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712 安くはないが惜しくもない、または因果応報

「それじゃあ、行ってくる」


「了解したよ」


「お気をつけて」


 トモさんとブルースをその場に残し、俺とハリーは街道を駆け抜ける。

 それなりの距離はあったが、すぐに到着。

 本気ではなかったがバスよりも速く走ってしまった。


 俺たちは村の中へと入る。

 廃村よりも規模は大きいようだが、防壁のようなものはない。

 何処にでもある田舎の光景だ。


 故にその臭いは遮られることなく村に到着する前から届いていた。

 それは血の臭い。

 歩を進めるごとに匂いはより強くなっていく。

 現実というものを目にすると、体内の血が沸き立つような憤りを感じる。


「この様子だと一個所に集めてってことのようですね」


 ハリーの声もいつもより重苦しさが感じられた。

 怒りが上乗せされているとしか思えない。


 途切れることのない血の臭いがそうさせるのだろう。

 俺もそうだ。

 断じて許し難い。


「端から分かっちゃいたが、やっぱ正気の沙汰じゃねえよ」


「同感です」


 村の広場らしき場所の光景を見てしまえば、怒りは最高潮だ。

 グロ注意だとか言ってる場合じゃない。

 血の海に沈んだいくつもの亡骸があった。


「取り囲んで逃がさないようにしてから、ですか……」


「だな」


 老若男女で分けることもなくだ。


「村から逃げ出せた者は1人もいまい」


「闇から闇へですか。

 それにしては杜撰ですね」


 ハリーが疑問を口にする。

 放置された死体のことを言っているのだろう。


「ああ、それは事が終わってから盗賊ゾンビに始末させるつもりだったんだろう」


「なるほど……

 どこまでもふざけた連中ですね」


「だよな」


 フェルトやトモさんでなくても、死者を冒涜するなと言いたくなってくる。


「ところで、陛下」


「どうした?」


「この村にアンデッドを操っている敵はいないように思うのですが」


 一体どこにと言いたげな目で見てくる。

 少しでも早くぶっ飛ばしたくて仕方がないのだろう。


「いや、この村にいるぞ」


「えっ!?」


 驚いたハリーが慌てて気配を探り始める。

 が、見つけられない。

 徐々に表情を険しくしていくのが、その証拠だ。


「分かりません」


 そう言いながらも気配探知を諦めない。


「あの建物の中だ」


 少し離れた場所にある2階建ての周囲より大きい家を指差した。

 廃村の時と同じように村長の家だと思われる。


「あそこですか?」


 困惑の表情を見せながらも、より集中して探りを入れる。

 それでもハリーは気配を感じることができなかった。


「申し訳ありません」


 ついにはションボリと項垂れてしまった。


「気落ちしている場合じゃないぞ。

 敵地にいるということを忘れるな」


「っ!?」


 俺の指摘にハッと我に返るハリー。


「はい、迂闊でした」


 気を引き締め眼光を鋭くさせたハリーが戦闘モードになった。

 かなり本気だ。


 気配を感じ取れなかったことで油断した自分を内心で戒めた結果だろう。

 ただ、ハリーは勘違いをしている。


「言っとくが、本気になるような相手じゃないぞ」


「え?」


 警戒は解かぬままハリーが困惑の視線を向けてきた。

 気配を完全に隠蔽できるような相手だからこそ油断ならないと思っているのだろう。

 すぐに警戒すべき建物へと視線を戻す。


「ハッキリ言うと雑魚だな」


「は!?」


 ハリーがプルプル震えている。

 どうにか警戒した状態を維持しているが、何が何だか分からないと言いたげである。

 きっと頭の中は大混乱だろう。


 隠蔽に特化した敵なのか。

 ここまでの技量の持ち主が雑魚とは?

 それとも何か魔道具を使っているのか。

 死者をアンデッド化させて支配する魔道具を使うような相手だ。

 気配を遮断するような魔道具を持っていてもおかしくない。

 これぐらいは考えていそうである。


「ある程度、予測を立ててから実際に中を確かめるといい」


「……はい」


 硬い表情でハリーが頷いた。

 そして構えを取る。

 いつ敵から攻撃を受けても対処できるように。


『それでいい』


 俺は雑魚だと言ったが気を抜いていいとは言ってないからな。

 本気になる必要はなくても油断していい訳ではない。

 雑魚が相手でも敵であるなら牙を向けてくる。


 そんなときに思い込みで勝手に安全だと思い込んではならない。

 まして隙を見せるなど絶対にあってはならないことだ。


『ちゃんと教えた通りにできているな』


 油断せずハリーは沈思黙考に入る。

 同じ体勢のままで微動だにせず数分。


「行きます」


 不意にハリーが構えを解いた。

 自然体の姿勢で歩き出す。

 よほど自信があるようだ。


 あえてハリーの推測は聞かない。

 正解か不正解かは建物の中に入った時のハリーの反応で確かめさせてもらおう。

 じきに目当ての建物のドアの前に来る。


「居ますね、確かに」


 ハリーが呟くように言った。

 聴覚で中の物音を拾ったようだ。


「でも、相変わらず人の気配がしない」


 ゆっくりとドアを開ける。


「むっ!」


 不意に何かに気付いたハリーがドアから飛び退った。

 開けようとしたドアが勝手に開いていく。

 ドア越しに押される感触があったのだろう。

 気配を感じないものの直感を信じて飛んだ訳だ。


 途中まで開いたところでドアを押し退けるようにズルリと影が倒れ込んできた。

 軽い音と共に地面に倒れ伏したそれは人の形をしていた。

 奇妙なポーズで固まっている。


 何かを求めるように中途半端に片手を伸ばし。

 脚は膝立ちしたときのように曲がっている。

 まるでその格好でドアにへばり付いていたかのようだ。


 加えて言うなら兵士の格好をしている。

 が、それは倒された置物であるかのように動かない。

 置物にしては貧相な体つきと言わざるを得ないが。


「死んでいますね」


 そう言いながら死体へと近づくハリー。

 無造作に爪先で死体を引っ繰り返す。

 パキッと乾いた音がして膝があり得ない方向へ折れ曲がった。


「これは……」


 ハリーが唸った。

 兵士の死体が完全に干涸らびてミイラ化していたからだ。

 アンデッドとして動き出す様子さえない。


 ドアが開いたのはドアの前で息絶え、もたれ掛かる形になったからだろう。

 それも装備していた革鎧の重みがあったからこそだと思われる。

 それ程に兵士自身は抜け殻と化していた。


「逃げようとした訳ですか」


「そのようだな」


 見れば、ドアの近くに何人も同じ格好をした者たちが折り重なるように死んでいる。


「魔道具の影響ですよね」


「ああ」


「生命エネルギーを絞れるだけ絞りきったように見えますが」


 ハリーの言う通りだ。

 魂すらエネルギーとして吸い上げられたが故にアンデッド化させることができない。


「村人全員を強制的にゴースト化させた代償だろう」


 百人を超える人間の意思を無理やり奪うのだ。

 必要な魔力もかなりなものだろう。


「盗賊をゾンビにした段階では問題なかった訳ですか」


「でなければ、村人を一気にゴースト化させようなどとは思うまい」


「確かに」


「おそらくゾンビとゴーストではアンデッド化させる魔力コストが違ったんだろ」


「なるほど……

 足りない魔力を生きている人間から吸収したと」


「そういうこった」


「途中で使用をキャンセルできなかったのでしょうか」


 便利な道具には安全装置は付き物だ。

 魔道具だって高度なものなら当然あってもおかしくない。

 ハリーはそう言いたいのだろう。


「普通の魔道具なら、そういう仕組みもあったんだろうがな」


 死んだ人間を無理やりアンデッド化させるなど断じて普通ではない。


「そうでした」


「こんなの作り出す奴が他人のことを気遣うとは思えん」


「あー、言われてみれば……

 むしろ何を犠牲にしてもと考えた結果がこれですか」


 ミイラ化した死体を眺めながらハリーが言った。


「目的のためには手段を選ばないってのを突き詰めるとこうなる訳だ」


「他人の命をただ同然で使おうとしたら自分たちの命で支払うことになった訳ですか」


「しかも成仏する余地すらない」


「どういうことでしょうか?」


 ハリーは気付いていないらしい。


「魂まで絞り尽くされているんだよ、こいつら。

 別の言い方をすれば、存在さえも奪われているってことだ」


「……………」


 ハリーが絶句している。

 思った以上に苛烈だったようだ。


「こいつらにとっちゃ高い代償だったな」


 殺された村人たちからすれば、少しも惜しいと思えないだろうが。


「当然の報いでしょう。

 むしろ足りないくらいです」


「同感だ」


「ですが……」


「どうした?」


「それじゃあ誰がアンデッドたちを操っているんです?

 自分はこの連中が事切れる寸前くらいだと思っていたんですが」


 そう言ってハリーは困惑の表情で俺を見るのであった。


読んでくれてありがとう。

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