680 休暇は終わりました
翌朝、朝食を終えた俺たちはミズホシティへと帰ってきた。
「それじゃあハルトくん、またねー」
ベリルママが小さく手を振って去ろうとしている。
「はい、時間のある時はいつでも来てください」
困ったような笑顔を向けられてしまった。
それはそうだろう。
なかなかそうはいかないのが管理神の大変なところなんだから。
「次を楽しみにしています」
それでもこう言ってしまうのは、海水浴が思った以上に楽しかったからだと思う。
だが、それは迂闊な言葉であると言えた。
「えっ?」
一瞬で距離を詰められた。
「むぐっ」
それだけではなくギュッと抱き寄せられてしまいましたよ。
相変わらず結構なお胸でございます。
完全に口も鼻も塞がれてしまいました。
いつものことですが、なにか?
「あーん、もう可愛いこと言ってくれるんだから~」
そんなことを言いながら左右にブンブンと体を揺するベリルママ。
もちろん抱きしめられたままである。
「ふぐぐっ、むごもがっ、うむーっ」
肺から勝手に空気が押し出されて変な声が漏れる。
喋っているように聞こえるかもしれないが俺は何も言っていない。
喉まで圧迫されているせいで、こうなった。
「ベリル様、ハルトの首が折れかねませんが」
「あら?」
ルディア様の一言によって強烈な横振りはピタリと止まった。
「ごめんなさーい、嬉しくってつい」
「いえ、大丈夫です」
大丈夫というのは嘘ではない。
これくらいで俺の首が折れる訳はないのだ。
ただ、今のでドッと気疲れはしたけれど。
国民の皆には生暖かい目で見られているし。
エヴェさんはニヤニヤしてるし。
3亜神からは同情的な視線を頂戴してしまった。
『最後の最後までドタバタすることになったな』
小学校の頃の校長先生が「家に帰るまでが遠足です」と言っていたことを思い出した。
その通りだと思う。
遠足じゃなくて海水浴だったけど。
泊まりがけだったしな。
臨海学校の方が近いかもしれない。
『ふむ、それも悪くない』
海水浴に連れて行かなかった国民も合宿的な名目でオオトリに行かせるのはありだろう。
せっかく施設を作ったのだ。
来年まで維持するだけなんて勿体ない。
『学校から行き来できるようにするか』
そんなことを考えながら俺は息を整えた。
「それでは、またお会いしましょう」
「またね~」
満面の笑みで今度は両手を振るベリルママ。
さっきは寂しそうだったのに、今は上機嫌である。
「また会おう」
素っ気ない言葉だが、優しい瞳を向けてくれるルディア様。
普段は凜々しい感じなのでギャップはかなり大きい。
「楽しおましたで。
また呼んでおくんなはれ。
ほな、さいなら」
ニカッと笑ってスチャッという感じで手を挙げるエヴェさん。
「また会う日まで。
諸君、さらばだ」
「楽しませてもらった。
この礼は必ずさせてもらう」
「楽しかったよ!
また遊ぼうねー」
リオス様、フェム様、そしてアフさん。
みんな笑顔で去って行った。
「……………」
転送魔法で急に消えると違和感を感じる。
自分が転送する時にはない感覚だ。
『いや、これは違和感じゃないな』
言い表すのに相応しい言葉は寂寥感。
改めて海水浴イベントが終わったのだと感じさせられた。
だが、楽しかったのも事実。
むしろ楽しかったからこそと言うべきか。
『色々あったからね』
目まぐるしく過ぎ去った出来事のひとつひとつが思い返される。
どれもが大切な思い出となるはずだ。
「……………」
しかしながら、何時までも浸っている訳にもいかない。
目一杯粘っても数時間が限度だとは思うけどさ。
俺にもやることがある。
皆もそうだ。
古参組は通常業務。
人魚組は学校。
人竜組は……
『しまった。
それを考えてなかった』
相変わらず俺は間抜けだ。
そんな大事なことを失念していたなんて。
「みんな、お疲れ様」
労いの言葉を掛けながら考える。
『レベル的には充分だけど、やっぱ学校だよな』
学校でうちの常識を身につけてもらうべきだろう。
マルチプルメモライズで知識として定着していても実感が伴うかは別問題。
失敗も多々することになると思う。
だから、いきなり仕事を任せても使い物にならないはずだ。
『すぐに慣れるとは思うけどね』
それでも、やっぱり学校へ行ってもらう方がいいだろう。
学校で失敗する方が気が楽だし。
失敗を重ねてこそ身につくものもあると思うし。
なによりうちの学校は自分のやりたいことが見つけやすい環境だ。
学問を身につけるだけじゃなく、あらゆる職業訓練ができるからな。
しかも実践向きである。
社会に出たら通用しませんなんて中途半端なことはしない。
あと仕事の場合はひとつの業務に専念しなければならないが、学校は違う。
まったく異なる職種の訓練をほぼ同時進行で実行可能だから比較できるのだ。
これは大きいと思う。
「今回の休暇で存分に英気を養ってもらったと思う。
ただ、疲れを残したままでは効率が落ちる。
仕事や学校に支障を来さぬよう今日はゆっくり休んでくれ」
手短に話そうと思うが案外むずかしいものだ。
「人竜組は明日から学校に通ってもらう」
「「「「「はいっ」」」」」
全員が大きく頷いた。
「ローズ、フォロー頼むわ」
「くーくっくう」
任せなさーい、だってさ。
実績があるだけに安心なような不安なような不思議な感覚だ。
他に適任者もいないし、任せるしかないのだが。
『ここは信じるのみだ!』
「それじゃあ解散」
終わりを告げ、日常へと戻る。
休暇が終わったら仕事だ。
『ベリルママに予告されていた何かが仕事になるかは分からんけどな』
とりあえずゲールウエザー王国に顔を出してみるとしよう。
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まず、ガンフォールたちを連れてジェダイトシティへと跳んだ。
ドワーフの小国家群との併合も同時進行させるつもりである。
それにゲールウエザー王国の王宮へいきなり跳ぶわけにはいかないからな。
向こうの面々は転送魔法を知らないんだし。
「では、ガブローと話を詰めてくるとしよう。
メールで報告するつもりじゃが、どうする?」
ガンフォールが確認を取るように聞いてきた。
齟齬が生じないよう直に報告を受けろと暗に言っている訳だ。
「報告さえあげてくれれば充分だ。
仮併合の段階まで進めておいてくれ」
でもって俺は最後に調印とかするだけでいいと思うんだが。
信用できない相手なら、そもそも併合なんて話が出てもする気はないし。
ガンフォールもそれが分かっているからガミガミ言われることはなかった。
「まったく……」
溜め息交じりに愚痴られはしたがな。
「誰に似たんじゃ」
『エリーゼ様かもしれんな』
内心でだけ返事をしておく。
こんなこと言ったら、丸投げするところだけ真似るなと叱責されそうだし。
「とにかくワシとガブローで進めておくぞ」
「了解した」
気になったのでひとつだけ確認しておくことにした。
「ガブローも相手との交渉に同席させるのか?」
交渉というほどのことは何もないだろうけど。
うちの条件を提示して了承するかどうかだからな。
向こうがごねることはないだろうし。
常識の違いに困惑することはありそうだけど。
「当然じゃな。
彼奴の報告で始まったことじゃからのう。
アホなミスをしたら尻を蹴り上げるのがワシの仕事じゃ」
「ガブローを成長させるために補佐するだけって言えばいいのに」
「ふんっ」
ガンフォールは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
『このツンデレジジイめ』
ジジイのツンデレなど需要ナッシングだぞ。
とはいえ気にしても始まらないので、もうひとつ別の問題を確認することにした。
「南部地域をグルッと回ってくるんだろ」
「そうなるじゃろな」
「その間のジェダイトシティで発生する決済案件は溜め込むつもりか」
「ハマーにやらせるわい」
「なるほどね。
できるのかと聞くのは愚問だろうな」
「そういうことじゃ」
ガンフォールの手足となって長年働いてきたハマーである。
政務に関連する業務もスムーズにこなせるだろう。
ならば懸念材料はない。
「じゃあ王城へ行って挨拶してくるわ」
「わかった。
クラウド王によろしくな」
「了解した」
「それとハルトに言うだけ無駄かもしれんが気を付けるんじゃぞ」
「ああ、サンキュー。
何が起こるか分からんから気を引き締めておくことにするよ」
ベリルママに予告されたトラブルだしな。
深刻なものではないみたいだけど油断は禁物だ。
俺はガンフォールの忠告に感謝しつつ転送魔法を使った。
跳んだ先は上空を飛行している輸送機である。
向かう先はゲールウエザー王国の王都ゲール。
毎度のごとく王城への直接乗り付けだ。
読んでくれてありがとう。




