729 ハルト不意を突かれる
「伯爵は危険です」
「承知シテイル。
ダガ、我ノ敵デハナイ」
「無茶です!」
フェーダ姫が悲痛な表情を見せた。
だが、そんな訴えで止まるつもりはない。
『俺が何をしに来たのかを聞かせてやろう』
「我ハ、シノビマスター。
悪ニ罰ヲ下ス者ナリ」
「私も、ここに立てこもるのが精一杯なのですよ」
俺の揺るがぬ意思を聞かせても訴えをやめない。
『頑固な王女様だ』
「我ハ、シノビマスター。
神ノ意向ニ背ク愚カ者ヲ排除スル執行者ナリ」
「何を……」
強い気持ちのこもっていた瞳が揺らぎを見せた。
「言っているの……ですか?」
椅子に座っていなければ、よろめいていたかもしれない。
『そんなに驚くことか?』
意外な反応に俺は驚きを禁じ得ない。
もちろん動揺する情けない様を外に漏したりはしないが。
「我ハ、シノビマスター。
神ノ意向ニヨリ汝ラノ安全ヲ確保スルタメニ来タ」
「神? 神ですって……!?」
驚愕に目を見開くフェーダ姫。
『とてつもなく嫌な予感がするぜ』
どうして考慮しなかったのか。
こういう時はお約束と言っても過言ではないはずなのに。
そろそろほとぼりが冷める頃合いではなかったか。
『嫌だなぁ、嫌な予感がするだなんて』
頭の中に響く聞き覚えのある声。
『なっ!?』
完璧に不意を突かれてしまったことに動揺する。
危うく挙動が怪しくなってしまうところであった。
【千両役者】が無ければアウトだっただろう。
『あ、駄洒落になっちゃったかな?
アハハハハッ!
わざとじゃないんだけどねー』
全然、面白くない。
むしろ頭を抱えたくなった。
痛みがないのに頭痛がしている気分だ。
『酷いよね、ハルトくんは。
せっかく僕がお手伝いに来たのにさ』
言っていることは苦情のはずなのに、声音は楽しそうである。
芝居くさい台詞回しだ。
こんな相手は1人しか知らない。
そう、おちゃらけ亜神ことラソル様だ。
『くっそぉーっ、油断したぁ!』
苛つく言動をさせたら天下一品である。
だが、これ以上はムカついていることを悟られる訳にはいかない。
揚げ足取りをさせても天下一品だからだ。
内心で叫びつつも心のブロックを同時に行う。
すかさず脳内メールを起動して問い合わせも行っておいた。
内容は次の通りである。
[タイトル:【至急】脱走者?【確認を求む!】]
[ラソル様が手伝いに来たとか言ってます。
事実の確認をお願いします。
虚偽の申告である場合は逮捕連行をお願いします。
なお、申告が事実である場合も人員の交代を求めるものであります。
いずれの場合も可及的速やかに実行されることを切に願います]
これをバラ蒔いた。
ベリルママやルディア様だけではない。
細目でチョイポチャのエヴェさんにも送った。
リオス様、フェム様、アフさんの3人組にもね。
この中で真っ先に返信があったのはルディア様だった。
[タイトル:Re: すまぬ]
[兄者が騒がせたな。
この件、明らかに脱走だ。
放免を検討中だと言おうとしたら飛び出していった。
恐らく検討中の「け」の字も兄者の耳には届いておらん。
もちろん聞いていないから無罪とはならんから安心しろ。
今回の件で一仕事したようだが、それでも足りん。
やり直しだ。
一から罰を与えなおす。
なお、捕獲については既に動いている。
我らにまかせるがいい]
『マジか』
文面がそれなりにある割に速攻でレス来た。
まるで書き溜めして待ち構えていたかのようだ。
まあ、それは考えすぎだ。
【多重思考】を使えば俺にもできるし。
『そんなことより、だ。
早とちりして暴走とかシャレにならんぞ』
逆を言えば、そこまで抑圧されていたんだろうが。
考えるだけでも寒気がする。
『どんな罰を受けていたんだか』
もう少し考えてほしいところだ。
解放される前から暴走するとかシャレにならない。
二度とイタズラをさせないために徹底して締め上げたのだとしたら、しくじっている。
そもそもラソル様相手にイタズラを封印させることほど無茶なことはない。
『できる訳がないっての』
故に釈放後ぐらいは、しばらく自粛してほしいと願わずにはいられない。
願ったところで脱走済みなんだけど。
しかも、既に何かやらかしてくれているみたいだし。
こちらは余計な仕事を増やしてくれるなよと思うばかりである。
続いてエヴェさんからレスが来た。
[タイトル:Re: えろうすんまへん]
[油断以外の何もんでもありまへんな。
まんまとラソやんに逃げられてしまいましたわ。
すぐに追いかけたんですけど忍者まがいの術で偽物つかまされましてん。
いま本物を探してる最中なんで、これで失礼しまっさ。
必ず捕まえますさかい、ハルトはんはやるべきことに集中しといてや。
ほな、さいなら]
『エヴェさんもラソル様の捕縛に駆り出されているのか』
西方では狩猟神とされているエヴェさんがとなると、かなり本気だ。
『まあ、逃げる方も本気みたいだけど』
明らかにルディア様の話を曲解して逃亡したのが分かる。
エヴェさんが言った偽物がいたというのは、そういうことだ。
『端っから逃亡するつもりだったんだな』
機会はそれこそ一瞬だったはず。
虎視眈々と狙っていなければ間に合わなかった。
条件反射で、その瞬間は逃げられたとしても後が続かない。
忍術もどきを実行するための下準備が一瞬で終わるはずがないからだ。
密かに監視の目をかいくぐって偽物をいくつも用意していたのだろう。
きっと、逃亡に至るまでの準備段階から楽しんでいたに違いない。
すべての事柄をスリルという名のスパイスとして。
『やりかねないよな』
次は3亜神の返信がほぼ同時に来た。
まずは生真面目なフェム様だ。
[タイトル:Re: しばし待て]
[我々に任せておけ。
ハルトは何も心配するな]
実にシンプル。
説明のひとつも無い。
『自信がなきゃできないよ』
そしてのっぽのリオス様。
[タイトル:Re: すまないね]
[まさか皆の見ている前で逃げるとは思わなかったんだよ。
あんな真似をすればすべてが台無しになるとは思わないのだろうか。
彼の考えていることは独特だね。
誰にも理解はできないと思う。
少なくとも私には理解不能だよ。
すまない、君に愚痴っても仕方ないな。
先程からダミーばかり引き当てているせいでネガティブになっているようだ。
エーヴェルトのように逃げるものを捕らえるのは得意ではないが何とかしよう。
吉報が届くまで今しばらく待ってほしい]
当人が書いているように愚痴だ。
が、辟易としたり腹を立てたりという気にはならない。
どこかノンビリしたリオス様らしいなと納得してしまったくらいだ。
こういう部分は西方で豊穣の神と崇められることにつながるのだろうか。
ふと、そんなことを考えてしまった。
『いかんな、リオス様のペースに乗せられてしまいそうだ』
没入する前に思考を切り替える。
3亜神の最後はアフさんだ。
[タイトル:Re: やはー、ゴメンね]
[やられたよーwww
草生やさないとやってられないよねっwwwwww
でも、絶対に捕まえるから待っててねー!]
まさか、某掲示板のノリでレスしてくるとは思いもしなかったさ。
リオス様とは対照的にポジティブだ。
さすが元気印のアフさんである。
『やっぱ、ちみっこ先生はハンパないわー』
思わず笑ってしまいそうになったが、そうもいかない。
そしてラスト。
亜神の面々がレスを返してきたのを確認するかのようにベリルママからレスが来た。
[タイトル:Re: ゴメンね、ハルトくん]
[お母さん油断していました。
絶対絶対絶対ぜーったいに捕まえてお仕置きするからね。
捕まえたらうーんとキツいお仕置きしちゃうんだからっ!
言い訳なんて許さないから安心して。
ハルトくんもお仕置きのリクエストがあったら言ってね。
お母さん腕によりをかけて頑張っちゃうから。
本当にゴメンね。
お母さんのこと嫌いにならないでくれると嬉しいです]
『……………』
おそらく返信するのを躊躇っていたのだろう。
怖かったんだと思う。
[嫌ったりしないので安心してください]
ショートメッセージを送っておいた。
[あと、お仕置きのリクエストはありません]
これも送った。
『でないと、嫌われたと落ち込みかねないからな』
根拠はないが、何故かそう思ったのだ。
[どうしてもというならルディア様の案を採用してください]
何だか即レスされそうな気がしたので、更に追加した。
こんなことなら普通にメールを書いた方が良かったかもしれない。
『俺も【多重思考】で高速思考してまで何やってるんだろうな』
頭の痛い問題は何にも解決していないというのに。
思わず嘆息しそうになったが、何とか堪える。
『さて、踏ん張りどころだ』
読んでくれてありがとう。




