559 ヤバい相手がいるなんて話になる
「それで犯行の動機は分かりましたか?」
俺がそう聞くとエヴェさんはゲラゲラ笑い出した。
ひとしきり笑って──
「いやいや、堪忍してや。
おもろ過ぎて腹がよじれそうやがな」
ようやく止まる。
俺としては冗談を言ったつもりはないのだが。
「まさに脱走犯ですからなぁ」
『それがツボか……』
何がツボになるか分からないものである。
「犯行の動機や言われてもしゃーないわ。
ラソルトーイ氏は前科何犯になるんや。
それこそ数えきれまへんがな」
『俺がこの世界に来る前からやらかしてたんだな』
しかも数え切れないくらいやっているようだし。
呆れるよりも納得させられてしまったけれど。
それを平然と笑えるエヴェさんも凄い。
『自分のことを平亜神とか言ってるけど大物だよな』
俺が同じ立場なら絶対に笑えないと思う。
エヴェさんは俺がそんなことを考えているなど夢にも思っていないだろうけど。
ようやく笑いの余韻も抜けてきたあたりでエヴェさんが咳払いをひとつ。
真面目な雰囲気に戻したつもりなのだろう。
ニコニコした顔のままなので、そのあたりは分かりづらいのだが。
「ラソルトーイ氏が逃げ出した動機でしたな」
「ええ、はい」
「そっちのお嬢ちゃんの絡みでっせ」
ヤエナミの方を見るエヴェさん。
『……そういうことか』
強制的に納得させられた。
納得はさせられたが知りたくはなかった心境に陥る。
「えっ!? え? ええっ!?」
急に見知らぬ相手から目を向けられたヤエナミがアタフタしていた。
こちらはそれを気にしている余裕がなかったけど。
『フォローはエリスに任せておけば大丈夫だろ』
地球を管理している義母譲りの丸投げだが仕方あるまい。
俺だって人間である。
頭の痛い問題を突き付けられれば余裕もなくすというものだ。
で、肝心の頭痛の種であるお騒がせ亜神なんだが。
早々に逮捕されたとはいえ未発見の仕込みが全くないとは言い切れない。
俺のメールにまで逃亡用の仕込みをしてきたくらいだ。
油断はできない。
『面倒くさい人だよ。
少しは振り回される俺たちの迷惑を考えろっての』
最初から脱走前提で動いていた。
それこそ動き始めたときは今回の騒動とは関係がなかったのだ。
今回の一件を知って、面白そうだからと脱走を決意したのだろう。
故にそれが動機と言えなくもない。
だが、そんなのは毎度のことである。
突き詰めて考えれば面白そうだと思わせるだけの何かがあった訳で……
「可哀相やからドルフィーネたちを助けようっちゅうことですな」
「ああ、やっぱり」
前の時もそんな感じだった。
面白そうで、かつ可哀相が加わって動いている。
慈悲深いと言えばそうなんだろうけど。
「また引っかき回すつもりだったんですね」
根っこはそちら側にある。
「アハハ、でっしゃろなー」
笑い事ではない。
『頭、痛くなってきた』
「バーグラーの時と同じようなことをするつもりだったと」
「ちゅうことでっしゃろな。
あん時は久々に派手にやらかしたんで、みんな驚かされましたわ」
あれで地味だったと言われたら俺は卒倒していたかもしれない。
「具体的には、何をするつもりだったか分かりますか?」
この確認は非常に大切である。
内容次第では俺が動く必要があるかもしれないからだ。
仕込みの有無に影響されるだろう。
それらを調べて、存在が確認できるなら回収なり潰すなりしなければならない。
「すんませんなー。
細かな部分は分からんのですわ。
せやけど、まずは隠れてるドルフィーネたちを保護するつもりやったみたいでっせ」
「……それって俺の名前でここに連れて来るつもりだったとかですよね」
「そうでっしゃろな。
そのあたりはベリルベル様に確認を──」
突如としてエヴェさんが固まった。
喋っている途中であるにもかかわらず。
『なんだ?』
そう思ったのは一瞬である。
心当たりに思い至ったのは、すぐのことだった。
口を挟まず待つことにする。
といっても、延々と待ち続けた訳ではない。
おそらく数分と待っていないだろう。
「いやいや、途中ですんませんでしたな」
エヴェさんがペコリと頭を下げた。
「いえ、お気になさらず。
ベリルママからの念話ですよね」
「あ、やっぱり分かりまっか?」
「会話の何倍もの速さでやり取りがあったように見受けられたので」
「そうですねん。
あそこまで速いと、わてでは付いて行くのが大変ですがな。
まだまだ修行が足りませんわー」
そう言ってエヴェさんが頭をかきながら苦笑する。
『ホントにどんなときも笑ってるな』
怒っている顔などは、どうやっても見られないんじゃなかろうか。
「ああ、そうそう。
ハルトはんに伝言でっせ」
どんなやり取りがあったかも気にはなったが、まずは伝言を聞くことにする。
「お母さんは、これからお馬鹿さんのお仕置きをします」
『マジか……』
あの温厚なベリルママが怒っている。
でなきゃ直々に動いた上でお仕置きなんて言い出すはずがない。
まあ、直に動いた時点で薄々はそうじゃないかとは思っていたのだが。
そして伝言はまだ終わっていない。
「怒っている姿を見せたくないので連絡は後でこちらからします」
『うわぁ……
見せたくないって相当ヤバくないか?
俺もそんなベリルママは見たくないけどさ』
「緊急時はエヴェくんに言ってください。
以上、原文ままでっせ」
「シャレになんねー」
思わず呟きが漏れていた。
「そうでんな、洒落になりまへんわ。
あんなベリルベル様は初めて見ました。
まあ、理由聞いたら納得しましたけど」
「どういうことです?」
「今回の一件と絡んでるんですわ。
ヤバいのがバックに控えとったんです。
ラソルトーイ氏は気付いてへんかったみたいで」
「おいおい……」
『シャレになってねえわ』
「ラソル様が気付かなかったとか冗談きつすぎる」
それはつまり俺も気付いていないってことだ。
ラソル様に見落としがあるなんて考えられないからな。
普段の態度は褒められたものではないけれど。
それでも能力は折り紙付きである。
ということはエヴェさんの言う「ヤバい」は本当にヤバい。
『下手にヤエナミの仲間を迎えに行かなくて正解だったな』
こちらが気付かない相手に見られていたかもしれないのだ。
不意打ちを食らって被害が出ていた恐れもある。
「ハルトはんも冗談と思てしまいますやろ?
ところが、これがマジもええとこでしてなぁ。
わても最初は何かの間違いかと思てしもたくらいなんですわ。
ラソルトーイ氏はふざけたことしてても仕事っぷりは完璧でっさかい」
でなきゃベリルママの筆頭眷属は務まらないだろう。
「嘘とは言いませんよ。
これってベリルママから得た情報なんですよね」
それを疑うなどあり得ない。
「そうですねん。
せやからビックリ仰天ですがな。
これが他所から入ってきた話やったら、わても信じられへんかったと思いますわ」
「ところで俺たちは偵察部隊を潰してますが、向こうに気付かれてそうですか」
「それは心配いりませんわ。
シャークマンやその配下は連絡を密に取るような手合いやありまへんからな」
思わず規律も何もないようなダレた軍隊を想像してしまった。
5万の軍勢が一気にショボく思えてくる。
そうでなくても偵察部隊を相手にした時点で評価が下降気味なのだが。
「ただ、黒幕が動き始めたら、その限りや無くなるっちゅう話でしたわ」
ボスだけしっかり者な感じだろうか。
軍勢がショボくても過小評価するのは良くなさそうだ。
「黒幕ですか?」
エヴェさんの言うバックに控えていたヤバいのが、そいつなんだろう。
そいつだけは俺が相手をするしかないかもしれない。
ゲーム感覚で縛りプレイに固執していたら痛い目を見そうである。
「こいつが今回の騒動を引き起こしたんですわ。
ドルフィーネの長に固執してましてな」
「そりゃまた、どうして?」
そこが皆目見当がつかないのだ。
「聞いたことありまへんか?
長生きした人魚の心臓を食べたら不老長寿になるっちゅう話を」
「うわぁ……」
それはアカンと思わず言ってしまいそうになった。
『俺まで関西弁口調になってしまうじゃないか』
【諸法の理】で検索を掛けてみたが、そのような事実はない。
パワーアップするとかもない。
「それデマの類いじゃないですか」
「そうですねん。
ドルフィーネたちからしたら、えらい迷惑な話ですわ」
『まったくだ』
不確実な噂を信じるような輩が黒幕ということになる。
だが──
「そいつ、かなりヤバいんですよね」
曲がり形にもラソル様にその存在を感知させなかった相手だ。
「あー、かなりいうことはないですわ」
「は?」
ちょっと意味がよく分からない。
自分でヤバいと言っておいて撤回するつもりなのだろうか。
「戦闘力だけで言えばハルトはんやったら、問題あらへんでっしゃろ」
それを聞いて、ぬか喜びするほど子供ではない。
日本人だった頃よりは若返りはしたけれど。
「復活したばっかりでっさかい」
『ああ、嫌な予感がする』
「復活ですか?」
「ええ、大昔に封印された魔神ですねん」
「なんですとぉ─────っ!?」
俺の絶叫が周囲に響き渡るのであった。
読んでくれてありがとう。




