554 敵で実験する女
「危うく青汁コースだったね」
『うおーっ、それは勘弁してくれえー』
俺の言葉にトモさんが身悶え始めた。
『アレの一気飲みは勘弁してほしいのだよ』
その表情は必死のひとことに尽きる。
試飲したことがあるだけにね。
『ありゃ間違いなく毒か生物兵器の類いだ』
「えー、毒も有害物質もないよ。
体にいい成分しか入ってないんだからさ」
『味が致命的なんだよぉっ』
飲むわけでもないのに切実に訴えかけてくる。
そんなに嫌なのか。
まあ、健康第一で味については一切考慮していないからね。
青臭さが凝縮していたり。
苦みとえぐみが渾然一体となったり。
これで異臭を放っていないのが不思議なくらいの強烈な濃さがある。
『アレは殺人兵器だっ』
健康に良いものなのに、兵器とはこれいかに。
「飲めばデトックス効果も見込めるんだよ」
『死んでも飲みたくないっ』
「おかしなことを言うね。
死んだら飲めないよ」
『ハルさんなら供え物にしそうだ』
「うん、それが罰ゲームの一環ならね」
『鬼やぁーっ、鬼がここにいるぅっ』
酷い言われようだ。
が、それだけトラウマになっているとも言える。
あるいはネタ振りだろうか。
芸人が熱湯風呂や落とし穴の前で「押すなよ、絶対に押すなよ!」と言うアレである。
「そんなに自主的に罰ゲームがしたいのかい?」
そう言うとトモさんはブルブルと頭を振りまくって拒否の意を表した。
『めめめ滅相もない』
どうやら本気でダメらしい。
『あんな生き地獄は二度と味わいたくないよっ』
「へえ、危うくそっちコースが確定するところだったじゃないか」
『それは言わない約束だよ』
約束した覚えはないが、そういうことのようだ。
「だったら油断しない」
『ハッハッハ、そりゃそうだ』
本気で拒絶していたかと思ったら軽い調子にすぐ戻る。
どう見ても反省しているようには見えない。
後で疲労回復ポーションの濃縮版を飲ませてやろう。
これなら罰ゲームの約束は破らずに罰になるだろう。
考えただけで口の中がキュッと縮み上がりそうになるけどね。
酸っぱいなんてもんじゃないからさ。
少しは懲りるだろう。
さて、これだけ漫才じみた会話をしていながら敵はどうしたのか。
とっくの昔に転進して再度の攻撃を仕掛けてきているはずなのだ。
ところが、それがない。
実は向こうは向こうで余裕がなかった。
混乱していると言ってもいいだろう。
ミズキたちを通過後に合流するにはしたのだが。
距離を取った場所で1体目と2体目がグルグルと回っていた。
3体目はその近くで警戒している。
『どうなってんの、アレ?』
ミズキたちの元に戻ってきたマイカがスゴークのクローで指しながら聞いていた。
『ちょっと実験してみたのよ』
『は? 実験って何?』
『さて、何でしょう』
ミズキが笑っている。
すぐに答えを言うつもりはないようだ。
とはいえ、シャークマンを注意深く観察していれば気が付くはずである。
「あ、もしかして……」
そう言って、しきりに頷いているのはABコンビの片割れであるアンネであった。
「何か分かった?」
相方であるベリーが問いかけると──
「多分ね」
そう言ってモニターに映し出されているシャークマンたちを指差した。
「ん? アイツらの周りに何かあるわね」
ベリーがそう言ったことで周囲がざわつき始める。
離れた位置で激しく動き回っているために見極めづらいのだ。
「何やろ、あの白っぽいのん?」
アニスが眉間に皺を寄せて首を突き出している。
等倍映像では分かりづらいようだ。
海中だし、あえて画像補正はしていないからな。
「まだら状に……」
リーシャは見極めようと目を細めている。
呟くように唸っているが、独り言の類いだろう。
「シャークマンにだけまとわりついてるみたいだな」
ルーリアも唸っている。
「あ、ホントだ」
レイナなどは今頃になって気が付いたようだ。
というよりは細かなことは気にしていなかったのだろう。
人それぞれである。
「ねえ、お姉ちゃん。
アレって……」
リオンは気付いたようだ。
レオーネに囁きかけている。
返事は頷きで返された。
「でも、あんなに留まり続けるなんておかしいよ?」
「よく思い出して、リオン」
「え?」
「アレがどうやってあの状態になったのか考えなさい」
どうやらレオーネは正解が分かっているようだ。
ただし、安易に答えを教えるつもりはないらしい。
リオンは腕組みをして考え始めた。
完全に正解するまでは、いま一歩というところか。
もう少し待ってもいいのだが。
しびれを切らす者もいる訳で……
『ねえ、ミズキ』
『なあに?』
『いつまで待つつもりよ』
マイカはグルグル回り続けるジャイアントシャークを眺めるのに飽きてきたようだ。
『もうちょっとね』
『えーっ、退屈ぅ』
不満タラタラだが我慢はできるようだ。
キレてもないのに暴走したりはしないだろう。
「あっ、そういうことなんだ」
不意にそんなことを言い出したのはベリーである。
「分かった?」
アンネは自分の導き出した答えに確信を持っているようだ。
「あれはミズキさんがバルカンで撃ち出した泡ね」
『正解よ』
「どういうこっちゃの?
泡なんて、いつまでも残ってへんで」
アニスが目を丸くして聞いている。
よほど意外だったか。
「アニス、そこは魔法だ」
「あ、せやったな」
リーシャに指摘されて即座に納得していたけれど。
「シャークマンの周囲で維持させてるんか。
ようやるなぁ、ミズキはん。
目的がよう分からんけど、あれ結構面倒やで」
ウンザリの表情でアニスが呟くとレイナが無言で頷いていた。
面倒くさいのは嫌だと言わんばかりだ。
それで済まないのがリオンである。
驚愕しつつ姉の方を見た。
「そんなこと本当にできるの?」
レオーネが苦笑しながら頷く。
「魔法はイメージが大事だから」
「それにしたって制御が大変だよ。
だって相手の動きに合わせてまとわりつかせてるし。
すぐに割れるのにずっと数を保ってるみたいだし」
所詮は泡だ。
派手に暴れれば壊れもする。
だが、それも録画映像の逆再生をするように元に戻していた。
シャークマン2体分で同時制御するとなるとリオンのレベルでは信じ難いようだ。
「ミズキさんは私の3倍近いレベルがあるから苦労してないんじゃないかな」
リオンが絶句してしまった。
それを見ていたラミーナ組が同情の視線を送っている。
「うちらも要修行やな」
「ホントね」
アニスとレイナが頷きあった。
他の面々も頷いている。
向上心があるのはいいことだ。
だが、まだ種明かしは終わっていない。
何故そんなことをしたのか。
実験とミズキは言っていたが。
『そんなの、まとわりつかせて何をしようって言うのよ』
怪訝な表情でマイカが聞いている。
少しは考えんと脳が退化するぞ。
『んー、そのあたりはベリーちゃんに説明をお願いしようかな』
「ええっ!?」
御指名を受けて狼狽えている。
相方のアンネに「ほら」と促されて一歩前に出た。
そのことにあまり意味はない。
皆の注目を集める効果はあったけれど。
「えっと、シャークマンの会話手段が超音波と聞いたのですが」
おずおずといった感じで話し始める。
「言ったな」
「それが関係していると思ったんです」
ここでコクピット内のマイカの表情に変化があった。
どうやら気付いたようだ。
ただし口は出さない。
「超音波とは普通の人間では聞き取れない領域の音です」
ここで何人かが気がつき始めた。
ガンフォールやフェルトなんかもその面子に含まれている。
他にも何人か。
ちなみに上位種の人間だと超音波を聞き取ることが可能だ。
雑音や環境音として認識するために意識しない限りはスルーしてしまうんだけど。
「音は波となって伝わりますし反射もされます。
シャークマンたちはそれを利用して索敵にも使っていたのでしょう。
ただし泡には邪魔されてしまうようですね。
彼等の慌て振りを見ても間違いないと思われます」
『はい、良くできましたー』
ミズキがパチパチと拍手している。
クイズっぽい展開だったけど、正解しても貰えるのはこの拍手だけだ。
まあ、照れくさそうにしながらも嬉しさを滲ませているベリーは満足してるみたい。
はにかむ姿がなかなか可愛い。
うん、じゃあ攻撃を解禁しちゃおうか。
もう少し粘ろうかと思ったんだけど。
思いの外いい教材が得られたということもあるし。
いいんじゃないかな。
読んでくれてありがとう。




