553 躱し方にも色々あるようで
ジャイアントシャークが突っ込んできた。
シャークマンが魔法でストッパーをかけていただけあって初期加速はそれなりだ。
ただ、そこからの動きは直線的なものではなかった。
ある意味、予想外である。
『うわっ、なにアレ!?』
マイカが半笑いで驚いている。
「何って、ロールしてるんだろ」
『ロールダンスの出来損ないみたいになっているね』
トモさんがそんなことを言っているが、どうなんだろう。
奴らのロール運動は大きく渦を描くようになっている。
体を軸にできていないせいだ。
言われてみれば、後続が追随していることもあってロールダンスっぽく見える。
が、別に踊っている訳ではないだろう。
シャークマンたちが試行錯誤して身につけた技術だと思われる。
あれをジャイアントシャークに仕込むだけでも大変だったはずだ。
本能で生きている連中がそんな泳ぎ方をすることはまずないからな。
故にこれが俺たち以外の相手だったなら回避もままならなかったかもしれない。
いわゆる初見殺しというやつである。
我々からすると少し避けづらくなった程度ではあるが。
念のために注意喚起しておこう。
「気を付けろよ。
直進してくるより避けにくいぞ」
『平気、平気、任せて猪突猛進っ!』
下手な駄洒落を言うなりマイカのスゴークが前に出た。
頭から突進していく。
「あっ、馬鹿っ!
序盤は回避っつっただろうが」
『オーケー、オーケー!
お触り厳禁で行きまーす』
「……………」
何処でそんな言葉を覚えたんだろうか。
『ゴメンね、ゴメンね、マイカちゃんが下品でゴメンね』
ミズキが慌てている。
言わなきゃ下品な発言だったかどうかは伝わらなかったと思うんだが。
やぶ蛇である。
ミズキがそんなことを言っている間に敵との距離を詰めたマイカ。
「ほう」
任せろと言っただけのことはある。
敵のロール運動に同期して動きつつ正面から突っ込んでいた。
アレなら容易く躱すことができる。
理論上はね。
実際にやるとなると簡単ではない。
同期タイミングを間違えれば、まともに攻撃をもらってしまうからだ。
しかも互いに突進している訳だから相対速度は相応なものになる訳で。
正面衝突となればカウンターで攻撃をもらってしまう。
海竜程度なら串刺し間違いなしだ。
メタルサーバントなら相手だけ被害を被ることになるだろうが。
ただ、実際には完全に回避するしか選択肢がない。
擦るだけで罰ゲームが待っているのでね。
『とぅりゃあぁっ!』
気合いたっぷりでジャイアントシャークとすれ違っていくマイカ。
その操作は完璧だった。
タイミングも動きも無駄がない。
攻撃を許可していたなら易々と完遂していただろう。
どう見ても余裕である。
それだけに教材としても満点だったと言える。
観戦している皆から歓声が上がった。
「マイカさん、カッケー」
「迫力だねー」
「上手い手を考えたなぁ」
そしてトモさんも──
『おほーっ、やぁるねー』
楽しそうに感心していた。
そんなトモさんにミズキが呼びかける。
『ちょっと、トモくん』
些かお怒り気味である。
そんなミズキに気付いているのかいないのか。
『何じゃらホイホイ、ミズキ姉』
トモさんは何処までもマイペースである。
そのせいかミズキが脱力してしまった。
怒りゲージが反転して呆れモードに入ったと言えばいいだろうか。
『感心している場合じゃないよぉ。
敵がこっちに来てるじゃない』
呆れつつも注意喚起するのは忘れない。
面倒見のいい我が妻である。
『了解、領海、日本海』
トモさんは余裕で返事をしている。
そこまで楽勝でもないと思うのだが。
マイカのようにロール運動に同期している訳ではないのだ。
しかも直線的な動きでないだけに敵の狙いが読みづらい。
おそらくは右に左にと動かれるよりも。
さらにあの動きであれば突進力をそれほど殺さないで済む。
ぶれたロール運動にも、ちゃんと利点はあるのだ。
向こうは最初からそれを狙っていたのだろう。
マイカとのすれ違いに気を取られることなくミズキたちの方へと向かってきた。
接近して、ようやく敵の目標が判明する。
『こっちね』
ミズキが反応した。
グランダムの頭部バルカンを発射。
弾丸が「ヴオ───ッ」と撃ち出されていく。
ただ、音は向こうの発射音を拾ったものではない。
こちらにデータ送信される時に加工された効果音が添付されているのだ。
事前に登録しておいたものをチョイスしているだけとも言う。
もちろんナビゲートユニットが、その仕事をしている。
人によっては無駄だと思うだろう。
だが、臨場感は大事である。
現にギャラリーたちは「おおっ」と声を上げていた。
「あー、言っとくけど発射音はそれっぽいのに変えてるだけだから」
勘違いされても困るので念のために言っておく。
すると「ああ……」とテンションが下がる者がチラホラと見受けられた。
「あのぅ」
そんな中でマリアが申し訳なさそうに言ってきた。
「序盤の攻撃は禁止だったのでは」
「ああ、そうだな。
だけど威嚇なら許可しただろ」
「あっ」
俺に言われて思い出したようだ。
「ほら、全弾ハズレだ」
敵の少し手前でゴバッと泡が拡がるように弾けた。
無数の泡がジャイアントシャークの進路上で膜となって視界を遮る。
撃ち出された弾丸の正体は圧縮空気の泡だった。
もちろん魔法で生成したものだ。
命中しても大きなダメージにはならないことを考慮したミズキの選択である。
魔法ならではの威嚇射撃になったと言えるだろう。
その気になれば別の弾に切り替えるのもすぐにできる。
威力の調整も自在。
単発撃ちもできるから狙撃も不可能ではない。
グランダムの頭部バルカン砲でそれをするのはイメージにはそぐわないとは思うが。
とにかく泡が目眩ましになった。
それで敵が怯んだ訳ではないが意味はある。
グランダムが泡の目眩ましを利用して勢いよく浮上していった。
「ああ……」
シューンと肩を落とすマリア。
回避のための威嚇をかねた目眩ましとは思わなかったのだろう。
攻撃と誤解したことを恥じているようだ。
頬が少し赤く見える。
そこまで恥じなきゃならんのだろうか。
まあ、人それぞれだ。
それに恥じらう姿が可愛らしく見えるので、内心では少し歓迎していたりもする。
いつまでも落ち込ませている訳にもいかないけれど。
クリスがすぐにフォローに入ったので慰めるのは任せることにした。
『おわっ、こっちにも来たっ!』
ミズキの方へ敵が向かったことでトモさんは油断していたのだろう。
慌てた声が聞こえてきた。
壁面モニターへと視線を戻す。
ちょうど3体目が赤いスゴークを目掛けて目前に迫っているところであった。
どうやら最後尾にいたことで方向転換をする余裕はあったようだ。
かなり無理のある方向転換をしたのかロール運動はしていなかったが。
それでもトモさんの油断と相まって、このままでは攻撃を入れられかねない状況である。
「さあ、どうする? トモさん。
余裕ぶっていたツケが回ってきたよ」
俺がそう言っても返事をする余裕すらない。
『うおおおぉぉぉぉっ!』
気合いの入った素早い操作だ。
見ている皆から感嘆の呻き声が漏れ聞こえてくる。
赤スゴークの廃熱スリットからゴバッと勢いよく泡が吐き出された。
その勢いを利用して大きく仰け反る赤スゴーク。
膝から上が後ろに倒れ込んでいく。
これがスローモーションで流れる映像であったなら、あの映画を思い浮かべただろう。
もっとも、あちらは飛んでくる銃弾を人間が躱すシーンだったが。
『おわあっ!』
機体スレスレをジャイアントシャークが通り抜けていく。
なかなか際どいところだった。
だが、まあギリギリセーフだ。
トモさんも運がいい。
ジャイアントシャークの尻ビレの動きひとつで腕に擦っていたかもしれないのだ。
それくらい際どかった。
「反応ギリギリ」
「回避速えっ」
「慣れてないと、あの操作は難しいんじゃないかな」
「面白い回避の仕方だった」
「咄嗟にアレができるのは慣れだよ」
「それでスレスレだもんね」
見学している皆も沸き立っている。
本人はそんな意図もなかったのだろうが盛り上げる結果となっていた。
サービス精神旺盛だから、こういう偶然でも喜んだりしそうだ。
当の本人はというと──
『あっぶねー』
汗もかいてないのに額を拭うジェスチャーをしていた。
ニコニコしながら、そんなことを言われても説得力がないんですがね。
本当にそう思っているのかと問い詰めたいくらいだ。
こちらの盛り上がりっぷりがトモさんの耳に届いていたのは間違いなさそうである。
偶然とはいえギリギリの回避で盛り上がったなら利用しようというつもりか。
アドリブ能力が高いと感じる瞬間だ。
こういうのはイベントとかで鍛えられたんだろう。
本人に言わせれば、こんなのは序の口なんだとは思うけど。
現にまだまだ余裕があるように感じる。
避けた後も周囲への目配りを怠らずに機体の姿勢と向きを変えていたし。
でも、あの瞬間は完全に油断していた。
敵が一列で通り過ぎると思い込んでいたのは間違いないはずだ。
だから3体目が間隔を空けて前の2体を追っていることに気付いていなかった。
それが無理やりにでも敵が方向転換をして向かって来ることができた理由なんだろう。
トモさんはそのことに気付かぬままミズキの回避で気を緩めてしまった。
結果、危うく攻撃を食らう寸前までになってしまったという訳だ。
反省を促すという意味では擦っていた方が良かったのかもしれない。
罰ゲームになるからね。
ちなみに特製青汁ジョッキで一気飲みだ。
作った俺が言うのも何だけど、結構ヤバイ。
もう1杯とは絶対に言えない代物である。
読んでくれてありがとう。




