671 そういや滑ってなかったっけ
修正しました。
大きすぎてひとうしか → ~ひとつしか
支える → つっかえる
「これ完璧にウォータースライダーだよね」
ミズキがそんな当たり前のことを言ってきた。
今更である。
本人は透明なチューブのうねりを隅から隅まで見渡して大真面目に言っているのだが。
『どこに認識を迷わせる要素があるのだろうか』
そんな聞かれ方をすると、こちらが不安になってくる。
ミズキは別に不安も困惑も感じてはいないようだが。
そこんところに微妙な理不尽さを感じたり。
まあ、俺の勝手な思い込みなのだが。
「中級用も滑り台とは言ってたけどウォータースライダーだよ」
一瞬「そうだっけ?」という顔をしたミズキ。
人差し指を顎に当てて記憶を掘り返しているようだ。
「そういえば曲がらないウォータースライダーもあったっけ」
「あるよ。
長くて段々になったやつか急降下するやつが大半だな」
「あー」
どうやら納得したようだ。
「英語で滑り台はスライドだったわね」
オマケとばかりにマイカが補足説明を入れてきた。
「そゆこと」
実はウォータースライダーは英語ではウォータースライドが正しいみたい。
日本で馴染みがあるのは前者だけどな。
『いや、こんな話はどうでもいいのだ』
「せっかく設置したんだ。
こんな所で駄弁ってないで皆で遊ぶべし!」
そう言うと再びダッシュ&整列だ。
今度は長蛇の列になる。
仕方あるまい。
大きすぎてひとつしか用意していないのだ。
チューブは一応3列分あるけど。
撤去した入門用と中級用の数と比較すると何倍も違ってくる。
しかも長い。
「ホント、デカいわね」
何故かこの場に残ったマイカが言った。
滑り出した1番手の誰かが「キャーキャー」と歓声を上げている。
とりあえず最初の反応としては悪くなさそうだ。
『っと、マイカが話し掛けてきてたんだっけ』
「まあね」
俺は気のない返事で誤魔化した。
タイミングのこともあるが、マイカの指摘がね。
『こうなったのは規模の指定をしてなかったからだとは言えんよなぁ』
「それに何よ、アレ。
急降下にループにロールまであるじゃない」
「あるね」
「ほとんどジェットコースターよ」
呆れているのか溜め息交じりである。
「あれがジェットコースターなら大変だ」
所々にチューブの途切れた個所があるからな。
そういう所は日本で見たウォータースライダーならハーフパイプのあるような個所だ。
何も無い状態にできているのは魔法があるからなのは言うまでもない。
丁度、滑っている面子が飛び上がる瞬間だったようだ。
宙に飛び出した瞬間に──
「ひゃーっ!」
「きゃーっ!」
「にゃーっ!」
悲鳴に近い歓声が3連発。
『最後のはミーニャじゃないよな』
思わず確認してしまうが、人魚組であった。
結構な勢いで上に飛び出していくが重力には逆らえない。
やがて落下へと転じて──
「ふわわーっ!」
「うわーおっ!」
「にゃーおっ!」
楽しそうに歓声を上げている。
先のチューブへと吸い込まれるように飛び込んでいく。
くれぐれも言っておくが3列目の人はミーニャさんではない。
なんにせよ開放感と浮遊感を楽しんでいるように見受けられた。
それを見た中級用に並んでいた少数派が上級用に並び直している。
当然だが最後尾だ。
それでも並ぶ気になったのは彼女らの目にも、より楽しそうに見えたからだろう。
「よく脱線しないわね」
「そりゃあ、そういう術式を組んでるからな。
けっこう難しいんだぜ。
浮遊感を阻害しないようにもしているからさ」
「暇人ね」
「失礼な」
「あら、褒め言葉よ」
「何処がだっ!?」
完全にからかわれたようで、抗議するとクスクスと笑われた。
『まったく……』
これ以上、追及できなくてモヤッとするじゃないか。
「あら、第2陣が出るのね」
2番手が滑り出した時の歓声が聞こえたようだ。
「それなりに長いから滑り終わるまで待ってたら時間がかかるんだよ」
「事故につながらない?」
日頃は大胆な行動を躊躇わないマイカだが、安全面を無視している訳ではない。
こういう懸念を抱くのも自然なことである。
「遮断機と発進シグナルで間隔は開けているからな。
あと、途中でつっかえるようなことがないように調整してある」
「どうやって?」
「万が一の時は強制転送」
ここまで説明して納得しないのであれば何を言っても無駄だろう。
「あー、なるほど」
幸いにしてマイカは反論してこなかった。
「それはいいんだけどさあ」
「なんだよ?」
『一難去ってまた一難か?』
次々にあれこれと言ってくれるものだ。
「手前の滑り台は誰も並ばなくなったじゃん」
「あー、はいはい」
何が言いたいのかは、すぐに分かった。
「こっちも上級用に入れ替えろってことだろ」
俺が錬成魔法で複製を作るのは楽勝だと知っているからな。
「そゆことー」
ニッコリ笑うマイカ。
「偉い偉いー」
頭ナデナデされましたよ。
『なんかムカつく。
笑ってるだけなら可愛いのに……』
それを声に出して言ってしまうと、ますます調子に乗るので絶対に言わない。
余計にイライラする結果になるだけだからな。
無駄に時間を費やす暇があるなら錬成魔法でレッツコピーだ。
その間に結界魔法で場所を確保。
それができたら滑り台を倉庫へ回収。
「ほい、完成だ」
空いたスペースにふたつ目の上級用を設置する。
問題がないことを確認して結界を解こうとしたら──
「「「「「陛下ーっ」」」」」
シュバッと参上した子供組。
「お、なんだなんだ?」
両脚にハッピーとチーがしがみつき。
背中にミーニャが負ぶさり。
両手を引く体勢のルーシーとシェリー。
あっと言う間に幼女まみれになってしまった。
『何故かいつもより密着されておりまーす』
「陛下も滑ろー」
「「滑ろー」」
シェリーの強請る言葉にハッピーとチーも追随する。
「陛下は全然遊んでないニャ!」
ミーニャに言われてみると確かに今日は見ているだけだ。
作りはしたが遊んではいない。
というか、シミュレーション上で堪能した気分になっていた。
実際にはまるで滑っていなかったのだけれど。
「一緒に遊んでほしいの」
シェリーさんにそう言われると弱い。
「そっかー、じゃあ遊ぶか」
「「「「「やったー!」」」」」
幼女の喜ぶ声がサラウンド状態。
『可愛いんだが……』
横からの視線が生温い。
マイカの方を見るとニヤニヤしてるし。
『弄る気、満々だな』
あえて何も言わずに幼女たちに引っ張られていく。
もちろん結界は解除した。
みんな殺到するかと思ったのだが、来ない。
「何故だ!?」
愕然とする、俺。
「バカね、何も言わずに追加するから遠慮してるんでしょ」
ついて来たマイカに指摘されて、ようやく気が付いた。
『俺専用とか思われてるのか?』
それはないのだが……
「こっちも並んでいいんだぞー!」
そう声を掛けたら、バババッと並び直したので一安心。
その前に俺はふたつ目のウォータースライダーの上部に来ていた。
一番手である。
タイミング的にそうなってしまったのだがズルい気がした。
罪悪感はいつもの修羅場よりは軽いけどね。
「おー、上からの眺めは絶景だね」
最上部は地上から百メートル近くあるからな。
作る時に調子に乗りすぎたのは否めない。
『大勢の俺で寄って集ってだったからなぁ』
「眺望なんてどうでもいいのニャ」
俺の一言はミーニャに切って捨てられた。
「はやく遊ぶニャ。
へーかがトップバッターで滑るのニャ!」
「分かった、分かった」
皆を待たせるのも悪いしな。
俺はスタート地点に座り込む。
この段階では遮断機が塞いでいるので滑り出したりはできない。
4連のシグナルも無点灯である。
座った時点で赤が全点灯。
そこから一旦、無点灯へと戻り上段から順に赤を点灯&消灯していく。
そして4段目の青点灯と同時に遮断機が開いた。
術式が展開されて風魔法と水魔法が発動。
俺は前へと押し出される。
『よし、シミュレーターと同じだな』
そう思った次の瞬間には最大斜度65度の急降下が始まった。
「おおっ!」
『こりゃ思っていた以上の落差だ』
垂直に落ちているのかと錯覚するほどの急速降下である。
チューブを透明にしたのも心理的な影響を及ぼしているようだ。
あっと言う間に落ちたと思ったら、今度は上へと向かっていく。
重力に逆らった作りになっているが止まらない。
むしろ風魔法と水魔法のアシストで結構な勢いがあった。
「いやー、楽しませてくれるな」
普通に曲がるだけでも侮れない高揚感が得られるし。
その後もジャンプや宙返りなどのあり得ない滑りを満喫した。
最後は3連ジャンプで締め括りだ。
陸上競技の3段飛びを参考にしてみたのだが。
「見るとっ。
やるではっ。
大違いーっ!」
最後に大きく放り出されて浮遊感を楽しみ海へドボン。
自分で作っておいてなんだが、これはなかなか面白い。
読んでくれてありがとう。




