626 マズメシの思い出と山ほど食べる強者の話
ジャイアントスクウィッドのイカ焼きを食した。
「うむ、卵と小麦粉の配合が絶妙だな。
ソースのコクをうまく受け止めている」
自画自賛になるが、つい言ってしまう。
『だって、旨いんだもの!』
「あのダイオウイカもどきがこんなに美味しいとはね」
マイカも食べながら感心している。
「何か棘のある言い方だな」
「そんなんじゃないわよ。
ダイオウイカを食べれば分かるわ」
マイカの言葉にミズキも「うんうん」としきりに頷いている。
「食べたことあるのか」
「まあねえ」
気のない返事をしてマイカはイカ焼きの残りにかぶりつく。
よほど思い出したくないのだろうか。
「物産展の目玉だったのよ」
代わりにミズキが答えてくれた。
「だけどコクがないのに臭みがあると言うか……」
「はっきりマズいと言えばいいと思うぞ」
「えー、でも作った人に悪いというか」
ミズキはすでに「マズい」と言ったも同然なのに迷いを見せている。
「どうせ、ぶっつけ本番で作ったんだろ」
臭みを抜く処理が徹底されていない時点で想像がつく。
下味のつけ方もミスってそうだし。
「うん、急遽使われることになったみたいだから」
「なんだ、そりゃ。
ダイオウイカが滅多に手に入らないのは分かるけどさ」
物珍しさでマズメシテロをやっちゃいかんだろ。
滅多に手に入らない食材なら展示に留めて最初から使わなければいいのだ。
「偶然、水揚げされたからって言ってたよ」
「思いつきで物産展の目玉にしたのか」
「そうみたい」
「責任者、出てこいの案件だな」
「あれは思い出したくもない暗黒の記憶よ」
イカ焼きを食べ終わったマイカが漏らすように語った。
「ハルには、あの壮絶な不味さは分かんないわね」
「マズメシなら俺も食ったことがあるぞ」
「いやいや、あのえも言われぬ複雑な味覚破壊は最凶よ」
『最強じゃなくて最凶か』
ニュアンスで何となく察してしまった。
合掌ものである。
だが、マズメシなら俺も負けていない。
「ほぼケチャップの味しかしないカレーを食べたことがあるか」
「「なにそれっ」」
脊髄反射かってくらいのタイミングで2人に反応されてしまった。
ちなみにノエルやマイカは我関せずとイカ焼きを味わいながら食べている。
「既に閉店した茶店で食わされた恐怖の記憶だ」
「ケチャップの味しかしないって、それもうカレーじゃないじゃん」
「微かにカレーの風味は感じたぞ」
「言ってて虚しくならない?」
呆れた様子で聞いてくるマイカ。
「それくらい最凶だったってことだ」
「……なかなかやるわね」
俺のマズメシ話で追撃をくらって己のマズメシ経験がフラッシュバックしたようだ。
完璧とも言えるカウンターパンチであった。
ただし、俺にも同等のダメージが入っている。
互いに不敵な笑みを浮かべ合う。
そこに勝ちも負けもない。
『不毛な泥仕合だ』
このまま続けばボロボロの状態で相打ちとなって終わるだろう。
「ねえ、ハルくん」
そこに割って入ってくるミズキ。
「なにかな」
「出された時点で気付かなかったの?
そしたらクレームぐらいはつけられたと思うんだけど」
最凶のイカ焼きを食べたことを忘れてやいませんかね。
ミズキもクレームをつけなかっただろうに。
つい今し方、作った人に悪いとか言ってたくらいなんだから。
「違和感ぐらいでそんなことができるほど当時は世慣れちゃいなかったさ」
「ケチャップ味って言うなら、あからさまな色をしていたんじゃないの?」
「言っとくが、色の方は何の疑いも持っていなかった。
違和感を感じたのは微かな匂いだ。
それも他の料理の匂いかと思っていたくらいだからな」
「そうなの?」
「赤い色のカレーなんて出てきたら別の意味で警戒するだろ」
激辛好きでもなければ店の人間に確認くらいはしただろう。
一般人はハバネロカレーなんて食べたがらない。
故に普通のカレーっぽい色をしたアレを俺は口にしたのだ。
「あー……」
ミズキも理解してくれたようだ。
お通夜のように暗くなってしまった。
『不毛だ』
屋台飯を味わっていたはずなのに、なんだこの流れは。
「「何やってるんですか」」
呆れたような口調で話し掛けられた。
「ん?」
振り返るとたこ焼きを手にしたABコンビがそこにいた。
「過去の話で今を台無しにすることないでしょうに」
「そうですよ、ハルト様。
ここにはマズいものなんてないんですから」
アンネさん、ベリーさんの仰る通りです、ハイ。
「いや、面目ない」
返す言葉もないというやつである。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「イカ焼き、たこ焼き、お好み焼き~」
何故かマリカが食べたメニューを歌詞にして歌い始めた。
笑顔ニッコニコで尻尾はブンブン振られている。
「焼き鳥、焼きそば、焼きトウモロコシ~」
ノエルがそれに続く。
マリカ同様に楽しそうだ。
他人にはそうは見えないだろうが、かなりの上機嫌である。
ちなみに歌の方は替え歌とかじゃない即興のものだ。
単にメニューに節をつけただけとも言う。
「コロッケ、じゃがバタ、フライドポテト~」
途中から合流したアンネもノリノリだ。
『こういうキャラだったっけ?』
もっと生真面目な感じだと思っていたのだが。
俺の勝手な思い込みだったのだろうか。
「フランクフルトも忘れちゃダメよ~」
ベリーが最後の締めである。
どうやら2人とも地はこういう感じのようだ。
「よく食べたよなー」
これを可能にしたのは、たこ焼きからシェアしたからだ。
元々の量が少ないのもあったけどね。
それでもフルで食べていたら途中でギブアップしていたはず。
そんなことを考えていると、トモさんがやって来た。
「あれくらいなら普通に食べる人を俺は知っている」
俺の考えていることを読んだのかと思うような発言だ。
「そんな人、いるんですか?」
ちょっと驚いたような感じでフェルトが聞いている。
「身近なところだと女性の先輩だね」
「女性なんですか!?」
驚愕に目を見開いているフェルト。
「そう、凄くお世話になった先輩だ。
絶対に足を向けては寝られない」
『多分ゆきなさんだな』
「凄そうな人ですね」
フェルトがなにやら上の方へ視線を向けながら呟いた。
おそらく妄想力を働かせているのだろう。
なんとなくだがフェルトの思い描く相手の体型に想像がつく。
「太ましい人を想像しただろ」
「えっ!?」
俺の指摘に動揺するフェルト。
『完全に図星だな』
「そんな感じには全然見えない人だぞ」
フェルトは顔の前で手をワタワタと忙しなく振る。
焦っているのは誰の目にも明らかだ。
「陛下もご存じの方なんですか」
どうにかその言葉を絞り出してきた。
「ゆきなさんだよな」
トモさんに確認してみると──
「うん、そう」
頷きが返された。
「でも、ゆきなさんより凄い人はゴロゴロいるよ」
何気なくトモさんが言ってのけるが、フェルトは目を見開いている。
「1回の食事でキロ単位を食べ尽くす人とかいるし」
「ええっ!?」
フェルトにしては珍しいオーバーアクションの仰け反りが見られた。
キロ単位と言われると、さすがに引くか。
「あー、確かにね。
向こうの世界じゃフードファイターはテレビとかで普通に見られるもんな」
俺がそう言うと、フェルトにギョッとした目を向けられた。
「フードファイターって何ですか!?」
食いつきっぷりが凄い。
「食べることを競い合う競技があるんだけど」
「そんなものがあるんですかっ!?」
なぜかクリスが寄ってきた。
「姉様は御存じですか?」
マリアがエリスに聞いている。
「聞いたことがないわね」
まあ、そりゃそうだろう。
ルベルスの世界じゃ飽食なんて言葉は縁遠いし。
『バーグラーの王侯貴族なら身近だったかもな』
エリスやクリスは以前は王族だったが、ゲールウエザー王国はバーグラーとは違う。
「私、動画で見たことありますよー」
そんなことを言いながら輪の中に入ってきたのはダニエラだ。
「「どれだけ沢山食べられるかとか見てたら凄いよね」」
メリーとリリーも話題に加わってくる。
「私は胸焼けがするだけだったぞ」
妹たちの会話に呆れ気味にツッコミを入れるリーシャ。
「うちもや……
あのラーメンの早食いは悪夢やったで」
アニスがウンザリしたと言いたげにツッコミを重ねる。
無言でしきりに頷いているレイナとルーリア。
リーシャたち4人は些か顔色が悪い気がする。
「そんなに酷いのですか?」
エリスに問いかけられてコクコクと頷きを返していた。
そんな中で──
「「ハルト様っ」」
ABコンビが急に詰め寄ってきた。
『何事だよ!?』
読んでくれてありがとう。




