719 厄介なのが来た
村での現場検証は終わった。
村人たちの埋葬も。
兵士は装備品の検証を行う際に分解の魔法で消しただけ。
手を合わせるだとか祈りを捧げるなんてことは村人にしかしていない。
俺が【目利きの神髄】で詳細を鑑定したが、兵士たちは碌でもない連中だった。
エーベネラント組の騎士によれば裏の諜報部隊ということだったが。
『ただの悪党どもじゃねえか』
仕事としてやむなく犯罪に手を染めているなんて奴は1人としていなかった。
ほとんどが快楽殺人者である。
あるいは他の重犯罪を犯している。
この村の住人を殺害する時もいたぶり抜いてからトドメを刺していた。
結局は魂さえも魔道具の贄とされることになった訳だが、あまりに酷い。
『全然、足りない』
自業自得という言葉では済ませたくないモヤモヤがあった。
が、何も残らなかった相手ではお手上げだ。
魔法だってかけられやしない。
『ならば忘れるしかないな』
そんなことで村人たちの復讐になるとも思えないが。
ツケは黒幕に支払ってもらうしかなさそうだ。
そして村の外に全員集合する。
「さて、帰るか」
「また飛ぶんですよね」
総長が聞いてきた。
真面目な表情に見えるのだが、何かが漏れ出そうな雰囲気がある。
ワクワクした気持ちをどうにか抑え込もうとしているような。
『まあ、今の状況ではしゃぐのは不謹慎だよな』
故に我慢しているのだろう。
「魔力は大丈夫なんですか?」
ナターシャが心配そうに聞いてくる。
「心配しなくても、途中で魔力切れにはならんよ」
「いえっ、そういうことを言っている訳では……」
ワタワタと焦った様子を見せるナターシャである。
「冗談だから気にするな。
純粋に心配してくれているのは分かっている」
ホッと安堵した様子を見せるナターシャ。
やや可哀相な気もしたが、これも俺の魔力についての追及をかわすためだ。
変に見積もりとかしてほしくない。
「それに早く帰らんとな」
空を見上げれば雲行きが怪しくなっていた。
「これはひと雨きそうだね」
俺に続いてトモさんも空を仰ぎ見る。
「雷雲ですか」
フェルトが言うように遠くでゴロゴロという音もし始めている。
「これはヒガ陛下の邪魔をしている場合ではないですね」
などと言いながら頬を緩ませないよう我慢している総長である。
『そんなに飛ぶのが気に入ったのかね』
まあ、気持ちは分からなくもない。
放出型の魔法じゃ飛ぶ以前の問題だ。
制御の問題で浮くのが精一杯。
しかも魔力効率が悪いから、浮いていられる時間も短い。
『総長だと数分ぐらいか』
たとえ低空飛行でも飛ぶことに憧れてしまうのは無理からぬことなんだろう。
『ますます移住を断りにくくなってきたな』
まあ、今それを考えても仕方あるまい。
「それじゃあ──」
帰ろうと言いかけた、その時。
「ん?」
不穏な気配を感知した。
『瘴気だな。
まだ遠いが……』
真っ直ぐにこちらに向かってきていた。
でなければ気にするような距離でもない。
この程度の瘴気の持ち主なら大陸東方へ行けば、ゴロゴロいるからな。
『おまけに結構な大きさだ』
これも気になる要因のひとつである。
思わず渋面を浮かべてしまった。
『うちの面子だけだったらな』
特に気にするほどのことも無いのだが。
「どうされたのですかな?」
ダニエルが何気ない感じで声を掛けてくる。
だが、俺はそれに返事をしなかった。
彼らがいるからこそ、急接近する相手を警戒せざるを得ない。
『なかなか速いじゃないか』
そして高い。
これで遠距離攻撃手段を持っているなら厄介だ。
『飛んでいるようだが何者だ?』
既にうちの面々であれば目視できるほどに接近している。
にもかかわらず実体がない。
「ヒガ陛下?」
今度はカーターが声を掛けてきた。
しかしながら、それもスルーだ。
『邪悪な気配がするのは間違いないんだが……』
うちの面々も既に気付いている。
やはり皆も正体は掴めていないようだ。
「「ヒガ陛下?」」
もう一度、声を掛けてきた。
今度はダニエルも一緒になって。
だが、敵となりうる相手の正体も掴めない現状で2人の相手はしていられない。
ダニエルとカーターが顔を見合わせた。
そこに総長が割って入る。
「ヒガ陛下の邪魔をしないようにしましょう」
「しかしな……」
総長の落ち着き払った様子とは違ってダニエルは困惑したままだ。
「ヒガ陛下に対処できないのであれば我々にはどうにもできませんよ」
総長の言葉を受けてダニエルが我に返ったようだ。
「それもそうだな」
そう言って、あっさり引いた。
「よろしいので?」
カーターがダニエルに問いかける。
「急なことで焦りましたが、ヒガ陛下に任せるしかありませんな」
「手伝えることもあるのではないでしょうか?」
「むしろ、逆でしょう。
どうしてもというのであれば大人しくしているのが一番の助けになるはず」
「……分かりました」
カーターもダニエルに倣うことにしたようだ。
それはありがたいのだが、俺は苛立っていた。
表には出さないように注意はしているが……
『見えない敵ってのは厄介だな』
しかも光学迷彩の魔法を使っている様子もない。
あれこれと可能性を考慮するが、正体を突き止められずにいた。
瘴気と怨嗟にまみれた存在が急接近しているのは間違いないのに。
『どうして見えない』
もう猶予もそれ程残されていないというのに分からない。
『いや、違う!
見えないんじゃない』
雲に紛れ込んでいるのだ。
色と質感が立ちこめる暗雲に似ていた。
『たったそれだけで発見が遅れたのか』
我ながら情けない。
気配が大きくて飛んでいるから竜の類いだろうと先入観を持ちすぎていたせいだ。
その系統の魔物ならば実体を持っているだろうと勝手に思い込んでいた。
実体のある大きな魔物なら擬態はしないだろうと決めつけていた。
『アホすぎる』
先入観に囚われたままなら気付くのが遅れていただろう。
「来るぞ!」
ミズホ組は全員が身構えた。
が、他の面々はほとんどが呆気にとられている。
総長だけが1歩、前に出た。
ミズホ組と他の面子の間に立つためのようだ。
『女は愛嬌じゃないのかい?』
奴が黒い雲から飛び出してこなければ、そんな風に声を掛けていたかもしれない。
「「「「「なっ!?」」」」」
それは黒雲のごとき竜であった。
いや、竜のごとき黒雲と言うべきだろうか。
闇色のガスだけで体が構成されているようにしか見えないせいだ。
体のあちこちで透けたり色が濃くなったり。
これが白色であったなら昨晩のゴーストに近いと思ったかもしれない。
サイズも形も竜と言うに相応しいものだったが。
「なんだ、あれはっ!?」
ダイアンが叫んだ。
恐らく無意識だろう。
誰かに問いかけた訳でもないはず。
「アンデッドのドラゴンだな」
が、答えておく。
同時に俺は右手を竜に向けて突き出した。
その場にいた全員を光の魔方陣で囲い半球状の薄膜を展開。
光の防壁である。
急降下で突撃してきた黒雲竜が防壁に衝突した。
「ォォォゥゥゥゥゥウウウォォォォオオオォォォォォォゥン!」
それは怨嗟のこもった咆哮。
およそ竜らしからぬ地獄の底から響くような不気味さがあった。
耳にネットリした汚泥が纏わり付くかのようだ。
『気持ち悪っ!』
そう思った瞬間、ドサドサという音が聞こえてきた。
だが、目の前の黒雲竜は光の防壁を突破しようと頭突きの体勢のままで身を捩っている。
明らかにコイツではない。
そもそも霊体であるから、あんな音は出さないだろう。
しかも聞こえてきたのは背後からだ。
『だとすれば、答えはひとつ』
半身になって振り返る。
『やはりな』
思った通り、ほとんどの者が倒れていた。
もしくは腰を抜かした状態か。
かろうじて立っているのは総長、シーニュ、ダイアン、そしてリンダであった。
それでも杖や剣を支えにしてやっとという具合だが。
とにかくミズホ組以外は例外なくガタガタと震えていた。
『完璧に状態異常だな』
拡張現実で状態異常をアイコン表示させると、ほとんどが[恐慌]だった。
立っている4人で[恐怖]である。
『レジストしてもレベルが低いと状態異常をくらうのか』
面倒なことをしてくれる奴だ。
すぐに左手のフィンガースナップで光魔法の祝福を使った。
それで状態異常は解除されたが、それでも立ち上がれる者はいなかった。
どうにかレジストした4人以外は肩で息をしていたからだ。
相当な重圧を感じたことでスタミナまで著しく消費してしまったようだ。
「すまんな、奴の咆哮にそんな効果があると思わなかったから対策してなかった」
【目利きの神髄】で鑑定したらあっさり判明。
こんなことなら先に鑑定しておけば良かったと思うが、後の祭りである。
自らの修行を考慮し、奴の攻撃を受けてからと考えていたのは判断ミスだ。
ミズホ組以外もいるという認識が弱すぎた。
下手をすれば誰かが死んでいたかもしれないと思うとヤバい。
『肝に銘じておこう』
とりあえず、ここから先は俺が守り切ってみせる。
読んでくれてありがとう。




