560 ヤバい理由
エヴェさんの魔神という言葉に場が騒然となる。
「ちょっと無茶苦茶じゃないの!」
真っ先に吠えたのはレイナだった。
「それはアカンて!
なんぼなんでもアカンて!」
追随するアニス。
「冗談に聞こえないんだが……」
困惑しているルーリア。
『いや、亜神の言うことだしマジだと思うよ』
「どどどどうしよう、おおおお姉ちゃん!?」
リオンはガタガタ震えていた。
「おおお落ち着きなさい、リオン」
かろうじて震えることだけはないが、完全に噛んでいるレオーネ。
『お前が落ち着け、レオーネ』
「魔神……魔王の更に上の、魔神……」
マリアがそんなことを言いながら絶望的な表情を見せている。
「あ、やっぱり魔王より上なのね」
クリスは何処かピントのずれたことを言っているが震えていない訳ではない。
「おおお親父殿っ!」
「どどどどうすればっ」
ハマーにボルトも何処かの姉妹と似たような状態だ。
「うっ狼狽えるな、馬鹿者がっ」
そしてガンフォールも噛んでいる。
『お前らも落ち着けっての』
「旦那よ、大丈夫なのか?」
不安げな目を向けてくるツバキ。
「勝ち目はあるのでしょうか?」
同じくカーラ。
程度の差はあれ、ほとんどの面子が似たような恐慌状態である。
『さすがは魔神。
魔王とは違う訳だ』
恐れられ方が桁違いである。
もともと西方では下っ端魔族でさえどうしようもない相手と認識されている。
認識というよりは固定概念として思い込まされていると言った方が正しいか。
人間ではどうあっても太刀打ちできないと。
相手になるのは英雄や勇者と呼ばれるような存在のみ。
その彼等ですら魔王が相手となると多大な犠牲を払って勝てるかどうか。
魔神ともなれば絶望視されても不思議はあるまい。
諦観までは抱いていないようではあるが。
自分たちが多少は強くなったという自覚があるお陰か。
それにしたって勝ち目がないと思い込んでいる節がある。
『なんだかなぁ』
エヴェさんが戦闘力だけなら問題ないと言ってくれているのに。
『少しは自分の国の王を信じろよ』
ちょっと情けなくなってしまった。
ただ、それよりも気になることがある。
どうせ皆を強制的に静まらせても動揺を残したままになるだろうし。
収拾がつかなくなるようなら止めることにしてエヴェさんから話を聞くことを優先する。
「戦闘力だけですか。
何か特殊能力でもあるわけですね」
「よー分かりましたなぁ。
そうなんですわ。
とにかく隠れる逃げるが上手い奴みたいでしてな。
わてが追いかけても捕まえるのは厳しいでっしゃろなぁ」
『うわ、シャレになってねえ』
狩猟神と崇められる亜神をしてそこまで言わせるのだ。
そしてラソル様すら誤魔化せる相手でもある。
下手に戦闘力がある奴より質が悪い。
『いや、質が悪いどころの話ではないな』
特殊能力を封印しない限りは勝つまで逃げ続けるだろう。
不意打ちでどうにかしようにも居場所が分からない。
たとえ分かったのだとしても、一撃必殺は難しいだろう。
仮にも相手は魔神である。
滅しきれないことは充分に考えられる。
そしてトドメの一撃を入れる前に逃げられるという訳だ。
「とにかく面倒くさい奴みたいですわ。
封印かて、たまたまやったみたいですし」
「どういうことです?」
「わてがこの世界に呼ばれてくる前の話なんですけど」
詳細は知らないと言いたいらしい。
だが、それでも情報は得ておかないと大変なことになりそうだ。
俺は頷いて話の先を促した。
「討伐の話は何度かあったそうなんですわ。
それがことごとく失敗してたのは分かりまっしゃろ」
頷きで返事をする。
「堅いとか強いとかやのうて、とにかくピンチになったら逃げますねん」
『ああ、やっぱり』
予想通りであった。
というより、俺がその魔神の立場ならそうする。
「実力的には魔王と大差ないんで勇者とかに武器持たせたら勝てそうなんですけど」
「そりゃ悪手でしょうね」
「分かりまっか?」
「一撃必殺ならともかく逃げられたら負けでしょ」
「そうですねん。
やたらとタフな奴みたいでしてな。
とにかく仕留めきられへんで逃げられてしまうんですわ。
隠れるんも上手いから、なかなか見つかりませんしな」
「……………」
思った通り過ぎて言葉がない。
「ある時やっぱり逃げられかけましてな。
せやけど勇者の1人が封印術を使ったんですわ」
『勇者の封印術か』
言っちゃ悪いがあまり強くなさそうだ。
「魔神の呪いを受けて死にかけてたんですけど」
『マジか……』
前言は撤回しよう。
おそらく命をかけた術だったはずだ。
その決死の覚悟を馬鹿にするのは許されまい。
まあ、馬鹿にしたつもりは元よりないのだが。
とにかく敬意を払うべき人物である。
「呪いは魂を破壊する代物でしてな。
破壊される瞬間に膨大なエネルギーを放出するんですわ」
『なるほど』
「それを逆手にとって命懸けの封印術、ですか」
勇者が持つ魔力を遥かに凌駕するエネルギーを使って封印術に利用した。
自爆覚悟の逆襲だ。
俺にはとても真似はできない。
魂を消滅させてしまったのでは転生も無理だからな。
人によっては無意味だとか思う者もいるだろう。
存在の消滅は単なる死よりずっと重いのだし。
俺もその選択はしてほしくなかった。
自己犠牲が過ぎるというものだ。
ただ、感服に値するとは思う。
「そういうことですわ」
エヴェさんが絞り出すような声で肯定した。
俺と似たようなことを考えていたのかもしれない。
「さすがの魔神もダメージ入った状態では勇者の術をはね除けられんかったようです」
しかも自分がかけた呪いの反動でパワーアップした術だ。
魔神も脱出不能に陥ったということだな。
「で、現在に至るですか?」
「いやいや、封印しただけで終わる訳ないやないですか」
言われてみればそうである。
「封印が強力すぎてダメージが与えられなくなったりしたのでは?」
魔神を閉じ込めて身動きできなくする反面、外からのダメージも入らなくなる。
ありそうだと思ったのだが。
「そら殴ってもダメージは入らんようにはなりまっけどな。
封印を維持したままでも魔神をしばく方法はありまっせ」
物理でダメなら魔法である。
それも直接攻撃するような魔法ではダメだろう。
火あぶりにしようが氷漬けにしようが同じこと。
物理攻撃の時と同じでダメージなど入るはずがない。
効果的な魔法というと──
「浄化……ですか?」
それくらいしか思いつかない。
ただ、魔神相手となれば微々たるダメージしか与えられないと思うのだが。
「さすがでんな。
正解ですわ」
「ずいぶん気の遠くなるような方法だと思うんですがね」
「そこは人海戦術でええんとちゃいますか」
『そうか、そうだったな』
封印してしまえば身動きなど取れるはずがない。
それはつまり、対象からの攻撃がないということでもある。
「勇者以外でも浄化を使える人間を集めて勝負できるということですか」
「ちゅうことですな。
ちなみに、それでも時間がかかるときは封印の強化を同時に行えば問題なしですわ」
「それはまた的確すぎるコンボですね」
これが格闘ゲームとかならブーイング必至のハメ攻撃になる。
脱出不能でチマチマと死ぬまで削られ続ける訳だ。
「でっしゃろ」
その手が使えるならば、いずれ魔神が消滅したはずだ。
とするならば──
「封印の完了寸前に逃げられて発見できなくなったとかじゃないですよね?
魔神の方も封印されたことで完全に身動きが取れなくなってしまったとか」
エヴェさんが笑った。
「ほんま、見てきたんとちゃいますか?」
どうやら俺の適当な推理は当たったようだ。
だが、そこから先が分からない。
「そんなのが、どうやって復活したんです?
誰にも発見できないような場所に隠れてたんでしょ?」
「ハルトはん、いくら凄い封印ちゅうても限度がありますがな」
「魔神が自ら脱出した……」
「そういうことですねん。
せやけど、封印されてたせいで弱体化しとるんですわ」
そう言われてピンときた。
「それでドルフィーネの長を狙う訳ですか」
回復とパワーアップを同時に成功させるつもりなのだろう。
もっとも、不老不死にはなれないのだが。
せいぜいが体力の回復である。
「そういうことですわ。
ちゅう訳で魔物を従えてドルフィーネを襲わせたんですな」
「で、自らはこそこそと隠れていると」
「それなんですわ。
厄介でっしゃろ」
確かに厄介だ。
ラソル様の目を欺ける隠蔽術を弱体化した状態でも使えるのだから。
だが、ベリルママは気付いた。
『とすると絶対に発見できない訳じゃないのか』
もし、それが俺にも可能な方法なら……
ヒントはあるはずだ。
魔神は逃げるのと隠れるのが上手いという。
『ん?』
「どうにかなるかも」
「ホンマでっか!?」
あるのかないのか分からないような目を見開いてエヴェさんが驚いていた。
読んでくれてありがとう。




