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641 メインの前にカニを語る人々

 メインの配膳前ともなると、期待感の盛り上がりは最高潮だ。


「次は何かニャー」


「次もカニなの」


「それは分かってるよー」


 ミーニャ、ルーシー、シェリーの3人が漫才のようなやり取りをしている。

 それを見てハッピーとチーがクスクスと笑っていた。

 微笑ましい光景である。


 一方で何やら絶望的な表情をしている者がいた。


「あかん、うちはもうあかん」


 アニスである。

 狐耳がペタンと倒れてしまっている。


『何事だ?』


「ちょっと、どうしたのよ」


 レイナが心配そうに俯いているアニスの顔を覗き込む。


「あんなん知ってしもたら」


「なによ?」


「病み付きになって寝られへんなってまうやん!」


 叫びながらガバッと跳ね上がるように上を向く。


「きゃあっ!?」


 レイナが驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになったのも無理はない勢いがあった。


「ビビビビックリさせんじゃないわよ!」


 抗議するのも当然だろう。

 された側の耳には届いていないようだが。

 頭を抱えて悶えている。


「うちはなんでカニの味を知ってしもたんや───っ」


『躁鬱の気があるのかね』


 騒がしくも恥ずかしい我が妻である。


「「ここは他人の振りに徹すべきだよね」」


 メリーとリリーはヒソヒソしながら素知らぬ振りを通すことに決めたようだ。


「お前たち……」


 2人の姉であるリーシャが嘆かわしいと言わんばかりの目を向けるがフルシカトである。

 まあ、リーシャだって遠巻きにするかのような感じで見ているだけだ。

 五十歩百歩と言われても否定できまい。


 ダニエラも似たようなものだ。

 ニコニコした笑顔で眺めるばかりだし。

 もちろん俺も傍観者という意味では同じである。


『止められるなら止めるんだけどな』


 そうは思うが、所詮は言い訳だ。


「ちょっとは落ち着きなさいよ」


 アニスに声を掛けているレイナの方がよほど勇気がある。

 まるで報われないのだが。


「カニがー、カニがーっ」


 オペラ調でこそないものの、まるで夕食が始まる前のマイカである。

 チラリとそちらを見ると気まずい様子で目をそらされた。


『プチ黒歴史は確定したようだな』


 これはアニスも後で黒歴史化しそうである。


「どうどう」


 アニスを宥めようとするレイナの言動が馬に対するそれになってきた。

 一瞬、受け狙いで始めたのかと思ったが本人はいたって真剣である。

 どうにかしたいと必死になった結果のようだ。


「レイナよ、しばらく放っておくのだな」


 ルーリアがお茶を啜りつつ冷静に告げていた。


「だってさー」


「すでに黒歴史になるのは確定している」


「うっ」


 周囲を見渡してみれば一目瞭然。

 古参組は素知らぬ振りをしているけれど。

 人魚組や人竜組はちょっと困ったような目で見ている。

 その目は「気持ちは分からなくはないけど」と語ってはいたけれど。


「ならば無駄に労力を費やしても意味はあるまい」


「それはそうだけどさー」


 レイナは歯切れが悪そうにしている。

 反論の余地がないのを承知しているからだろう。

 かといってアニスを見捨てるのも忍びないといったところか。

 情に厚い女である。


「今は何を言っても無駄。

 後で慰めるといい」


「ううっ、ノエルまで」


 そうは言うものの、レイナもそれしかないのは分かっている。

 結局は、アニスの暴走が収まるまで疲れ切った表情で待つことになった。

 ちなみに暴走は配膳が自分の近くに来るまで続いたのは言うまでもない。


『配膳の邪魔になるという自覚はあるのかよ』


 思わずツッコミを入れそうになった。

 踏み止まったけどね。

 せっかく静かになったのに、つついて再発させては災難だからな。


『他の面子に目を向けよう』


 3姉妹の方を見てみた。


「カニを使った料理がこれほどとは……」


 マリアが半ば呆然とした表情で呟いていた。

 未だに衝撃が抜けきらぬ様子。


「そうですね、私の想像を超えていました」


 クリスはニコニコしながらだが感嘆する口振りからすると驚きが感じられる。


「確かにそうね。

 初めて食べたということを差し引いても感動があったわ」


 エリスはしみじみとした様子で頷いていた。


『これくらい静かならハラハラしなくて済むんだが』


 もう少し騒がしいくらいでもいいかもしれない。

 例えば興奮気味に姉に話し掛けているリオンとか。


「お姉ちゃん、まさかの味だったね!」


 声は些か大きめだが、アニスのような悲鳴に近いようなものではない。

 現に誰も気にしていない。

 え? アニスのインパクトが強すぎる?

 ごもっとも。


「ええ、まさか災厄以外の何物でもなかったアレがこんなに美味しいとは」


 リオンとレオーネの姉妹でさえこうだというのは些か予想外だった。

 普通サイズのカニもあるから、てっきり食べたことがあるのだと思っていたのだ。

 そこからギガクイーンクラブの味を想像できるはずだとも。


「こんなに美味しいとは思わなかったよ。

 今まで小さいのを無視しなかったら良かったね」


『あー、食べたことがなかったのか』


 レベルが低かった頃の彼女たちならギガクイーンクラブを恐れるのは道理。

 そこから形が似ている通常サイズのカニも忌み嫌っていたようだ。

 デカい魔物のカニがいかに恐れられていたかがうかがえる。


「それはどうかしらね。

 気持ちは分かるけど……」


 妹の発言に首を傾げるレオーネ。


「ど、どうして!?」


「形が似ていても別物なんだから美味しいとは限らないわよ」


「あ……、そっか」


 急にションボリしてしまうリオン。


「あくまで可能性の話だから」


 慌ててフォローを入れるレオーネ。


『しょうがないな』


「リオンの言う小さいのも味は保証するぞ」


「「えっ!?」」


 姉妹が俺の方を見た。

 【諸法の理】で確認したんだよな。

 普通のカニも日本で獲れるものと味が遜色ないと。

 お墨付きを貰った2人は瞳を輝かせていた。


『帰ったらカニを獲りまくりそうだな』



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 そして本命とも言うべきカニ鍋が俺たちの前に並べられていく。

 まだ火が通った状態でないというのが否が応でも期待感を盛り上げてくれる。


『これ、先にあれこれ食べてなきゃ我慢できないのが出てただろうな』


 焦らしてメインをより美味しく感じさせようというのだろう。

 なかなか心憎い演出をしてくれる。


『一応は成功しているのかな』


 鼻息を荒くしている面々がいるからね。

 正直、暴走を招きかねないので際どいとは思う。


 いずれにせよカニと言えば鍋だろう。

 本命を外さないあたり自動人形たちも分かっている。

 しかもカニの甲羅を鍋として利用していた。

 見た目というか演出面でも文句なしだ。

 ちなみにこれに使われているのは言うまでもなくギガクイーンクラブではない。


『あんなの器にしたら、風呂桶になるって』


 そんなものは食堂の何処を見渡しても存在しない。

 鍋代わりにしているカニはすべて普通サイズのカニだ。


『いや、普通サイズは語弊があるな』


「大っきいよね」


「これだけのものが山ほどあるなんて驚きだわ」


「確かに直に見たことはないかな」


 日本人組の反応からもそれは明確である。


「なによ、トモは見たことあるの?」


 トモさんの言い回しが気になったのか、マイカが追及を始める。


「水揚げの時のニュース映像とかだよ」


「ああ、なるほど」


 あっさり納得したけれど。

 確かに日本では冬になると毎年のように見る光景だ。


「後はドキュメンタリー番組とか」


「へー、意外ね」


「酷いなぁ」


「だってテレビ見る暇があったらゲームしてるイメージしかないもん」


 ぼやくトモさんにマイカが切り返す。


「うわー、否定しづらい」


 仰け反って「やられた」という顔をするトモさん。

 だが、真顔に戻って反撃に転じた。


「仕事で番組のナレーションもやるんだよ」


「あ、プライベートじゃなくてそっちか。

 ゴメーン、気付かなかったわ。

 アニメとゲームのイメージで定着しちゃってたから」


「確かにナレーターはいつもって訳じゃないけどさ。

 自分以外のナレーションを見て勉強したりするわけ」


「ゴメンゴメン。

 思い込みは良くなかった」


 軽い調子で謝っているマイカ。

 だが、どちらも嫌みは感じていないようだ。

 互いに本音で話しているせいだろうか。

 姉弟になってからの期間は短いんだけどね。

 性格的に相性が良いのかもしれない。


「2人ともカニの話はどうなったの?」


 ミズキの指摘に2人が顔を見合わせる。


「そういえば、そんな話をしていたような」


「別にどうだっていいんじゃない?

 要するに大きなカニを丸ごと食べられるってことなんだから」


「うちの姉は食欲に忠実だね」


「もちろんよ。

 カニなんて財布に痛いのよ。

 滅多に食べられないんだから」


「それは日本人だった頃の話では」


「あ、そっか」


 いつの間にかカニを前にして漫才状態である。


『あんまり面白いわけじゃないけどな』


 それでも当人たちにとっては面白かったらしい。

 アハハと声に出して笑っていた。


読んでくれてありがとう。

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