587 どうしてこうなった&どこに住むか
「ハル兄、お疲れ」
「お疲れ様ですー」
「………」
ノエルとダニエラが素直に労いの言葉をかけてくれた。
ハリーは無言で頷いている。
これはノエルたちと同じだという意思表示だろう。
表情とかで判断する限りはね。
「おう、サンキュー」
同じ無言でもローズだと、ちょっと酷い感じ。
微妙に興味がないんだよ。
投げやりな感じで「終わった? じゃあ、帰ろう」という態度が見え見えだし。
まあ、特にケチをつけてくるわけじゃないからマシな方かもしれない。
「ハルトよ、やり過ぎではないのか」
ガンフォールなんて苦言を呈してくる方だったからね。
「えー、そんなこと言われてもなぁ」
「主らしいものよ」
クックと喉を鳴らして笑うシヅカである。
「どうせ面倒くさいからチャチャッと終わらせたと言いたいのじゃろ」
さすが我が妻、分かってらっしゃる。
「まあな」
「まあなではないじゃろう。
ドルフィーネたちを見よ」
若干ながら鼻息を荒くしてブリブリ怒っているガンフォール。
「んー?」
言われた通りに見てみたら。
「……………あるぇ?」
約2名を除いて石化同然で固まっている。
ピクリとも動かない。
それこそメデューサを直に見てしまったかのようだ。
『地味に終わらせたはずなんだが?』
ドウシテコウナッタ。
「何が、あるぇじゃ。
お主が面倒くさがるからこうなったんじゃ」
「訳が分からん」
「どこがじゃ!?」
「さっさと終わって万々歳だろ」
待たされてイライラすることもないし。
退屈でアクビが出るなんてこともない。
「早すぎじゃ!」
「そうか?」
トモさんだったら荻久保さんの「しょうなのぉ?」の物真似をしているところだろう。
半分、現実逃避したいところだ。
ガンフォールに指摘されて、ようやく原因が分かったところだけどね。
それだけに「やっちまった」感をヒシヒシと感じている。
『だってさぁ、早く終わらせたくらいで驚かれるって思わないだろ?』
動揺しているせいか自分自身に言い訳してしまう。
「どうやったら、あんな複雑な状態のものを数秒で解放できるんじゃ!?」
「んー、どうって言われてもなぁ。
いくつも同時に処理するだけなんだが」
空間魔法を見切れるなら無茶苦茶なことをしているのは分かる。
感覚的にはグシャグシャの状態で丸まってしまった糸を解すのに近いからな。
普通は状態の確認をしつつ順番に解きほぐしていくことになる。
だからこそ古参組でも30分近くは時間がかかると見積もったのだ。
俺が同じようにやれば1分程度で終わっただろうけど。
わざわざ順番になんてやってられないから少し本気になった。
後悔はしていない。
反省はしないといけないだろうか。
状況を鑑みるにそんな気がする。
「それじゃあ答えにならんだろ?」
「当たり前じゃ!
何処にアレの解きほぐし方を一瞬で見切れる者がおるっ」
まあ、それは分かるよな。
でないと同時に処理したって数秒なんかで終わるわけがない。
「ここに」
「馬鹿者ぉっ!」
怒るかと思いつつも答えたら、案の定だった。
ちょっと漫才をしている気分になってくる。
古参組は苦笑している者が多い。
中にはリオンのように目を丸くしていたりもするんだけど。
「お姉ちゃん、どうやったのか見えた?」
「なんとなくこんな感じかなというのはね。
見切れたかという意味でならサッパリよ」
「私もー」
シャドウエルフな姉妹は苦笑しながら脱力していた。
『俺の方が脱力したいよ』
ネタが滑った漫才師みたいで地味に落ち込む。
「聞いとるのかっ」
ガンフォールは説教モードだし。
帰って不貞寝したい気分だ。
その後、ドルフィーネたちが復帰してくるまでガンフォールのガミガミは続いた。
『誰か、俺に癒やしを……』
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さて、隠れ里は解放された。
やりすぎたってことでガンフォールにこってり絞られたけどな。
ジチョウハダイジダヨ?
まあ、面倒くさいときは自重には遠慮してもらうことになると思うけどね。
とにかく跡を濁さず帰る準備はできた。
しかしながら解決すべき問題はそれだけではない。
ドルフィーネは海を主たる生活の場にしているからな。
寝食の問題があるのだよ。
そのあたりをナギノエに相談してみた。
「陸上で生活するのも特に問題ありません」
やけにアッサリな返答。
「ああ、そうなんだ」
拍子抜けしてしまった。
ドルフィーネたち専用の住む場所を用意すべきかと思ってたんだけど。
『必要なくなったかー』
楽でいいが、無駄になったのは残念無念。
ジェダイトシティ以外の海に面した所であれこれしてみようと考えていたからな。
海側の防御結界の拡張とか。
居住施設を空間魔法を利用して設置してみるとか。
港湾設備の充実とか。
考えるだけ無駄になったけど。
『港湾設備はあってもいいか』
まあ、今どうこうする話じゃないか。
『陸上生活が苦にならないなら楽でいいさ』
そう思うことにして先に話を進めることにした。
何処で住むかも決めないといけないからな。
ジェダイトシティは真っ先に選択肢から除外された。
海の側で生活したいというのは当然の要求だよな。
残るはミズホシティとオオトリとヤクモ。
球体型のレーヌ儀を見せて説明した。
惑星レーヌが球体であるというのはマルチプルメモライズで理解してもらったさ。
海に出て壮大な実験をしてというのは、またの機会にね。
希望すればだけど。
ヤクモは真っ先に否定された。
「「「「「魔神伝説の島じゃないですか!」」」」」
ドルフィーネたちにも魔神の住処であったことは知れ渡っていた訳だ。
「あそこは禍々しい瘴気を発しているんですよっ」
ドルフィーネの1人が青い顔をして身震いしながら言った。
「側を通るだけでも気分が悪くなることだってあるんです」
別のドルフィーネが、やはり同じ状態で訴えてくる。
「心配しなくても今はうちの領土だぞ」
「「「「「えっ!?」」」」」
「あの島は以前に神の力によって浄化されたから」
その辺りの説明は省略している。
海水浴の時にサプライズをするつもり、という訳ではない。
あまりにもぶっ飛んだ事情を説明すると固まってしまいかねないのだ。
神とその眷属が魔神の軍団と戦ったとかリアルにあると思わないだろ。
俺がヤエナミと行動を共にした時のあれこれは見せたけどさ。
おまけに異世界から俺がこちらに来ることになった経緯とか奇想天外もいいところだ。
理解はするだろう。
『そのためのマルチプルメモライズだし』
けれども受け入れられるかは別問題。
いや、理解できるからこそ許容しづらいものがあると思う。
絶対にそうなるとは言わないが、高確率でフリーズすることだろう。
それも復帰に相応の時間を要すると思われる。
再起動までの時間が読めないんじゃ、詳しい説明を後回しにするのも止む無しだ。
『こればっかりはマルチプルメモライズでも解決はできないからなぁ』
魔法も万能ではないってことだな。
「「「「「……………」」」」」
呆然とするドルフィーネたち。
「そうは言っても抵抗があるだろうから、皆が住む場所からは除外しておこう」
気持ちの問題もあるからな。
とは言ったものの、ドルフィーネたちの反応が鈍い。
『ありゃー』
大多数が固まってしまっている。
ナギノエとヤエナミが中心となって大丈夫そうな何人かがフォローに回ってくれたけど。
肩を叩いたりして正気に戻すだけの簡単なお仕事ではあったがね。
それでも人数が人数だけに何分かは待つことになった。
『魔神の島がここまで恐れられていたとは……』
西方じゃ魔神伝説もおとぎ話に近いのだが。
やはり海を生活の場にしていると違ってくるのだろう。
ドルフィーネたちの間では生々しい話になるようだ。
「ミズホシティかオオトリか、だな」
「あの……」
小さく手を挙げてくるヤエナミ。
「どうした?」
「皆に見てもらってからではダメでしょうか」
言われて、それもそうかと思う俺は間抜けである。
『知識や情報だけでは判断できんよな』
実際に目の当たりにしてみないことには。
「了解した、その方がいいだろうな」
返事をしながら考える。
『後は何があったっけ?』
ちょっと思いつかないので古参組に話を振ってみた。
するとノエルが俺をじーっと見上げてきた。
「ごはん」
ボソリと一言。
言われた瞬間はどういうことなのか訳が分からなかった。
腹が減ったではなく「ごはん」である。
ノエル自身はお腹が減ったという雰囲気はない。
彼女だけではなく古参組は皆そんな感じ。
逆にこれが俺に気付かせた。
ノエルが言いたかったのはドルフィーネたちのことだと。
『そういや飲まず食わずとは言わないが、食糧事情は良くないんだよな』
気付いていたはずなのに、この体たらくである。
『何やってんだか、俺は』
読んでくれてありがとう。




