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710 襲来する白い靄

 たった1人の人間を殺すために、そこまでするのだ。

 常軌を逸している。


「性格、悪いよなー」


 言語化すると、陳腐になってしまうがね。

 戦闘態勢を崩さぬままルーシーがコクコクと頷いた。

 一方でフェルトはワナワナと震えている。

 死者を冒涜する行為に怒りが止まらないのだろうか。


『相手は盗賊なんだがな』


 それでも騙し討ちで毒殺した上に死体を流用したのは許し難いようだ。

 まあ、この先にある村を全滅させたことが下地になっているのだとは思うが。


 とにかく殺した相手を成仏させずに使役しようってのがダメらしい。

 ただ、それを確認することはできなかった。

 本人に聞くだけで火に油を注ぐような気がしたのだ。


 根拠はない。

 が、俺は些細な刺激で爆発しそうな雰囲気をフェルトに感じ取っていた。

 端的に言うとブチ切れ寸前にしか見えない。


『マズいな……』


 盗賊の死体が動いているところなんて見ようものなら本当にブチ切れてもおかしくない。

 普段、温厚なフェルトだけに一度そうなったらヤバそうだ。


『ここで待機させるか』


 指示を切り替える判断を下そうとしたところでスマホの警報が再び鳴った。


『タイミングが良いのか悪いのか……』


 俺は【多重思考】で俺を呼び出した。

 【天眼・遠見】で盗賊ゾンビの状況を確認するためだ。


 もう1人の俺が廃村に近づきつつある影を幾つも捉えた。

 かつて盗賊だった者たちである。


 奴らは猫背で両腕をダラリと下げながら緩慢な動きで歩いていた。

 うつろな目でフラフラと歩く姿からは生気など微塵も感じられない。

 まあ、死んでいるんだから当然だ。


『斬られていなければ薬物中毒患者で押し通せたかもしれないがな』


 なんにせよ斬られていたせいでグロ注意な見た目になっているのがいる。

 死体になって日が浅いので腐敗でどうこうということはないのだが。


 特に酷いのは何かがはみ出している系のゾンビだな。

 頭を叩き斬られた奴とか。

 腹部を斬り裂かれた奴とか。

 そんなのを見てしまうと片腕欠損など可愛いものだ。


『しかし、この緩慢な動きでよく襲撃時に怪しまれなかったな』


 まあ、普通はそう考えるよな。

 カーターたちからは、そういう話を聞かなかったが。

 ということは襲撃時はこうじゃなかったのだろう。


 だとすれば──


『ゾンビたちへの支配力が落ちているのか』


 そんな結論に辿り着く。

 原因は支配の数を増やしたからだと思われる。


『どんだけアンデッドを増やしたんだよ』


 そう突っ込みたくなったほどだ。

 なんにせよ現状でフェルトを向かわせるのは考え物だ。

 廃村で待ち構えて迎撃する方がマシだろう。


 盗賊ゾンビたちの歩みは遅いが、倒れていた場所は廃村の近くだ。

 直に到着するはずである。


 そんなことより──


『本命の御到着ってな』


 今度こそ村の外周にセットした感知結界に敵が触れた訳だ。

 村長宅内に設置したモニターも同じように警報を鳴らしているだろう。


『さあ、飛び起きろ』


 俺が内心でダニエルたちに発破をかけていると、中の気配が慌ただしく動き出した。

 遮音しているせいで聞こえないが、かなりの音量で警報を鳴らしているからな。

 狙い通り全員が目を覚ましたようだ。


『ちゃんと何が来ているのか見届けろよ』


 再びダニエルたちには聞こえない叱咤をしていると飛来するものがあった。

 薄いレースのカーテンを思わせる半透明の白い靄。

 それが壁のように押し寄せてくるようだった。

 ユラユラと揺らめき、靄には境目の分かりづらい濃淡が幾つもある。


「ゴースト!」


 フェルトが苦々しい表情をしつつ叫ぶ。

 それを合図にしたかのように靄が分散していく。


 人と変わらない大きさの靄へと。

 半透明でなければシーツを被った人のような姿である。

 顔と思しき場所の濃淡がもっとも激しい。

 空洞とも言うべき闇が左右に一対、その下の中央にひとつ。

 目と口なのだろう。


 だが、その部分は深淵とも言うべき闇だ。

 単に靄がないのではなく、先が見通せない。

 触れただけで引きずり込まれ、二度と出てこられないような不気味さがあった。


『さすがアンデッド。

 薄気味悪さは一級品だ』


 しかも、20を超える数はいるようだ。

 分散した場でウネウネと飛び回っている。


『こういうのでもグロく感じるものなんだな』


 なかなかに気持ち悪いものがある。

 俺たちの所までは十数メートルほどの距離があったのは幸いだ。

 間近で見ていたら、あまりの気持ち悪さに鳥肌が立っていたことだろう。


 ただ、ゴーストどももなかなか近寄ってこようとしない。

 まるで近づくのを躊躇っているかのようだ。


『フェルトの叫びが威嚇になったか』


 レベル差を感じ取ったのかもしれない。

 10倍以上の開きがあるからな。


『絶対的な存在に恐怖したか』


 近寄れば鎧袖一触で消されると本能で察したとしても不思議ではない。

 アンデッドが恐怖を感じるというのはナンセンスだとは思うが。

 しかしながら、そう考えて見てみると混乱ぶりがうかがえて気持ち悪さも薄れてくる。


『逃げるに逃げられないってところか』


 攻め寄せるには恐怖が邪魔をする。

 一方で逃げようにも、それが許されないのか場を離れることができない。


『間違いなく誰かの支配下にあるな』


 こいつらはトモさんたちの討ち漏らしのはずだが、分散しても一応は制御されている。

 対応仕切れていないのは、百を超える数を支配しているからだろう。

 ゾンビの支配が微妙になる訳だ。

 だが、逆の見方をすれば未熟だからとも言える。


『作戦の上では執拗さを見せたくせに詰めが甘いじゃないか』


 満遍なく支配しようとしているのだろう。

 統率を取るのに四苦八苦しているのがありありと分かる。

 魔道具を使っている野郎の性格が垣間見えたような気がした。


『知恵もの気取りの完璧主義者ってところか』


 今頃は複雑化している状況にヒステリーを起こしているかもしれない。

 それでも状況だけは把握できているようだ。


『相当に高度な魔道具だな』


 扱う人間が未熟でも破綻しないのだから。


『厄介なことだ』


 制御しきれず途中でゴーストが消滅するなんてことは期待できまい。

 支配が途切れたとしても一度アンデッド化した以上、自然に消えることはないだろう。

 実に面倒極まりない。


 ゴーストの元になったであろう人々は憐れではあるが、それだけだ。

 アンデッドになってしまった以上は見逃す訳にはいかない。

 俺たちに出来ることと言えば、消滅させて支配から解放することだけ。

 後は支配しているであろう輩をぶちのめすくらいか。


「討ち漏らすなよ」


 俺の言葉に返事をするように子供組が抜刀した。

 その時、村長宅から魔力の反応を感じ取る。


「ほう」


 半ドーム状の魔力が村長宅だけでなく俺たちをも包み込んでいった。

 そして淡く輝く光の障壁が目の前で展開されていく。


『光魔法か……

 この魔力の気配は神官ちゃんだな』


「なかなかのもんだな」


「はい」


 神官ちゃんの防御結界を目の当たりにしてフェルトも冷静さを取り戻したようだ。


「陛下、これより盗賊たちを消滅させてきます」


 淡々と告げてくる。


『これなら大丈夫か』


 1人で行かせることに不安がないではない。

 戦力的には何ら問題は無いが……


「よし、行け」


 俺の指示に即応してシュバッと飛び出していく。

 ここは頭に血が上った状態から復帰したフェルトを信用することにした。


 行きがけの駄賃とばかりに聖光球を当てていく。

 一瞬でゴーストの中心に大穴を開ける。

 そして闇でしかない目と口が苦悶の表情を作り……

 断末魔の悲鳴を上げることなく消えていった。


『1体、消滅』


 次の瞬間、ゴーストたちが活発に飛び回る。

 現実が受け入れられず恐怖に惑乱したかのように。

 いとも簡単に消滅させられたことがショックだったようだ。


 それを為したフェルトはゴーストたちの遙か向こうへと駆け抜けていた。

 そして村長宅内の気配が大いに揺れる。

 こんな簡単に倒せるとは思わなかったのだろう。


『アンデッド相手に一撃必殺は刺激が強すぎたか』


 とはいえ、悠長にもしていられない。

 残りはこちらの頭数以上。

 混乱はしばし続いたが、徐々に収まっていく。

 威圧する形になっていたフェルトが居なくなったからだな。


「残りは子供組に任せる」


 無言でミズホ刀を構える一同。

 それが返事であった。


「ハリー、付いて来い。

 これを操っている奴を叩け」


 俺が主導する形になるが、敵の大本の所へ連れて行くだけだ。

 敵を倒す仕事は皆に任せる方針は変えない。

 逆探知して案内するのは索敵になるからグレーゾーンだとは思うがね。


「はい」


 俺たちもフェルトのように飛び出していく。

 同じように聖光球で1体ずつ消滅させていく。

 実際はハリーが2発入れたのだが、それはダニエルたちには分かるまい。


『わざわざ、それっぽく見せるとはな』


 ハリーも芸が細かいものだ。

 思わず苦笑が漏れた。


 が、それも廃村を出るまでのごくわずかな時間に留まる。

 フェルトではないが、死者を冒涜する愚か者には怒りを禁じ得ないからな。


 俺たちは廃村を飛び出し街道を駆ける。

 じきにトモさんとブルースの姿が見えてきた。

 ゴーストたちが2人を囲んで襲いかかっている。

 廃村に来た数倍の数だ。


『よく引き付けられているものだ』


 時折、何体かが廃村の方へと向かおうとするが──


「臆病者どもめ、死にたくなければかかってこい!」


 トモさんが【挑発】スキルを使って引き付けていた。

 これのお陰で廃村に来た数はあの程度だったようだ。


『いつの間に……』


 上級スキルだから今のトモさんからすれば会得するのは苦ではないはずだが。

 ぶっつけ本番で使ったように思えてならない。


『既に死んでいる相手に、それかいっ』


 ツッコミを入れたくなるような台詞だもんね。

 まあ、トモさんのことだからブルースを気遣ってのことだとは思うが。

 おそらくは動きが硬かったりしたのだろう。


 今はそんな風には見えないが。

 真相は聞いてみないと分からない。

 今はそんな状態じゃないけどね。


読んでくれてありがとう。

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