658 広間の戦場
「「「「「どうしてこうなった」」」」」
目の前で繰り広げられる光景に俺たち5人はハモるしかなかった。
宿泊施設へと戻ってきたときに聞こえてきた微かな歓声。
発端は疑う余地もなくそれだ。
そのためトラブルを予感しつつも全員で様子を見に行くことになった。
面子は俺、ノエル、アニス、レオーネ、リオンである。
徐々に歓声が大きく聞こえてくるにつれ誰もが怪訝な表情をした。
「建物の中で走り回ってるみたいやけど」
首を捻りながらこちらを見てくるアニス。
理解不能だと言いたいのだろう。
宿泊施設内に運動するための設備はないからな。
「走るというより激しく動いている感じ」
ノエルがアニスの言を補足してくる。
聞こえてくる音声を冷静に分析していた。
「設備はないが走り回るなり暴れるなりはできるスペースはあるからな」
宴会のための大広間や食堂はあるけどね。
「廊下でないなら注意するのは難しそうですね」
レオーネがどこか的外れなことを言ってきた。
「宴会的な騒ぎ方ならいいんだが、これはダメだろ」
聞こえてくる声の中に「くらえっ」とか「落ちろぉ」なんてのが混じっているのだ。
しかも、それなりの頻度で。
頭の痛い状況である。
揉めているなら説教モードになるだろう。
『せっかく遊びに来ているのに、こんなことしたくねえよ』
音声の発生源に近づくにつれ憂鬱な気分が積み上がっていく。
場所もよろしくないんだ。
「どうやら和室の大広間みたいですよ」
リオンの言う通りの場所から聞こえてくる。
「寝る場所で何やってんねん」
アニスはパーティメンバーの声をとらえたらしく、愚痴りながら溜め息をついた。
そう、寝る場所なのだ。
そろそろ布団を敷いてという時間にもかかわらず何をやっているのだろう。
アニスの気持ちもよく分かるというものだ。
「布団を敷きながらふざけているとか」
レオーネの仮説に皆で首を振る。
「ですよね」
言った本人も違うとは思っていたようだ。
「ふざけてるっちゅう感じには聞こえへんで」
「でも本気で喧嘩している雰囲気でもない」
アニスとノエルが自分の感じたことを言い合っている。
「そうですね、昼間のビーチフラッグの時の感じに近いような」
リオンにそう言われて昼間の出来事を脳内で再生し、今と比較する。
目的地に到着していないので今現在の方は音声データだけになるが。
確かに言葉にした単語は一致しないものの、雰囲気的には近いものがある。
『なかなか的確な意見のようだな』
「アレに近いことを大広間でやっとるんか」
ガックリと肩を落とすアニス。
情けなさを感じているようだ。
『レイナだけでなく他の面子も羽目を外してしまっているみたいだしな』
「畳敷きの部屋でやるのは非常識」
至極もっともな指摘をするノエル。
たとえ保護や再生の術式が刻み込まれた畳であっても、それは変わらない。
大広間はそういうことをするための部屋じゃないんだし。
『そこんところを忘れてもらっちゃ困るんだよなぁ』
俺の心境は修学旅行で引率する教師のそれに近いかもしれない。
『暴れるなら専用設備の方で暴れてこいっての』
それなら誰にも迷惑は掛けずに済む。
『あー、説教なんてしたくねえなぁ』
「明日まで待てなかったのかな」
リオンが首を傾げている。
「そうね、楽しい気分になるのは分かるんだけど」
レオーネはその疑問に答えつつ表情を曇らせていた。
俺のお説教タイムを予期してのことだろう。
そんなこんなで俺たちは大広間に向けて歩いて行った。
そして現場に到着。
ふすまが開け放たれていたために、中の状況はすぐに確認できた。
『道理で歓声が聞こえてきたわけだよ』
これだと、ふすまに仕込んでいた減衰術式がオフになるからな。
思わず納得してしまった。
が、目の前の光景を見た瞬間はそこまで考える余裕がなかった。
5人そろってあの台詞「どうしてこうなった」である。
単に駆け回っているのではないとは理解していたつもりだったが。
『それでも、これ程の規模とは……』
花火のために浜に残った面子以外ほぼ全員と言って良いだろう。
目の前で繰り広げられる光景は酷いものだった。
ある意味、戦場である。
「そりゃあっ」
誰かの掛け声と共に目の前を物体が横切って行った。
「枕?」
俺の隣に立つノエルが呟いた。
怪訝な表情で首を傾げる。
「そうだな」
見た物が正体不明だからこんなことを言った訳ではないだろう。
大広間全体が動きの制限される可変結界に覆われているから中に居る者の動きは遅い。
故に飛んで行ったブツのスピードは俺たちの基準からすれば超スローだ。
見間違えるはずもない。
ノエルが見たものは確かに枕。
今も俺たちの目の前を飛び交っている。
「くらえっ」
掛け声と共に枕が投げられ。
「甘いわっ」
それを躱すということが繰り返されている。
そこかしこで投げては躱すの大乱闘が繰り広げられていた。
「とおっ!」
「てりゃー」
ビュンビュンと枕が風を切る。
その音がそこかしこから聞こえてくるような状況だ。
「落ちろぉ」
『撃墜でもするつもりかよ』
いままで散々見せてきた動画の影響がうかがえる。
「当たれえっ」
『間違いなく、だな』
それはともかくとして、この状況をどうするか。
それが問題である。
俺たちでは可変結界の中に干渉できないからだ。
中の様子を見聞きすることはできる。
俺たちの声も届きはするだろう。
『皆が気付くかどうかは別問題だがな』
結界の際まで近づいたにもかかわらず、誰1人として気付かないのだから期待薄だ。
せめて大広間の中に入ることができれば違ってくるんだろうが。
生憎と可変結界の中には入れない。
頭が痛くなる話である。
『そもそも、どうしてこうなったんだか』
やはり問題の鍵はそこにあるような気がする。
これが如何なる目的や理由によって行われているのかが理解できない。
「何故?」
ノエルが首を傾げるのも無理はないだろう。
後は寝るだけというような時間が近づいているのに騒がしくしている訳だし。
「あー、みんな何やってんねん」
ある方向へと呆れたような目を向けているアニス。
そこにはアニスとノエル以外の月影の面子が固まっていた。
「レイナだけやったらともかく、リーシャとかルーリアまで必死やないか」
確かに積極的な参戦ぶりだ。
「フォーメーションまで組むんかい」
アニスが指摘する通りであった。
枕の躱し方が些かシステマチックだ。
壁を背にして死角を少なくし、前衛の動きに合わせて後衛も回避する。
後衛は枕を拾い上げて前衛と入れ替わる。
狙いを定めて周辺へと枕を投げ返す。
以後はその繰り返しだ。
『そこまで本気になるほどのことか?』
まるで何かの訓練のようなノリだ。
たまに躱し損ねて当たると悔しそうな顔をしているし。
『受け止めても当たりと判定されるのか』
枕が当たってもダメージにはならないからだろう。
しかしながら、そうなると遊びのノリとは思えない。
『訳が分からんな』
ひとつだけ確定していることがある。
それは、この乱闘もどきにルールがあるであろうということ。
投げられた枕は完全に回避しなければならない。
他にもルールはあるかもしれないが、これは確実だろう。
「あっちはエリスさんたちですよ」
レオーネが別の方を指して言ってくる。
そちらを見ると3姉妹にABコンビが組んでいた。
こちらの面子もフォーメーションを組んでいる。
やってることは遊びかふざけているようにしか見えないのに表情は真剣そのもの。
他の面子を見てもかなり必死な様子に見える。
「あ、あの、陛……じゃなくて、ハルト様」
困惑した様子でリオンが話し掛けてきた。
「どうした?」
「これは一体どういうことなんでしょうか」
リオンがそう言うとアニスたちが俺に視線を集中させてきた。
どうやら俺なら何が起きているのか説明できると思っているらしい。
『そんなに注目されてもなぁ』
「俺だって明確な答えを持っている訳じゃないぞ。
遊び感覚でやっているなら枕投げだと言えるんだが」
それにしちゃあ激しすぎるので断定できない。
『皆のノリが真剣すぎるんだよなぁ』
俺の記憶に残る枕投げとは、あまりにも乖離している。
あれは小学校の時の修学旅行での出来事だったか。
複数の班と一緒に広めの部屋を割り当てられた日があったのだ。
頭数が増えれば枕が増える。
部屋も小さめの宴会が行われるような所だったので余剰スペースには事欠かない状況。
それだけ条件がそろえば相手は小学生だ。
暴れる面子が出てきても不思議ではない。
調子に乗った連中が、まずはプロレスごっこを始めた。
そこから枕を凶器にしだして殴打しあう状況になり、最終的に枕投げ大会となっていた。
俺は最初の段階では部屋の片隅で我関せずを決め込んでいたのだが。
枕が飛び交うようになると流れ弾が飛んで来るようになる訳で。
鬱陶しいのでお土産を買いに行くという体で部屋を脱出した。
部屋を出るときに見た限りでは積極的に参加している連中は楽しそうだったな。
『参加した連中は後で正座させられてたけど』
「「「「枕投げ?」」」」
耳慣れない単語だったのだろう。
4人が聞いてきた。
ここで俺は修学旅行の時の様子も含めて枕投げについて説明を始める。
枕投げ風乱闘は終わりそうになかったし。
そんな訳で特に問題なく説明が終わった。
同時にアニスが大きく溜め息をつく。
「アホくさ……
子供の遊びやん」
他の3人も頷いて同意する。
「だから判断がつかないんだよ。
こんな風に真剣にやることじゃないからな」
「「「「あー……」」」」
4人から諦観と納得を同時に感じる返事をもらってしまった。
読んでくれてありがとう。




