693 ガブローの失敗と翌朝の出発
ファックスを仕上げた直後にジェダイトシティに跳んだ。
ガブローにファックスを届けに来た訳だ。
あと、明日使う予定のトレーラーやら車も置いていく。
俺の亜空間倉庫をこの規模で見せる訳にはいかんからな。
あまりにも刺激が強すぎる。
その後、明日の予定なども話した上でファックスを引き渡した。
一通り使い方を説明していく。
ガブローの表情がドンドン暗いものになっていくのが見て取れた。
「そういう訳だからヨロシク」
説明が終わると盛大に溜め息をつかれてしまったよ?
「これ以上、仕事を増やさないでください」
「およ?」
なんだか勘違いされてしまったようだ。
これで仕事をしろとは言っていないのだが。
『まあ、使い方を説明したらそんなものかな』
俺の説明不足が悪いということになる。
反省だ。
「これのお守りを1人でしろと言ってるんじゃないよ」
俺もそこまで鬼畜じゃないつもりだ。
「ガブローの役割は管理責任者だ。
直接、これの仕事をする必要はない」
「……………」
返事がない。
納得しているようには見えないから当然だろう。
「乱用防止と盗難防止は必須だろ」
下手な奴に上位権限を与える訳にはいかないのだ。
なにしろ通じる相手はゲールウエザー王国なんだから。
あと、皆のスマホを通信相手に選ぶとスキャン画像が送信されるようになっている。
連絡があったら、いちいち俺が転送魔法で跳んで来る?
そんな面倒くさいのは真っ平である。
という訳でもないが、スマホでリモートコントロールできるようにもした。
スマホのアドレスをそのまま利用できるからね。
『いちいちファックスに登録するなんてやってられんよ』
機能を絞り込んでいるからデータのコピーもできないし。
もちろんゲールウエザーに譲渡するファックスに登録されているアドレスは1件のみだ。
「それはそうですが……」
ガブローもそのあたりの事情は理解はできるようで、凄く悩ましい顔をしていた。
「そんなに人手不足なら報告しろよ。
別にガンフォールが止めている訳じゃないだろう」
「確かに止められたりはしていません」
ハッキリと言った割には表情の上では葛藤が見られた。
「じゃあ何だ?」
しばらく言い淀んだがポツポツと断片的に語り出し最終的には白状した。
要約するとガンフォールを目標にしているので自分に厳しくしていたんだとか。
結果として仕事を溜め込むことになっていたようだ。
『それで仕事増やすなって言われてもなぁ……』
限界まで溜めていたんだろうがモヤモヤする。
「あのな、勘違いしているようだから言っておく。
人に仕事を振ってコントロールするのも責任者の仕事なんだぞ」
「それは……」
何かを言おうとして言い淀むガブロー。
自分ですべて抱え込んでいるタイプにありがちな反応だ。
なんとなくだが考えていそうなことが想像できる。
まだまだ未熟だから自分はそんな器ではないとかあたりではないだろうか。
必ずしも当たっているとは言えないがね。
「ガンフォールが現役だった頃を思い出して見ろ」
「え?」
困惑の表情を浮かべるガブロー。
いきなり話が変わって面食らったかのような反応だ。
『これはかなり参っているんじゃないか』
上の空に近い気がする。
「それが手本であり教科書だ」
「あ……」
言葉を続けると気付いたようだ。
どうにもならないほど酷い状態ではないらしい。
『これなら話を続けても大丈夫か』
「真似をすることから始めないと基本すら身につかん」
偉そうなことを言ってはいるが内心では一杯一杯だ。
ガブローの状態を思えば薄氷を踏む思いである。
しかも他人が聞いていればお前が言うなと言われそうだし。
それでも言わなきゃならないのは曲がり形にも俺が王だからだ。
間違いなく最高責任者である。
故に俺が言った「責任者の仕事」という言葉は自分にも当てはまる訳で。
ブーメランになりはしないかと冷や汗ものだったり。
『自分が未熟者だからなぁ』
俺ができた上司になれる日は果たして訪れるのであろうか。
だが、そこを気にしている場合ではない。
どうにかガブローの軌道修正をしなければならないからな。
今夜、俺が来ていなければと思うとゾッとする。
下手をすればガブローは自滅していたかもしれないのだ。
決して大袈裟ではないと思う。
自信をなくして再起不能になんてなられたら堪ったものではない。
『運が良かった』
焦りつつも安堵するという複雑な心境を味わうことになってしまった。
『いや、運じゃない』
これもベリルママの予告したトラブルのひとつなんだろう。
メールで問い合わせても答えてはくれまい。
が、俺は脳内スマホから[ありがとう]メールを送っておいた。
「爺さんに相談してみます」
ガブローが抱え込むだけの状態から1歩前に進んだ一言であった。
「それがいい」
納得のいく答えを見つけたなら、口うるさく言うのは逆効果だろう。
間違った方向に進もうとしているなら話は別だが。
念のためにガンフォールやハマーに連絡を入れて詳細を知らせておいた。
ガンフォールが特に怒る様子を見せなかったのは敏感に察知したからだろう。
『伊達に年は食っていないってことだ』
当面はハマーがガブローの補佐につくことで話がつくのであった。
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夜が明けて翌日。
早朝の時間からゲールウエザー組は慌ただしく動いていた。
ただしバタバタする感じではなく、あくまで密やかにである。
ベストなのは俺たちが何処へ向かったか王太子に感付かれないことだが。
今回の一件が片付くまで気付かないなんてことはあり得ないだろう。
『あんまりコソコソしてると気付かれると思うんだが』
まあ、口出しして方針が揺らぐ方が危うい。
俺たちはいつでも発進できるよう先に輸送機へ乗り込んで待つことにした。
さほど待つこともなくダニエルたちがやってくる。
後部ハッチからハリーたちに誘導され歩いて乗り込んできた。
馬車なしなのは移動速度の都合により、うちが車両を用意するからだ。
面子はほぼ女性で占められている。
まずは先に聞いていた通りダニエルに総長とナターシャ。
『野郎は宰相だけ、と』
そこに何らかの意図を感じるものの俺からは何も聞かない。
こちらは言いたきゃ自分から言うだろうというスタンスである。
3人組の両サイドと背後をガードしているのは護衛の面々。
ダイアンを隊長とする護衛騎士たちが6名のみと少ない。
だが、これも意図的だろう。
『変に刺激すると逆に問題になるだろうしな』
単に輸送機に乗ったことがある面子を集めただけかもしれないが。
護衛は全員が何度か顔を合わせている。
お陰で俺たちが妙に警戒されたりはしていない。
数名いるメイドも経験者だ。
『単に向こうの配慮かもしれんな?』
輸送機の搭乗経験がない者が自動車に乗ったらどうなるかといったところだろう。
そういう気遣いがあるとありがたいね。
そして最後に駆け込んできたのが──
『おっ、久しぶりだなぁ』
神官ちゃんである。
一見するとまともそうだが、魔法フェチで妄想癖のある年齢不詳のお嬢さんだ。
何故か鑑定した覚えがなくて本名すら知らない。
後で自己紹介してくれたけど、知らなかったのは意外だ。
名前はシーニュ・ヴォレ。
今回は万が一を想定し派遣されてきたのだとか。
俺なんかは決して大袈裟ではないと思うのだけれど。
『焦臭いことになってそうだしな』
そこから時を遡ること少々。
ダニエルが真っ先に声を掛けてきた。
「おはようございます」
輸送機に乗り込んできたのにダニエルの挨拶はかなり声を潜めたものだった。
ここが輸送機の中だというのにこれである。
思わず苦笑が漏れそうになった。
「おはよう」
俺は普通に挨拶を返す。
他の面々とも挨拶を交わしていった。
みんな普通の声だ。
宰相だけアワアワしているけどな。
声の大きさを心配しているのだろう。
「心配しなくても、外に声や音は漏れないぞ。
こいつはそういう風にできているからな」
そこまで言うと納得がいったようだ。
「これで全員か?」
「はい、そうなります」
「それじゃ出発だな」
エレベーターへ向かいつつ輸送機を発進させる。
客人がいる状態なので後部ハッチを完全に閉じてからの離陸だ。
その間に俺たちは2階へと移動する。
「昨晩の連絡手段……
ファックスというのでしたか」
エレベーターの中でダニエルが話し掛けてきた。
「おお、そうだが?」
俺が答えた瞬間に2階へ到着。
エレベーターから出ながら話を続ける。
「何か問題でもあったか?」
あるとするなら操作が分からないとかだと思う。
紙ベースのマニュアルは渡してはいるのだが。
かなり分厚いので読む気をなくしたかもしれない。
「いえいえ、そういうことではございません」
慌てて両手を振るダニエル。
マニュアルではないらしい。
譲渡時に実践してみせたのが効果的だったのかもしれない。
『紙の補充からだしな』
操作確認のための疑似受信モードで説明したから関連するエラー表示まで見せている。
音声案内がされるとダニエルは目に見えて動揺していた。
あらかじめ記録しておいた音声で中に人が入っている訳ではないと説明したけどな。
それでどうにか納得したようではあったが。
「誠にありがとうございました。
あのような高度な魔道具を貸していただくことになるとは夢にも思いませんでした」
何か勘違いしている。
「貸したんじゃなくて譲渡したんだが?」
「ほ、本当によろしいのですか!?」
「分解しなけりゃな」
研究したがる連中は多いはずだ。
生憎と読み取れるような術式記述は一切していないが。
「もちろんですともっ」
凄い勢いでダニエルが首を縦に振った。
身内に壊されてはたまらないという必死な思いが伝わってくる。
そんなだから宰相の執務室に仮設置させた。
帰ってくるまでにバラバラということはないだろう。
その後がどうなるかは、分からんが。
読んでくれてありがとう。