645 HA・NA・BI
修正しました。
静か → シヅカ
玉家 → 玉屋(3個所)
ついに泣かれるかと戦々恐々としていたのだが。
「アハハハハ!」
ベリルママはいきなり笑い出してしまった。
お腹を抱えて本当に笑わずにはいられないようだ。
『どういうこと!?』
俺は何が何だか分からずにいた。
『泣かれるんじゃないのっ?』
何か言わなきゃと思っているのだが何も言えない。
『訳が分からんっ!』
内心ではあーだこーだと言っているのに、声に出して言うことが出来ない。
「やあねえ、冗談よ」
この言葉を聞くまでは本当に混乱していた。
すぐに理解できたわけでもないけどね。
聞いた瞬間は──
「は?」
としか言えなかったし。
『落ち着け、まずは落ち着け……』
呼吸を意図的にゆったりしたリズムに切り替える。
現状をログを確認しながら整理していく。
からかわれたのは間違いない。
『それ以外で笑う要素はないからな』
ベリルママは俺が言い訳をした直後に不審な行動を見せている。
落ち着いて見直してみると笑うのを我慢しているようにしか見えない。
泣かれると思い込んでいたが故に見落としていた。
そんな訳で何が冗談であるかを理解するのに数秒使ってしまった。
完全に担がれたわけだ。
「え──────────っ!?」
まさかベリルママに騙されるとは思っていなかったさ。
それにしたって俺は間抜けすぎだ。
『さすが[鈍感王]な俺』
いやいや、自分に嫌みを言ってもな。
ビビりすぎていたことを反省しないと。
『もっと、しっかり者になろう』
俺は密かに決意していた。
そう簡単になれるものでもないとは思うのだけれど。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
月明かりに照らされた砂浜。
昼とはまるで印象が異なっていた。
「よーし、全員そろったかー。
いない者は返事しろー」
「「「「「はーい!」」」」」
何人かは引っ掛かってくれた。
まあ、わざとだ。
『ノリがいいよな』
分かってくれているから、次の瞬間にはドッと笑いが湧き起こった。
「ダメじゃん、いないのに返事はできないぞぉ」
ツッコミを入れると、再び受けた。
掴みはオッケー。
『ノリで引っ掛かってくれた皆もサンキュー』
まともに引っ掛かる者なんて、さすがにいないよ?
うちの天然系の面子を見渡してみても、それは明白。
ミズキやマイカだってノリでボケていたし。
ときどき天然が入るエリスだってボケこそしなかったが笑っていたし。
『ん?』
クリスとダニエラが首を傾げている。
眉根を寄せたりはしていないが「あれ、おかしいな」ぐらいの感覚はあるようだ。
『おいおい、それって……』
ツッコミ入れたらマジボケしてきそうだ。
『見なかったことにしよう』
そうしよう。
「さて、冗談はさておきだ。
これより今日の締めとなる花火イベントを始める」
今度は爆笑ではなく歓声が起きた。
仕込んだつもりはないが拍手もひとしきりあった。
「よっ、玉屋ぁー」
拍手が切れるかというタイミングで誰かがそんな掛け声を発した。
こんなことを言い出すのは動画を見まくっている古参組だろう。
『またマニアックなネタを持ち出してきたな』
現代日本でだって古くさくて誰も言わなくなっているというのに。
「こらこら、誰だ?
気が早いにも程があるぞ。
まだ花火は上がってないっての」
俺のツッコミが入った途端にドッと受けてしまった。
国民に成り立てほやほやの人竜組はポカーンとしていたが、他の面子は笑っている。
人魚組にも通じているとは思わなかったさ。
『おいおい、マジか』
誰かが花火のことを教えたようだ。
ちなみに花火職人の玉屋は1代限りで終わっていると聞いたことがある。
失火が原因だそうだが、名は現代まで残った訳だ。
玉屋の人気振りが分かろうというものである。
その本家である鍵屋はいまも残っているのだとか。
こちらも凄いものだと思う。
「さあ、それじゃあ始めるぞー」
「「「「「は─────い」」」」」
皆が返事をする。
海側に浮かべたフロート上で待機する自動人形たちの準備も万端だ。
スタンバイの完了は既にもらっている。
「カウントダウン行くぞー」
右手を挙げて振り下ろす。
「「「「「5ォ──!」」」」」
それを合図に事前に決めていた通り5からカウントダウンが始まった。
「「「「「4ン──・3ン──・2ィ──!」」」」」
少しゆっくり目のカウントは乱れることなく続く。
「「「「「1ィ──!」」」」」
そしてラスト。
「「「「「ゼロォ───ッ!!」」」」」
皆の声が響く中、少し沖の方で光の弾が空へと上っていく。
ヒュゥルルルルという音と共に不安定な光の軌跡を残しながら。
「ドォ───ン!」
派手な破裂音と共に光の花が咲いた。
「「「「「おおーっ!」」」」」
花火を見たことのない面子ばかりなので単発でも受けが良い。
だが、花火は瞬く間に満開となり萎んでいく。
「「「「「ああー……」」」」」
この反応が新鮮だ。
新旧を問わず国民の反応にあまり差がない。
動画とかで多少の知識はあったようだけれど、生の迫力には遠く及ばないからな。
腹に響くようなあの迫力は映像では伝わらないだろうし。
故に消えていくときの儚さも、より際立つというものである。
花火が消えた後にはしみじみした雰囲気が漂っていた。
『誰も玉屋とか鍵屋とは言わないんだな』
それだけ花火の余韻に浸っているのであろう。
もっとも誰もがそうという訳ではない。
「ななな何なんですかっ、あれはっ!?」
人竜のクレールが泡を食っていた。
「おおお落ち着くのだ」
クレバーなタイプだと思っていたリュンヌでさえこれである。
「ドォンですよ、ドォン!」
オロルも混乱しているようだ。
「「魔法じゃないんだよね!?
魔法じゃないんだよね?」」
シフレとルシュは2人でハモりながら互いに聞き合っていた。
2回続けて同じこと言ってるが、確認の意味合いはなさそうだ。
自分たちでも焦っている理由はよく分からないのではないだろうか。
「色が色が色が色が色が!」
コリーヌなどは壊れてしまったのかと思えるほど慌てているし。
何が言いたいのか分からない。
「なんということでしょう、姫様……」
シエルは比較的落ち着いているようには見えたが内心はそうでもないようだ。
ネージュのことを呼ばないと約束したはずの姫様と呼んでいる。
「これは……」
ネージュはネージュでそれが耳に入っていない。
ただただ呆然としている。
「ああ、ホラ落ち着いて」
カーラがどうにか宥めに入っていたのを見て俺も我に返る。
『っと、いけね』
フォローに向かおうとしたところでシヅカが俺の方を見てきた。
『んー?』
アイコンタクトで止められてしまった。
行こうとすると止められる。
呼びかけるのもダメなようだ。
自分を指差し向こうを指差してから両手で×の字を作って首を捻る。
『何やってんだろな、俺』
喋らずに伝達する手段はいくらでもあるというのに。
メール、チャット、あるいは念話。
それでもこうなったのは、その場の雰囲気に流された結果だろう。
返事は頷きで返された。
どうやら来るなということらしい。
カーラに視線を向けてからシヅカを見ると、再び頷かれた。
『あの調子だと引きずっているのか』
人竜組の世話をすることで失敗した分を取り返そうってことなのだろう。
気にするほどのことをしていないと思うのだが。
『本人が納得できなければ意味がないか』
とすると俺が介入するのは望ましくないのだろう。
だからグッドラックの意味を込めてサムズアップしておいた。
『2発目以降で慣れていくだろうし、どうにかなるだろ』
一方で日本人組は余裕である。
「この儚さがたまらんね」
トモさんは余韻に浸っている。
その言葉にフェルトが疑問を呈した。
「迫力ありましたよ?」
「うーん、なんて言ったらいいのかな……」
説明に困っている様子のトモさんを見てフェルトは首を傾げる。
「確かに打ち上げ花火の迫力は類を見ない。
だけど、その輝きは刹那的なものだろ。
あれは消えていくときの余韻のようなものまでも楽しむものなんだよ」
「はあ……」
フェルトはいまいち分かっていないようだ。
「花火に慣れれば俺の言ってることが分かるようになるさ」
「慣れ、ですか」
未だ理解できていない様子を見せながらも神妙な面持ちで頷くフェルトであった。
残る日本人組の2人は──
「花火なんて久しぶりだわ」
「ホントだね、マイカちゃん」
花火を懐かしんでいた。
「しかも、昔懐かしのスタイルみたいじゃない」
「どういうこと?」
ミズキは気付いていないようだ。
「向こうの世界じゃ一気に打ち上げまくるのが流行りでしょ」
「言われてみれば……」
指摘されれば、さすがに分かるようだ。
「でも、ハルくんらしくていいと思う」
「私もこっちの方が好みだけどさ。
わびさびが感じられるというか」
「風流だよね」
「そうそう」
『分かってもらえたのは嬉しいね』
読んでくれてありがとう。




