594 ハルト案内を始めるも、いきなりヘマをする
人魚組を引き連れて城の外に出る。
古参組もバラバラに配置して一緒に行動させた。
疑問があった場合に対応させるためである。
実際、みんな質問攻めにあってたからね。
城の中庭にあった噴水について質問が殺到したのはちょっとビビったけど。
水に関連することは食いつきが違う。
さすがドルフィーネと言うべきか。
とにかく、人魚組の疑問に即応できるようバラバラに配置。
感覚的には観光ガイドに近いだろうか。
だとしたら、物凄く手厚いとは思うけどね。
右を見ても左を見ても声が掛けられる。
疑問質問はすぐに聞くことができる状況だ。
なおかつ、交流を深めるという意味合いも含めたセッティングのつもりである。
人魚組もぎこちなさは薄れてきているようだけどね。
もう一息の気がしたのだよ。
なんにせよ早く馴染んでくれるに越したことはない。
できれば明日以降は特訓に参加させたいところである。
思惑通りになるかは現状では何とも言えないが。
『願わくば特訓に拒絶反応などがありませんように』
こんな風に内心で神頼みしている自分がいる。
で、最初に向かったのは神社であった。
今のお願いに来た訳ではない。
言い訳くさいと感じるだろうが、城から近いだけのことだ。
鳥居の前で立ち止まる。
「ここが神社だ」
全員に声が行き渡るように魔法を併用しながら場所の説明を始める。
「「「「「神社?」」」」」
人魚組の面々がそう言うなり一斉に首を傾げた。
そして一同がざわつき始める。
「知ってる?」
「知らないわ」
「何だろう?」
「何かしらね」
近場にいる者同士でそんなやり取りをしている。
それを見て、ちょっと失敗したことに気付いた。
寝ている間にマルチプルメモライズで簡単な常識を伝えたつもりだったんだが。
どう考えても足りなかった訳だ。
こういう自分の中では当たり前すぎるものが抜けていたのだ。
凡ミスもいいところだろう。
まあ、致命的なことではないので口頭で説明することにした。
「うちの神様を祀っている所。
別の言い方をするなら神殿だな」
「「「「「道理でぇ~」」」」」
しきりに頷く人魚組。
「何が道理でなんだ?」
俺がそう聞くと、間近にいたナギノエが代表で答えた。
「この門の向こう側から神聖な気配が伝わってくるんです。
まるで神託を受けたときのような暖かさがあります」
「なるほどね」
聞いて納得の返事であった。
一方で感心もする。
『この気配を明確に感じ取れるか』
神託を受けたとハッキリ言ったしな。
しかも人魚組全員が同じように気配を感じ取っている。
ナギノエだけじゃないというのが味噌だ。
もしかすると人魚組には巫女の素養があるのかもしれない。
実は職業がすでに巫女だったりとか。
そこまで皆のステータスを見ている訳じゃないので何とも言えないが。
あるいは妖精種だからというのもあるのかもしれないし。
面倒くさいので確認はしないことにしたが。
なんにせよベリルママの気配をより強く感じているのは間違いない。
元ゲールウエザー組なんかは、人魚組のようにハッキリとしたことは言わなかったしな。
「厳かな雰囲気の場所ですね」
俺が神社についてあれこれと教える前のエリスの言葉である。
そんな風に言いながらも気配は感じ取れていなかったし。
マリアやクリスも静かな場所という認識でしかなかった。
ABコンビも似たようなものだ。
他とは違うことは、みんな分かっていたようだけどな。
それが何なのかは上手く説明できなかったけれど。
「陛下、この気配は一体……」
ヤエナミが聞いてくる。
エヴェさんのことを知っているからな。
気配が別物であることを感じ取っての発言だろう。
よく見ると小刻みに震えている。
どうやら神格の違いを感じ取ったようだ。
「あー、うちが祀っている神様について説明してなかったな」
抜け作すぎるな、俺。
真っ先にマルチプルメモライズで伝えるべきことが、すっぽり抜けていたんだから。
「はーい、注目!」
口頭で説明すると長引きそうなので──
「マルチプルメモライズで神様関連と神社の知識を渡すからねー」
フィンガースナップで合図して知識送信。
伝えることを限定して絞り込んだので、すぐに終了した。
終了したのはいいんだけど……
人魚組の様子が何処かおかしい。
一気に顔色が悪くなってガタガタ震え始めたかと思うと──
「なんでっ!?」
人魚組、全員が土下座モードに突入。
「いや、ちょっとっ……」
訳が分からなくて思考が混乱する。
『どうしてこうなったっ!?』
「あーあ、やっちゃった」
「やってまうと思たんや、うち」
レイナとアニスがそんなことを宣ってくれた。
「どういうことよ」
「ハル兄、自分が何者かを忘れてる」
「へ? 俺は俺だぞ」
ノエルの指摘に答えたら、古参組のみんなから残念な視線が集まってしまった。
『ええ~っ、なんでそんな目で見られなきゃならないんだ?』
普通に必要な知識だけを皆に渡しただけなのに。
そこにタブーはないはずだ。
使った魔法がダメというのなら話は別だが。
それはないというのは明らか。
マルチプルメモライズなんて何度も使っているんだから。
「訳が分からん」
そう言うと、皆が呆れたように溜め息を漏らした。
『一斉にっ!?
なんでなんだよぉっ』
頭を抱え込みたくなってしまった。
ホントに分からん。
誰か教えて、プリーズ。
「ねえ、ハルくん」
ミズキが声を掛けてきた。
「本気で言ってるの?」
呆れた目で俺のことを見ている。
マイカなら「ああ、そう」で済ませるんだが。
ミズキがこんな目をするとか余程のことだ。
スルーなどできる訳がない。
「スマンが、大マジだ」
正直に告白する。
「はあー……」
大袈裟なんじゃないかと思うほどの溜め息をつかれてしまった。
「しょうがないなぁ」
そんな風に言われると物凄く残念なことをやらかした気にさせられる。
ショボーンな心境だ。
その上で懇切丁寧に教えてもらいましたよ。
人魚組が信じている神様が、実は亜神であるという事実は決して軽くないこと。
それを知ったときの衝撃は生半可なものではないと。
まず、この時点で躓いた。
『そこまでだったか……』
少し軽く考えすぎていた。
慣れが感覚を麻痺させてしまったのだろう。
だが、それは言い訳だ。
人魚組が何を思うか感じるかを気付けなかった俺は間抜けでしかない。
そしてここからが人魚組を土下座モードにさせてしまった本命のネタである。
彼女らは亜神や仙人を眷属として唯一無二の管理神が存在する事実を知らされるのだ。
薄々は気付いていただろうけれども。
自分たちの信じていた神様が亜神であったと教えられた時点でね。
神様と信じていた相手よりも更に上がいると知る、知らされる。
明確にそうであると知ったときのショックは如何ほどか。
亜神の事実を知ったときよりも更に大きいことだけは間違いない。
しかも俺はその息子なのだ。
二重の衝撃だったろう。
いや、ミズキの話によれば本物の神様の子供の方がヤバいらしい。
ある程度予測できたことよりもという訳だ。
そして、これが土下座の元だろうと言われてしまった。
『そんなこと言われたってなぁ……』
ベリルママの息子であることは否定できない。
それは事実なのだから。
嘘をついて誤魔化す訳にもいかんし。
というより、俺の存在そのものを一時しのぎのために否定することはしたくない。
ましてベリルママとの繋がりを嘘で塗り潰すなどあってはならないことだ。
他のことなら状況によっては考えるが、これだけは譲れない。
一方で俺が人間であることも否定しようのない事実である。
自分でもその事実に疑問を挟みたくなるような出来事が度々あるけれども。
ステータスの上でも人間に分類されているので、そこは胸を張って人だと言いたい。
神の子だが人なのだ。
にも関わらず土下座されるなんてのは予想の斜め上過ぎる訳で。
人魚組の認識では神の子であることが強く意識されているようだ。
人であるということには、ほぼ注目されていない。
俺はどちらも大事だと思っている。
ミズキの説明を受けて、この意識の差が途方もないものに思えてきた。
「それを切り崩すとか無理じゃないか?」
「弱音を吐かないの」
ミズキに注意されてしまった。
「へいへい」
確かに何時までも途方に暮れている訳にもいかない。
どうにかして土下座を解除する必要がある。
ミズホシティの案内も始まったばかりだしな。
『さて、どうしたものか』
途方に暮れるとはまさにこのことだろう。
しばし悩んでいるとローズが注意を引くようにポフポフと俺を叩いてきた。
「どうした?」
こんな時にドヤ顔で俺のことを見てくるローズさんである。
指を立てて「くっくっく」と言いながら振ってきた。
ちょっとイラッとする。
『これで何もなかったら怒るぞ』
「くーくぅっくくぅくーくうくーくっくくーくぅ?」
ずいぶん前に同じようなことがあったの忘れた? だって?
読んでくれてありがとう。




