703 合流しようとしたら……
47話を改訂版に差し替えました。
「先を急いだ方がよろしいでしょうな」
焦りを見せるダニエル。
「落ち着けよ。
慌てて駆けつけるのは悪手だぞ」
「っ!? 何故ですかな?」
「どうして廃村に入ったと思う?
リンダが言っていただろ。
日が暮れるまでには次の村に辿り着けるはずだと」
ダニエルが腕を組んでしばし考え込む。
「殿下が先に進まれないのは襲撃を懸念してのことですな」
そう結論を出した。
まあ、普通の回答だ。
襲撃に肝を冷やして先を急ぐと罠にかかりやすくなる。
この場合は落とし穴などが定番だろうか。
動きを止められるし。
上手くすれば護衛と目標を分断できる。
掘る深さ次第では、落ちた時点で終わることも考えられる。
馬車のスピードを考えれば無いとは言えない。
「でしょうな」
相槌を打つダニエル。
だが、この先を考えていただろうか。
「そして王弟は襲われることに心当たりがあるようだ」
「なんと……!?」
驚きすぎると声はあまり大きくならないことがある。
今のダニエルがそうであった。
「如何なる理由でしょうかな」
絞り出すように聞いてくる。
「さすがに理由までは分からんよ」
ありがちなのは権力争いなんだろうけど。
ただ、この王弟は諸事情により比較的自由に動ける立場である。
権力争いに巻き込まれるようなことは考えにくい。
「手持ちの情報で考えた結果、そうだろうと推理しただけだからな」
「いや、しかし……」
困惑の表情を浮かべるダニエル。
俺の説に納得していないのは明らかだ。
当てずっぽうに言っているとさえ思っているかもしれない。
「出発前に王弟の人となりを聞いたよな」
ぎこちない頷きが返ってきた。
その瞳には困惑の色が浮かんでいる。
「優しすぎて王弟でありながら継承権の順位を下げられたと」
『最下位って聞いた時はビックリしたよなぁ』
継承権の剥奪も同然だ。
故に俺は確信する。
優しいと評されている人物像に偽りはないと。
それが徒となって継承権者として相応しくないとされたのだろう。
『庶子だったら、どうなっていたことやら』
「そうですが……
それが今回のことに関係するのでしょうか?」
更に困惑の色を濃くするダニエル。
「普通に考えれば恨みを買うような人物ではないだろうよ」
「もちろんです」
ダニエルが即答した。
その点から鑑みても、かなり信用のおける人物のようだ。
「だが、逆恨みは誰もがされる恐れがある」
全体に「ああ……」という諦観を感じさせる空気が拡がった。
誰も反論しないということは直接的でないにせよ知っているということだ。
逆恨みされることは誰にでもあり得るのだと。
中には経験者もいるかもしれない。
「あるいは護衛の中に誰かの恨みを買った人物がいることも考えられる」
「あのぅ……
そういうことも含めて人選はしているようですが」
護衛ちゃんが恐る恐るといった感じで小さく手を挙げつつ発言した。
「その人物も逆恨みされない保証はないな」
「あ……」
その呟きは己の見落としに気付かされたションボリ感があった。
ただ、自分で言っておいて何だが、狙われているのは王弟だと思う。
護衛を殺すために、このタイミングで襲う理由がない。
1人でいるところを狙った方が効果的である。
ただ、アリバイ工作のためという可能性もゼロではないので捨てずに置いているだけだ。
「それでも思い当たる節があるから廃村で待ち構えることにしたんだろうさ」
何故にという視線が向けられる。
「自分がいなければ村は襲われないと確信していなきゃ耐えられんだろ?
優しいと評判の人間が村を見捨てるような真似をするとは思えんがな」
もしかしたら村の方が襲われるかもしれないのだから。
「うむぅ……」
ダニエルが虚を突かれたようになっていた。
「とにかく王弟が生きていると不都合な輩がいることだけは確かだ」
「い、いや、しかし……」
ダニエルは俺の意見には賛同できないようだ。
「襲ってきたのが盗賊ならば、そうとは言い切れますまい」
「ただの盗賊風情がガチガチの鎧を着込んだ護衛に襲いかかるか?」
そう言ってから何故か初めてクリスたちに出会った時のことが思い出された。
『まあ、アレは偽装盗賊だったしな』
「むう……」
「それはもう相手の目的が殿下であると言っているようなものですね」
唸るダニエルに溜め息を漏らしながら総長が言った。
「では、我々がこのまま進めば敵と認識されかねないのですね?」
確認するように聞いてきたのはダイアンだ。
答えは聞く前から分かっているようで眉をしかめている。
「否定はできんな。
戦闘が終わって間もないし。
今は野営準備中だから隙も大きいはずだ」
「では、野営が完了するのを待つのですね」
「そうした方がいいだろうな」
「あの、先触れを出した方が良いのではないでしょうか」
この発言は護衛ちゃんである。
『何度もダメ出しされているのに、めげないね』
ポジティブなタイプのようだけど。
そそっかしくもありそうだ。
憎めないタイプではあるかな。
「やめといた方がいいな」
「そ、そうでしょうか?
相手を刺激するのは得策とは思えません」
護衛ちゃんは食い下がってくる。
失点を回復しようとしているのだろう。
「アンタ、バカァ?」
護衛ちゃんの姉が、何処かで聞いたような台詞を言った。
トモさんが反応して「おお、懐かしい」とか言っている。
思わず、そちらを見てしまったさ。
目が合うと互いにニヤリと笑ったのは言うまでもない。
「襲撃が警戒されている状況下ということを忘れてるわよ。
少人数で移動したら格好の餌食になる可能性があるじゃない」
姉のダメ出しにより護衛ちゃんが、またしても沈んでいった。
「それに誰を先触れに出すかという問題もあるな。
向こうに信用してもらうには面識のある者でないとダメだろう。
とすると、間違いなく面識のある私とリンダしか適任者がいなくなる」
ダイアンが追い打ちを掛ける。
「隊長か副隊長が先触れというのは、どうなのよ」
姉が更に追撃した。
「あり得ません……」
凹みに凹んだ状態で護衛ちゃんがどうにか返事をした。
憐れなり。
護衛ちゃんはお通夜状態と言えるくらい落ち込んでしまった。
まあ、放置してもそのうち復活しそうだから放っておこう。
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王弟たち一行が野営準備を完了する頃合いを見て移動を再開した。
到着する頃には一息ついているはず。
少しは襲撃を受けた時の興奮も冷めているであろうと読んでのことだ。
バスが走り始めて間もなく、廃村は皆の視界にも入ってきた。
と同時に街道脇にあった戦闘の痕跡を目撃することになる。
有り体に言ってしまえば盗賊たちの屍である。
「結構な規模の盗賊団だったのだな」
車窓から見える屍の数々を見てダイアンが漏らした。
「そうなんですか?」
護衛ちゃんが不思議そうに聞いている。
「せいぜい十数人規模ですが?」
『それは死んでる連中の数だろう』
思わずツッコミを入れたくなってしまった。
だが、その役割は俺ではなくダイアンたちだろう。
「撤退した生き残りのことを考えろ。
少なくとも、この倍の数がいるはずだ」
ダイアンの言葉の後に姉から拳骨をもらう護衛ちゃん。
「ゴスッ」
鈍く嫌な音がした。
この上なく痛そうだ。
「痛ぁ~い!」
涙目で頭を抱えているが、軽挙な発言による自業自得だ。
思いつきをそのまま発言する癖は直すべきだと思う。
『失職するかもしれんという危機感を持たんとな』
まあ、相手は他所の国民なので積極的に忠告したりはしない。
そんなことをしている時間的な余裕もなかったし。
到着である。
盗賊が見え始めたあたりで減速を始めているのには気付いていた。
相手を刺激する訳にはいかないからな。
見張りは廃村の入り口の所に2人いた。
まあ、元から大した防護柵もないので村に侵入する手段はいくらでもあるのだが。
そういう意味では、もっと警戒の仕方があったと思う。
要するに警戒のための見張りと思っていた2人は異なる役割を与えられていたのだ。
ぶっちゃけて言うと、彼らは俺たちを待っていた。
要するに最初から来ることを知っていた訳だ。
『なんだと!?』
見張りは見張りでも、俺たちの来訪を待ち受ける見張り。
故に彼らの死角になるようバスの出入り口を向けてバスを停止させても関係なかった。
降車後、全員でそろって見張りの前に姿を現すと──
「「お待ちしておりました」」
見張りをしていた騎士2人が俺たちに深々とお辞儀した。
半数以上は見知らぬ相手だというのに動じた様子もなければ誰何されることもない。
いくらダニエルたちゲールウエザー組がいるとはいえ不可思議であった。
予想外すぎて──
「「「「「は?」」」」」
全員がそう言葉を発したきりフリーズさせられてしまったさ。
ものの見事に唖然呆然の間抜け面を晒すオマケ付きでね。
復活するのに数秒ほどもかかってしまったし。
笑われても文句は言えない。
まあ、ベテランっぽい騎士も若い騎士も眉ひとつ動かさなかったけどね。
そうなって当然とでも言わんばかりに平然としていた。
「奥へと案内します」
「こちらへどうぞ」
普通に案内されると逆に恥ずかしくなるものだ。
「頼む」
ダニエルに対応を任せたが、後ろに下がっていても赤面はしてしまう。
開き直って堂々としているしかできない。
『他にどうしろってのよ』
いずれにせよ、俺たちは騎士たちの案内を受けて廃村の中に足を踏み入れた。
読んでくれてありがとう。




