625 ハルト屋台の前で敗北す
ビーチフラッグが終了した。
準々決勝あたりまで残った者はグッタリである。
『当然だよな』
ベリルママの結界内で全力を出し続けたんだから。
だが、心地よい疲労感に包まれているようだ。
誰を見ても清々しさで一杯だ。
思いっ切り遊んだと表情で語っている。
「御苦労さん」
大の字になって寝転がっている面々に疲労回復ポーションを配って回る。
「ありがとうございます」
人魚組はまだまだ遠慮がちである。
「ハルくーん、私もー」
ミズキが手足をバタバタさせて駄々をこねている。
「はいはい」
『珍しいな』
普段はワガママを言わないんだが。
そう思いながら手渡すと満面の笑みを返された。
「ありがとー」
ちょっとドキッとする。
「おう……」
「分かってないねえ」
皮肉な笑みを浮かべてクスクス笑うマイカ。
こちらは俺のように初戦で敗退しているので余裕がある。
「なんだよ」
「もっと構ってやんなさいよ」
「む」
どうやら嫉妬されていたらしい。
「善処する」
とりあえずポーションで回復したミズキの手を取って引っ張り上げた。
それだけでニコニコされてしまうのだが。
『何故だ?』
特別なことは何もしていないというのに、よく分からん。
『[鈍感王]は伊達じゃない、のか?』
考えても分からないのでマイカのアドバイスに従っておくことにする。
「2人とも腹減ってないか」
食べ物で釣ろうという発想が我ながらさもしいと思う。
「あ、言われてみれば……
ビーチフラッグに夢中で気付かなかったよ」
「なに言ってんだか」
マイカが呆れた様子で溜め息をついた。
「そろそろお昼の時間じゃない」
ミズキに指摘しながら苦笑する。
「ホントだ」
ミズキは今更ながらに時間を確認して気が付いたようだ。
リアルで驚いている。
『まあ、ミズキらしいよな』
本人は大真面目なんだが、周囲からはボケているようにしか見えない。
そういう所がある。
「道理でお腹がすくわけだよね」
そんなこと言いながらテヘペロするんだよ。
これで本人はボケているつもりがないのだ。
「相変わらず、アンタは絶妙のタイミングで天然ボケをかましてくれるわよね」
「えー、天然ボケじゃないよー」
マイカのツッコミを困った顔をしながら否定するミズキ。
『ここはマイカに1票だよな』
俺は何も言わない。
藪をつついて蛇を出す真似などしたくないからだ。
そこへポーションの配布を手伝ってくれていたノエルとマリカが戻ってきた。
「あるじー、任務完了だよ」
「こっちも終わった」
「おお、助かる」
2人してベッタリ引っ付いて甘えてくる。
これは「褒めれ、撫でれ」という合図だ。
ちなみに「褒めれ」は「褒めて頂戴」と「褒めろ」の中間の意味らしい。
もちろん「撫でれ」も同じように中間の意味がある訳だ。
命令形でありながら究極的に甘えているのだそうだが。
『よく分からん』
まあ、感覚が理解できなくても意味が通じるなら問題は感じない。
問題なのは、このタイミングでこの合図が出たことだ。
やらないと機嫌が急降下するのが厄介なところなんだが……
今回はミズキの機嫌も考慮しないといけない訳で。
そちらをチラリと見るが、表情から読み取れるものはない。
だからこその[鈍感王]なんだろうが。
『どうすりゃいいんだ』
とりあえず様子を見ながらノエルとマリカの頭をワシャワシャしておく。
「ひゃー」
マリカはこんな雑な撫で方でも大喜びだ。
ブンブンと尻尾が振られている。
「ハル兄、ちょっと雑」
ノエルは両手で髪の毛を整えつつ抗議してくる。
が、表情からするとまんざらでもなさそうだ。
一方でミズキの様子を覗うが、変化はない。
許容しているのか我慢しているのか。
それとも何とも思っていないのか。
『分からん、ホント分からん』
結局、考えてもしょうがないという結論に達する。
「ハル兄、お腹すいた」
「マリカもー」
『こっちを解決するのが先だよな』
ミズキたちも腹減ったって言ってるんだし。
「よーし、じゃあ屋台で昼飯だ」
「今日は客ー」
マリカが拳を突き上げて喜んでいる。
「ん、新鮮」
ノエルも同意しているところを見ると相当うれしいようだ。
考えてみれば屋台を利用するなんて滅多にないからな。
『前に買い食いしたときは色々食べたよな』
中でも印象的だったのは商売する気があるのかってオバちゃんの店だった。
売っていたのはダンジョン焼きとダンジョン棒。
ダンジョン焼きはソース味のホルモン焼き。
ダンジョン棒はブラッドソーセージなフランクフルト。
独特の味ではあったがアレは旨かった。
『アレを売っているオバちゃんも独特の雰囲気だったよな』
肝っ玉母ちゃん風でちょっと不機嫌な感じがデフォ。
その割には俺のアドバイスを素直に聞いていた。
ちなみに自動人形の報告によると今も元気に屋台を切り盛りしている。
相変わらずムスッとした表情だから元気というのは変かもしれないけど。
それでも行列のできる屋台になっているんだから大したものだと思う。
『妙に懐かしく感じるな』
たまに報告動画を見るけど御無沙汰しているのは事実だし。
「という訳で、最初はフランクフルトだ」
「どういう訳よっ!?」
すかさずマイカのツッコミが入るが華麗にスルー。
「フランクフルト5本」
「毎度ありがとうございます」
メイド服姿の自動人形が丁寧にお辞儀して応対する。
『人選ならぬ人形選をしくじったかもしれん』
屋台なのに美少女でメイド。
なかなかにシュールな光景である。
「こらー、無視すんなぁ」
御立腹のマイカ嬢にはフランクフルトを口へダイレクトイン!
「むぐっ」
「ほれほれ、食うのだ。
腹が減ると怒りっぽくなるぞ」
恨みがましい目で見られるが口は塞がっているので
「ガツガツムグムグングッゴックン」
お世辞にも綺麗な食べ方とは言えない高速食いで食べ終えると──
「いきなり何すんだー」
と、まだまだ怒りが収まらない様子である。
「旨いか?」
そう聞く相手はマイカではなくノエルだ。
当のマイカは「ンキーッ」とか吠えていた。
「ん、歯ごたえと肉汁のバランスが絶妙」
コクコク頷きながらいつもよりハイペースで食べるノエル。
だが、マイカのようにがっついた感じじゃない。
『まだ子供なんだから、たまにはそういう感じで食べても許されると思うんだけどなぁ』
「ほとばしるの最高。
この串が骨だったら完璧だったー」
『最高なのに完璧じゃないのか』
要望を追加した感想を言ってくるマリカにツッコミは入れない。
旨けりゃ何だっていいのである。
骨付きフランクについては検討するということで。
『そういや作ったこと無かったな』
なかなか旨そうな気がする。
問題は骨の加工だな。
噛み砕いたときの骨って、たいてい尖っているから。
内臓に刺さったりすると危ない。
そのあたりを下処理や調理で解決しないといけないだろう。
『まあ、考えるのは帰ってからだな』
そういうのを考えるのも楽しいが、遊びの範疇を超えてしまう。
今日はとにかく遊ぶ日、仕事はなしだ。
そしてミズキを見る。
「うん、美味しい。
外で食べるのが、またいいよね」
御機嫌な様子に内心でホッとした。
悟られると良くない気がしたので【ポーカーフェイス】を使ったのは内緒だ。
『で、マイカなんだが』
そちらを見ると絵に描いたような膨れっ面だった。
「スマンスマン」
片手で拝む仕草をすると溜め息をつかれた。
「そのノリ、久しぶりね」
苦笑される。
「大学の頃以来だからな」
「馬鹿やってたわね」
「厨二くさいこともな」
2人して遠い目になる。
気分は縁側で日向ぼっこをしながら茶をすすっている感じだろうか。
「ちょっと、ハルくん、マイカちゃん」
ミズキに呼び戻された。
「おおっ、つい黄昏れてしまった」
「そこまで枯れてるんかいっ」
ビシッとマイカのツッコミが入った。
『すべてはこの時のために』
事前の打ち合わせなどなくても、阿吽の呼吸でボケと突っ込みに持って行ける。
だから俺としては会心の出来だと思ったのだが。
「……………」
予想に反して、沈黙が訪れた。
絶妙のタイミングだったはずなのだが俺のボケとマイカのツッコミは不発に終わった。
「皆の視線が痛い」
「つーか、この流れはミズキにしか分かんないわよ」
「それもそうか」
ミズキをハラハラさせておいてオチをつけるかつての定番は皆には通じなかった訳だ。
身内ネタは使いどころに注意しましょう。
本日の教訓である。
「ハル兄、次の屋台」
「あるじー、ぜんぜん足りない」
幼女コンビに催促されたとあっては落ち込んでもいられないので即座に切り替える。
「次は何にする?」
「「「イカ焼き!」」」
ミズキとノエルとマリカでハモられた。
俺たちが前振りしている間に決めていたようだ。
つまりネタはまるで見られていなかったと。
「惨めだわ」
恨みがましい視線でマイカに睨まれてしまった。
「言うなよ」
敗者はスルーが基本だろうに。
読んでくれてありがとう。




