表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
574/1785

565 エヴェさん混乱す

 魔神を捕獲したと言ったらエヴェさんが目を丸くした。

 糸のような細い目を丸くされても見開いているようには見えないが。

 まあ、それでも少しは慣れてきたので最大限に驚いているのは分かった。


『これで封印済みとか言ったら、どうなるんだろうな』


 おそらくは捕らえただけだと思っているだろう。


「それでやっぱり目星つけた場所におったんでっか」


「ええ、それもほぼ中心付近に」


「不用心でんなぁ。

 まさかと思いますけど、ダミーとか抜け殻とかやないでっしゃろな?」


「その辺は確認済みですよ」


 終わったのは、つい先程だけど。

 しつこいくらいに確認を繰り返した。

 エヴェさんが言うように抜け殻なんかについてもチェックした。


 細胞ひとつから再生可能なんて奴だったらヤバいもんな。

 結果から言うと抜け殻はあった。

 どうやら脱皮のような手法を使うことで封印から自力脱出したようである。


『何度もそれを繰り返すことで封印の力を削いでいったのか』


 己の身を削りながら封印も削るという形だ。

 俺のイメージからすると脱皮なんだが、人によっては中和と剥離となるかもしれない。

 いずれにせよ途方もない時間をかけなければ脱出できない方法だ。


 しかも弱体化は余儀なくされる。

 それくらいしないと封印から逃れられなかった訳で。

 その執念たるや言葉を失うほどだ。

 腐っても鯛ならぬ魔神である。


『邪悪な敵に感心などするものではないな』


 侮っていい相手ではないことを教えてもらったということにしておこう。

 故に俺は自分の手で封印したコイツに脱皮などさせない。

 そんな時間的余裕はそもそも与えるつもりはないしな。


『この後は、さようならタイムだ』


 故に1枚分であろうと脱皮する時間はない。

 しかも、念には念を入れて脱皮することすら許さんが。

 追加の封印処理で魔神が頼みの綱とする手を潰す。

 たとえ薄皮1枚分であっても封印と瘴気を中和などさせはしない。


 瘴気の局部的な集中を阻害する。

 瘴気が集まれば集まるほど祝福を重ね掛けるような細工をしておくのだ。

 魔神にとっては、この上ない苦痛だろう。

 そのあたりは魔神にしか分からないが、とにかく奴が助かる目はすべて潰す。

 灰燼に帰すという言葉があるが、灰すら残さん。


「そこまで……

 ほんま凄いですわ」


 そんなことを言いながらエヴェさんは呆れたように溜め息をついていた。

 とびきり驚いたことで精神的な疲労がのし掛かってきたのかもな。

 そう考えると、まだ言っていない事実を公表するのは些か心苦しくもなる。


『目の玉が飛び出すんじゃないかな』


 さすがにそんなことはないと思うけれど。


「おっと、感心してる場合やないですな。

 捕まえたんやったら始末せんとあきまへん」


 まあ、そうなるよな。


「ちょっと仲間内に声かけて面子を集めてきまっさかい──」


「それには及びませんよ」


「へ?」


 エヴェさんは俺が結界で捕らえている間に人海戦術で魔神を滅しようと考えたのだろう。


『それだと困るんだよね』


 こちらにも都合ってものがあるのだ。

 勝手なことをされては困る。


「既に封印済みです。

 慌てる必要はありませんよ」


「は?」


 俺の言ったことが理解できなかったのか、聞きそびれたのか。

 とにかく最初は呆気にとられるばかりのエヴェさんであった。

 徐々に表情が変わっていくことで前者だったのだと判明。


 細くても「なに言ってんだコイツ」の目はできるらしい。

 ちょっとした発見に少しだけ笑った。

 もちろん内心でだけどな。


「どういうこっちゃのっ!?」


 エヴェさんがプチパニック状態である。

 オロオロとまでは言えないだろうか。

 目線が忙しなく動いていた。


『必死になって状況を把握しようと考えている?』


 おそらく頭の中は真っ白に近いと思われる。

 それでも目線以外は狼狽えた感じがないのは凄いものだ。

 生来の笑顔というのは本当に大きい。


「どういうことと言われましてもね。

 結界で捕縛した後は封印しないと安心できないでしょう」


 逃げられちゃ敵わんしな。


「マジでっか!?

 ホンマでっか!?

 夢とちゃうんでっか!?」


 倍速再生しているかのように早口で捲し立てられる。

 それも思いっ切り前のめりで。


「ちょっとちょっと、顔が近いですよ」


 いくら愛想よく見えるとはいえオッサンのドアップは勘弁してほしい。

 これがブリーズの街の冒険者ギルド長ゴードンだったら殴ってるな。

 あの爺さんは興奮すると唾を飛ばしまくるから。


「ああっ、すんまへん」


 ヒョコッとコミカルな動作で引っ込むエヴェさん。


『この人、コメディアンが似合いそうだよな』


 もしくは喜劇俳優。

 いや、つまらんことを考えている場合ではない。

 エヴェさんに動揺されたことで、つい現実逃避してしまった。


「マジで本当で夢じゃないです」


 エヴェさんが離れたところで返答する。


「いやいやいや、この目で見るまで信じられまへんがな」


 またしても前のめりになりそうになった瞬間に人差し指を突き付けてブロック。

 亜神を相手に不遜な態度ではあるが、男に迫られるのは嫌だ。

 そして面倒くさい。

 俺がこんなことで嘘をついて何の得があると言うのか。


『考える余裕が飛んじゃってるか』


 この調子じゃ見るまで納得するまい。


「それじゃあ見てみますか?」


 ガクガクガクと高速で激しく首を縦に振るエヴェさん。


『ヘッドバンギングかよ』


 思わず内心でツッコミを入れるほど激しい代物であった。

 どうしようもないほど似合ってないけどな。

 チョイポチャ体型で笑顔が張り付いたオッサンだからね。

 何も知らない人間が見たら、何の奇行かと思うことだろう。


「それで現場はどこですねん?」


 待ちきれないとばかりに聞いてきた。

 身を乗り出しかけて、またしても俺の人差し指で止まる。


『現場って……

 刑事ドラマじゃないんだから』


 おかしなテンションになっているせいで思考まで変になっているようだ。

 それと結界の場所など聞いてどうするというのか。

 普通に考えれば直行するためなんだが。


『なんでわざわざ?』


 そんな面倒なことをするなどあり得ない。

 こっちに引き寄せれば色々と手間が省けるというのに。


『あー、そういや俺の計画は知らないんだよな』


 そこに温度差があったのだろう。


「そちらは、もうすぐ用済みですから」


 言いながら現地の撤収を開始する。

 いきなり魔神を引き寄せて終了とはいかない。

 今回の結界は転送魔法も封じている。

 故にこのままでは魔神だけを引き寄せるのは無理だ。

 広大な結界ごとやるつもりなら話は別だが。


『魔力の無駄遣い以外の何物でもないよな』


 手間は食うが、魔神周辺の結界を外から順に解除。

 同時に自動人形による包囲を狭めていく。

 これにより余剰の自動人形が出てくるので別任務をふたつばかり与える。


 隠れているドルフィーネたちの近辺での警戒任務がひとつ。

 それと、こちらに接近しつつある敵軍の本隊の監視任務がひとつ。


 どちらの任務の場所も距離は離れていたが転送魔法を使えば解決するしな。

 自動人形たちは結界の外にいるから影響は受けない訳だし。

 何の問題もない。

 そういう訳でドンドン進めていく。


「……用済みて、どういうことなんでっか?」


 質問の答えがなかったことより気になるようだ。


「言葉通りですよ。

 もうじき完了します。

 しばし、お待ちを」


 言ってる間に結界の大きさは最小単位になった。

 封印した魔神を小さく囲う分だけだ。


『保険として、これくらいは残しておくか』


 転送魔法を封じているのは結界の内側だけだ。

 自動人形を基点にして外から空間ごと転送すれば実行可能だ。

 そのために大きな泡で覆ってから転送魔法を実行する。

 そうしないと海水も一緒に引き寄せてしまうからね。


「ほら、この通り」


 言い終わると同時に石化した魔神が登場である。


「うわあっ!」


 大袈裟なポーズで飛び退くエヴェさん。


「ほほほホンマもんやがな!」


「だから言ったじゃないですか」


「こら、あきまへんで」


 言うが早いか魔法を使おうとするのだが。


「困りますね、勝手なことされちゃ」


 エヴェさんと魔神の間に割って入る。


「なんで邪魔しまんのや」


「よく見てくださいよ。

 アレが今すぐ脱出できるような状態ですか」


 俺にそう言われて、エヴェさんの雰囲気が変わった。

 テンパっていたときの張り詰めた空気のようなものがなくなったのだ。


「あ、あれ?」


 その言葉と共に我に返ったような表情を見せるエヴェさん。


『視野狭窄の状態が解除されたか?』


「……えーっと、封印も結界も完璧すぎて文句のつけようがありまへんな」


 落ち着いた口調で話している。

 今までの混乱ぶりは何だったんだと言いたくなるくらいの変貌振りだ。


『この人もポンコツだったか』


 人のことは偉そうに言える柄でも立場でもないが、安堵した。


「こちらで処理しても構いませんね」


「ええ、そらもう万事お任せしますがな。

 これだけのことが出来るんやったら文句のつけようがありまへん」


 お墨付きはもらった。

 ならば後は浄化するのみなんだが。


「総員、集合せよ!」


 まずは訓練中の皆に招集を掛ける。

 そこで不意に思い出したことがひとつ。


『そういや、ヤエナミが静かだな』


 振り返ると彼女は静かに立っていた。


「ああっ、立ったまま失神してるっ」


 声もなく伸びるとは余程ショックだったのだろう。


『もう少し気に掛けておくべきだったか』


 失敗した。


読んでくれてありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

下記リンクをクリック(投票)していただけると嬉しいです。

(投票は1人1日1回まで有効)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ