642 本命を食し夕食後のひとときを迎える
修正しました。
「あー、あの2人にもついていけないんだ」→「」を『』に
グレゾーン → グレーゾーン
日本人の感覚からすると大物と言って良いカニが並んでいる。
ほぼ同じ大きさのものが全員分。
これを発見したのは自動人形たちである。
報告が来たときは、ここまで確保できるとは思わなかった。
自動人形たちのファインプレーだ。
グッジョブである。
そして甲羅を鍋代わりにするのもグッジョブだ。
代わりに火を通すのが難しくなるのだけれど。
火加減が繊細で個別に対応するのは普通では難しい。
だが、ここは魔法の使える世界である。
カニの殻に耐熱の術式を刻み込めば火加減で労することはない。
そこまで考慮しての演出な訳だ。
『洒落たことをしてくれる』
思わず笑みがこぼれた。
そして、こんな風に思っていたのは俺だけではなかったようだ。
「乙なことするんだね、ハルトくんは」
アフさんがそんなことを言ってきた。
サムズアップにウィンク付き。
『えらく気に入られてしまったな』
大袈裟すぎやしないかとは思うのだが。
乙だと言われれば確かにそうだとは思うのだけれど。
しかしながら、これは俺のアイデアではない。
自動人形の仕事なので間接的にはそういうことになるのかもしれないが。
それ故に実感が伴わない。
「そうですか?」
だから返事も適当なものになってしまった。
「そうだよ」
自信たっぷりなアフさん。
隣に座るフェム様も頷いている。
「再利用するのは良いことだと思うぞ」
フェム様はフォローしようとしてくれたのだろうか。
「えーと……?」
感性が独特すぎて乙と再利用が俺にはいまいち結びつかないのだが。
真面目系天然といったところだろうか。
そのせいか両サイドに座るリオス様とアフさんから何か言いたげな視線が送られている。
当の本人は気付いていないようだったが。
『あー、あの2人にもついていけないんだ』
内心で苦笑してしまった。
「フェムはんは真面目すぎますなぁ」
そこをストレートに言ってくるのはエヴェさんだ。
本人に気付かせようという意図なのは誰の目にも明らかだ。
フェム様にその真意が届いているかというと……
「む、そうか?」
困惑した様子になるフェム様。
己の発言を振り返っているっぽいところを見ると届いてはいないだろう。
「これは見た目で演出しているのだ」
フェム様が悩んでいるのを見てルディア様が助け船を出した。
「演出ですか?」
フェム様はよく分からないといった表情で固まっていたが。
本当にフェム様は真面目である。
フェム様を除いた亜神組が顔を見合わせて苦笑いだ。
ベリルママはニコニコとその様子を眺めているだけ。
きっと口出しはしないだろう。
「フェム、とりあえず再利用という観点は横に置いておけ」
リオス様が更に助言する。
『なるほど』
固定観念に囚われすぎて他の発想ができなくなっているようだ。
「ん? そうなのか?」
首を捻りつつもフェム様が頷く。
『素直だな』
もっと己の考えに固執するのかと思ったが。
柔軟性がまったく無い訳ではないようだ。
その様子を見てからルディア様が話を続ける。
「わざわざ火加減の難しいものを器にしているのは分かるよな」
「ああ、言われてみれば……
気にしていなかったので気付きませんでした」
『そこからか……』
どれだけ再利用が頭の中を占拠していたのだろうか。
視野狭窄もいいところだ。
「ふむ、弱めの熱耐性術式が記述されていますね」
『隠蔽してないんだけどなぁ』
これに気付かなかったとは脱力ものである。
ツッコミを入れる気にもなれない。
「わざわざここまでして再利用するとは……」
「だから再利用は横に置いておけと言っただろう」
呆れた様子でリオス様が溜め息をついた。
「そうだったな、スマン。
つい、そちらに結びつけてしまった」
「フェムちゃーん……」
アフさんも脱力状態で苦笑している。
だが、ルディア様は呆れも怒りもしていない。
「面倒なことをしているとは思ったのだろう?」
「はい」
「ならば、そこから考えてみるといい。
あえて面倒なことをしているのだ。
普通に考えれば、もっと効率のいい方法があるだろう?」
ルディア様は辛抱強く思考を誘導するように話していた。
「くれぐれも言っておくが再利用のことは考えるなよ」
釘を刺すことも忘れない。
亜神組からは苦笑されている。
それどころか他の面子からも苦笑が漏れてきた。
皆の言いたいことは分かる。
どんだけ再利用推しなんだよ、と。
そんな周囲の様子にも気付くことなくフェム様は考え込んでいた。
結局、時間がなくて宿題ということにされていたけれど。
そして俺たちはカニ鍋を食す。
鍋という抗いがたいカニ料理を前にお預けなど許されるはずがない。
だからカニを食う。
「……………」
黙々とカニを食う。
「……………」
ひたすら黙ってカニを食う。
「……………」
茹で上がったカニを片っ端から食べていく。
「……………」
誰も喋らない。
「……………」
カニを食うときは静かになる強制力でも働くのだろうか。
謎である。
いや、お約束か。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
晩御飯は好評のうちに終わった。
最後まで盛況だったと言いたいところではあるが如何せんカニである。
最後のカニ鍋で静まりかえってしまったのは致し方あるまい。
『カニ玉餡かけうどんやクリームコロッケの段階では賑やかだったんだけどな』
他にもレシピは色々あるが、それはまた別の機会に披露することになる。
これ以上は食の細い者には厳しいものがあるからだ。
それぞれの量が少なめだったとはいえ、全部合わせればやや多めである。
お代わりも自由とくれば、限界まで食べる者たちも出てくる。
「もう食べられないよ」
なんて物真似らしきものを入れてくるトモさんでなくても、みんな腹一杯食べたさ。
「いやー、食べたねえ」
「うん、美味しかった」
マイカやミズキも御機嫌だ。
「カニって初めて食べたけど本当に美味しかったわ」
「本当にそうですね。
海のものは食べ慣れたと思っていたのですが」
「姉様の言う通りです」
エリス、マリア、クリスの3姉妹にも好評だったようだ。
「こういう旨味もあるのじゃな。
いやいや、海のものは奥が深いわい」
ガンフォールはしみじみした様子でカニの味を反芻しているようだ。
「まったくです、親父殿。
この後がなければ酒が欲しいところですよ」
ハマーは相変わらず酒に拘っている。
グレーゾーンな発言からすると自重はしているようだが。
それでもボルトは「この人は……」なんて言いたげな目をしていた。
『ふむ、ボルトは食い過ぎなかったようだな』
いつぞやはブリーズの街で食後にフウフウ言うほど食べたこともあったのだけれど。
最近はそういう失敗がない。
こういうのも成長と言えるだろうか。
「くーくぅ! くうくっくー」
「うむ、そうじゃな」
カニ最高! また食べたいなんてローズの主張にシヅカが同意している。
「機会があれば、また食せるであろう」
「食後のかき氷がしゃーわせだった!」
マリカがこう言うのはしょうがない。
氷狼とも言われるハイフェンリルだもんな。
『それならカニを凍らせて出しても良かったかもな』
次の機会にはマリカ専用でそれをやってみよう。
そんなことを思案していると──
「ん?」
フラフラとした足取りで歩いている者が視界に入ってきた。
『大丈夫かよ』
なにやら夢見心地と言わんばかりの顔をしているが。
味を反芻しているような遠い目をしているような。
「あの化け物があんなに美味しかったとは……」
とろけた表情のままで、そんなことを言っているのはヤエナミであった。
『とうに食べ終わっているのに、その反応か』
海が生活の中心だったはずの人魚組の台詞とは思えない。
普通のズワイガニも食したことがない理由はレオーネたちと同じなのだろう。
「意外でしたねぇ」
マリナミがいつものおっとりした調子で同意している。
ただ、ヤエナミの表情には苦笑していた。
「前はアレを食べようという発想がなかった」
いつも眠そうに見えるタレ目なユリノエが指摘する。
「小さい方だけでも美味しいと分かっていれば……」
地味子さんなアスカミが残念そうに語る。
「気持ちは分かるけど、きっと無理だったわよ」
マリナミが会話に乗ってくる。
クノミカが無言で頷いていた。
トリップしているヤエナミは放置されることが決定したようだ。
「大きいのが凶悪だもの。
そういう発想は海が空と入れ替わったって無かったでしょうね」
更に落ち込むアスカミ。
だが、俺としては「海が空と入れ替わった」という表現の方が気になった。
『落ち込んでいるところ申し訳ないけどな』
言葉の方は天と地が引っ繰り返るというのと同じ意味なのだろう。
さすがは海を生活の場にするドルフィーネである。
結局、落ち込んだアスカミは皆で慰めていた。
せっかく美味しいものを食べたんだから過去より未来を見ようってね。
少し前までの人魚組からは想像できなかったことだ。
俺はちょっとほっこりした気持ちになった。
読んでくれてありがとう。




