんだー』


 普通なら申し訳なさそうにする場面である。

 だが、ラソル様は楽しげに喋るのみ。


『予言したくらいだもんねー』


 どう考えても、からかわれている。

 そう思うだけで地味に苛ついた。

 実に良くない傾向である。

 徐々にイライラのゲージがたまってきているからだ。


『今宵、神の使いが現れるだろうって』


 デバフ系の魔法でも使われているんじゃないのかってくらいである。

 もちろん魔法を使われたという気配は感じない。

 亜神の魔法に抵抗できるかどうかは別だが、魔法を使われたことだけは見逃さない。


 伊達に【魔導の神髄】を持っている訳ではないのだ。

 しかも後一歩でプロ級と言われる熟練度になっている。

 神級スキルであるが故に、ここから熟練度を上げるのは至難中の至難ではあるが。

 まあ、それは別の話だ。


『後はいくつか助言はしたかなぁ』


 とにかく、ここまでのものを持っていれば亜神であっても簡単に誤魔化せはしない。

 にもかかわらず手玉に取られている。

 これは魔法ではなくラソル様のテクニックだろう。

 魔法なら対抗手段はある。


『神の使いの邪魔をしないようにとかー』


 が、現状をどうにかできる術がない。

 耐えようとすれば余計に酷い状態に引き込まれ。

 なすがままになるなら悪化するだけ。


 蟻地獄に突き落とされたような心境だ。

 それを思うと、またムカつく訳で。


『あー、王弟が襲われた話もしておいたよー』


 早急に逮捕されることを願うばかりである。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 目の前にいるフェーダ姫をほったらかしにする訳にはいかない。

 更にもう1人の俺が対応する。


『まったく……』


 溜め息をつきたくなってしまった。


「シノビマスター様は神の使いでいらっしゃるのですか?」


 割と大物感のあったフェーダ姫も神様が関連する話になると落ち着きをなくすようだ。

 身を乗り出しそうな気配が感じられた。


「イカニモ」


『言っとくけど、どこかのおちゃらけ亜神の使いじゃないからねっ』


 そう言いたいのに言えないもどかしさがある。

 一方で俺の返事を聞いたフェーダ姫は深く長く嘆息した。

 安堵から来るものだろうか。

 体から力みが消えていた。


「あれは夢ではなかったのですね……」


 などという呟きが聞こえてくる。

 もう1人の俺がイライラしながら聞いている話によると予言があったようだ。


「ならば、この国は救われる……」


『おーい』


 思わず呼びかけたくなったくらい己の世界に没入し始めた王女である。


「ああ、でも悪しき気配は日に日に強まっています……」


 もはや目の前に俺がいるのもお構いなしな様子で呟き続けている有様だ。

 両手を組んで神に祈るような仕草まで始めたし。


 俺を見ている訳ではない。

 それが証拠に斜め上を見上げている。

 天空の神に祈っているといったところか。


「神よ……」


 どうやら間違いないらしい。


「悪しき者を退け、この国と民をお守りください……」


 完全に置いてけぼりである。


『さて、声をかけるべきか否か』


 あまりに熱心に祈りを捧げているために声をかけづらいのだ。

 かといって、このまま放置し続ける訳にもいかない。


『仕事が終わってるなら放っておくんだが』


 まともかと思っていた王女が天然ちゃんだったからな。

 この状態のままで相手をしたくない。

 おまけに何時まで続くか分からないし。

 もう1人の俺はおちゃらけ亜神の相手でイライラがピークに達しつつあるし。


『帰りたい……』


 そう思ってしまうのは致し方ないのではないだろうか?

 だが、ベリルママが振ってきた仕事である。

 最後までやり遂げねばベリルママの見立てが間違っていたことになってしまう。

 そんなことは許されていいはずがない。


『骸骨野郎はただじゃ済まさん』


 黒幕をぶちのめすことを考えるだけでも、少しは気が楽になる。


『あー、これはイライラしている俺にも有効だな』


 どうでもいいことで悪循環に陥っていたもう1人の俺を救済する策に辿り着いた。

 さっそく脳内スマホのメモ機能でテキスト情報を書く。

 こうすれば自分で自分にメールを送るより手軽で確実に情報をやり取りできる。


[おちゃらけ亜神担当の俺へ。

 骸骨野郎をぶちのめすイメージを持て。

 少しはイライラが解消できるものと考える]


[王女担当の俺へ。

 すまぬ、かたじけない]


 口調が時代劇がかっているところを見ると際どいところだったようだ。

 なんにせよ提案を即座に実行し難を逃れることができた。

 そのことには安堵する。


 だが、同時に喜びきれない複雑な心境にもなった。


『結果的にフェーダ姫の天然ぶりが貢献してくれた訳だからな』


 人間がおちゃらけ亜神の罠を破った希有な例については特に思うことはない。


 問題は、俺の側の問題が何も解決していないということである。

 先延ばしにしたつもりはないが、そうなってしまった。

 これが夏休み最終日に大量の宿題を抱え込んだ学生の気分なんだろうか。


『現実逃避している場合じゃないな』


 とにかくフェーダ姫を現実に呼び戻すのが先決だ。


「神ニ祈リヲ捧ゲルノハソノクライニシテオケ」


「はっ!」


 呼びかけると、すぐに気が付いてくれたのは僥倖である。


「ももも申し訳ありません!」


 立ち上がってペコペコ謝り始めるが気にしない。

 正気に戻ってくれさえすればいいのだ。


「謝ル必要ハナイ。

 我ハ汝ラヲ保護シ神ノ意向ニ背ク者ヲ誅伐スルノミダ」


「保護の対象は私だけではないと仰るのですね」


「イカニモ」


 まともな人間はそれなりに残っているからな。


読んでくれてありがとう。

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