657 夜更かしの相談をしていたら……
俺たちは風呂から宿泊施設の方へと歩いて帰る。
道中で雑談をしながら。
会話の内容は他愛もないものだが、それもまた楽しいものだ。
そんな俺たちの脇をふわりとした夜風がするりと抜けていった。
『心地よい風だな』
未だ残る火照りを連れ去っていくかのようだ。
ふと、会話が途切れていることに気付いた。
何か話題を提供するかと考えてみるが適当なものが思いつかない。
こういうときはシンプルに考えた方が無難だろう。
明日の予定とかはどうだろうか。
『今日やらなかったことは是非ともやらないとな』
あれこれとやりたいことを考える。
『ハプニングがあったからなぁ』
やれなかったことがいくつかあるのだ。
『用意したアレも使わずじまいで終わらせたくないもんな』
その思いが募ると、明日が待ち遠しくなってくる。
「後は明日に備えて早めに寝るか?」
こんな提案を皆にしてしまう訳だ。
話題の提供は何処に行った?
明日のお楽しみに比べれば些細なことだ。
「それはないんとちゃう?」
俺の提案はすかさずアニスに却下された。
「せっかく泊まりがけで遊びに来てるんやし」
『それを言われるとなぁ……』
明日だけでなく今日も大事だ。
「ん、明日は寝坊でいい」
ノエルもなかなか不健全なことを言ってくるが、今日くらいはという気持ちは分かる。
『まあ、いいか。
遊びに来ているんだし』
そうなると何をするかだ。
どうせ夜更かしするならワイワイやりたいものだ。
さすがに昼間のように激しく動き回るのは回避である。
『風呂に再度入るのはいいとしても浴衣を汚すのはな』
施設内は空調がかかっているものの、そこまでガンガンに冷やしている訳ではない。
軽めの運動でも汗だくになるのは目に見えている。
汗にまみれた浴衣では寝たくない。
生活魔法のドライ洗浄を使えば綺麗さっぱりだが、それが前提になるのは面倒だ。
『一番大人しいのは雑談でもすることなんだが』
それだけでは物足りない気もする。
会話が途切れた時なんかは特にそう思う。
『やっぱり何かゲームをしながらの方が盛り上がるよな』
とはいえ将棋や囲碁は差し向かいになるので静かになりがちだ。
それに面子は俺を含めて5人である。
1人あぶれるのは、よろしくない。
「それじゃあ皆でトランプでもするか」
「ん、それがいい」
ノエルが即座に頷いた。
「うちも賛成やけど、ええの?」
アニスが賛同しつつも疑問を呈してくる。
「何がだ?」
「こちらのお2人さんはトランプで遊んだことないんとちゃう?」
アニスなりにレオーネとリオンに気を遣ったのだろう。
『ああ、そっか。
アニスは知らないんだっけ』
つい先日、俺がレオーネたちとトランプで遊んだことを。
メンバーを厳選して人魚組が隠れている所へ向かった時のことだからな。
知らなくて当然である。
そして、その前提があると懸念してしまうようだ。
初心者に教えながらだと事件が起きると。
事件は言い過ぎかもしれない。
初心者相手にローズが大人げなくボロ勝ちしただけだ。
『ローズはここにはいないんだがなぁ』
この面子でそんなことにはならないと思うのだが。
アニスは心配性である。
つい苦笑してしまいそうになった。
「トランプなら遊んだことありますよ」
気さくな感じでレオーネが答えた。
それに続いてコクコクと頷くリオン。
「え、そうなん?」
意外な返事を聞いたとばかりに目を丸くしているアニス。
「はい」
「ほら、少ない面子でナギノエたちの所へ行っただろ」
短く答えたレオーネを補足するように俺が説明する。
「あー、あん時かいな」
アニスはすぐに理解できたようだ。
「それなりに待ち時間ができたんでな」
「知ってるで。
その話、ノエルから聞いたわ。
うちが行ってたら耐えられへんかったやろなぁ。
痺れ切らして不貞寝してたかもしれへんわ」
冗談めかした口振りでそんなことを言うアニス。
締め括りは「ハハハ」と乾いた笑い声。
俺たちも一緒になって笑った。
「せやったら大丈夫そうやな」
アニスも納得がいったようだ。
ただ、レオーネたちが初心者であることに変わりはない。
未経験者ではないというだけだ。
『そのあたりを失念してるよな』
ただ、変に突いて話をややこしくされても面倒だ。
故に俺はツッコミを入れないことにした。
ちょうど宿泊施設の入り口の前まで来たところであるし区切りとしても適当だ。
「それじゃあ寝る時の大広間じゃなくて、適当な部屋で遊ぼう」
今夜は全員で寝ることを前提に和室の大広間に布団を引いて寝る予定なのだ。
そんなところでトランプをしながら騒ぐのは寝たいと思っている面子には迷惑だろう。
多少は声を出しても眠っている者たちの邪魔にならない個室を確保する必要がある。
だが、問題にもならない。
『空き部屋はいくらでもあるからな』
これが日本のリゾートホテルだったら大問題なんだが。
きっと明日にも倒産するような状況だろう。
うちは魔法で建てたし維持も魔法だからお金がかからない。
稼働率がゼロでも何の問題もないわけだ。
『魔法バンザイだな』
「了解や」
「ん」
「分かりました」
「はい」
返事の仕方はバラバラだが、ほぼ同時に返ってきた。
魔道具として作った自動ドアの前に立つ。
シュッと左右に開いていくのだが……
「ん?」
潜って中に入るまでもなく、それは聞こえてきた。
「歓声か、これは?」
微かな音ではあるが聞こえてくる。
どこか部屋を開け放して騒げば、こんな感じになるだろうか。
『それにしては人数が多いような?』
「みたいやな」
ピクピクと狐耳を動かして聞き入っているアニス。
「確かに奥の方で騒いでいるようですね」
レオーネも同じ結論に達したようだ。
まあ、いまここにいる面子で声が聞き取れないなんてことはないだろう。
全員が上位種族だからね。
「何を言ってるのかまでは分かりませんが」
案の定、リオンはそう言った。
首を傾げながらも聞き取ろうとしているようだ。
そこにノエルがツッコミを入れる。
「ハル兄が言ったように歓声だから無意味」
完全に無意味って訳でもないと思うのだが。
とはいえ重箱の隅を突くようなことを言って話をややこしくするものでもないだろう。
「ううっ、修行が足りません」
リオンは敗北した。
「どないする?
確かめに行った方がええやろか」
アニスが確認するかのように聞いてきた。
「そうですね。
何が起きているのか把握しておいた方が無難かと」
レオーネは賛成のようだ。
ノエルやリオンは沈黙を守っている。
とはいえ表情は対照的だ。
ノエルは好ましくないものを見たかのように渋い顔をしていた。
もちろん他人には判別できないほどの変化でだ。
リオンは不安げにどう対処すべきか迷いを見せている。
「そんなに迷うようなことがあるのか?」
「いえ、何となく巻き込まれたら嫌だなって思ったんです」
どうやら耳で拾った単語から何かしらのトラブルがあると判断したようだ。
だが、姉が確認しに行くべきと判断したことに反対するのは気が引けるか。
『それが迷いの理由なんだな』
意訳するなら、どちらかと言えば反対ってところか。
「その意見に同意する」
ノエルはリオンに賛同と。
つまりは反対だ。
『賛成2に反対2か』
俺の意見で決まるってことだな。
困ったものである。
「俺としても見たくはないんだよな」
「なんでやの?」
「巻き込まれる恐れがある」
ノエルとリオンがコクコクと頷いた。
「それは否定できひんな」
アニスも渋い表情になる。
「でも、確認しておかないと……」
レオーネの口振りから懸念材料があるのがうかがえた。
「そこなんだよなぁ」
実に悩ましい。
気付いていながら放置した結果、碌でもないことになったらと思うとね。
頭が痛くなりそうだ。
ベリルママたちが来ている時に身内でトラブルなんて勘弁してほしい。
『俺の責任になるんだよなぁ……』
嫌だが、俺が責任者だ。
スルーだけはできないだろう。
『しょうがない』
「俺だけで見てくるわ」
皆を巻き込みたくはない。
「ハル兄が行くなら私も行く」
迷いなくノエルが言ってきた。
「わ、私も行きますっ」
釣られるようにリオンも同行を宣言する。
優柔不断なようにも思えるが、単に慌てただけだ。
リオンの瞳を見る限り意見を曲げるとは思えない。
「うちは元から行くて言うてるで」
「私もです」
アニスもレオーネも迷いがない。
これは説得するだけ無駄になるだろう。
「……じゃあ、行くか」
俺たちは再び歩き始めた。
読んでくれてありがとう。




