513 @純田朋克:メイドは好きだけどね
36話を改訂版に差し替えています。
上徳さんちの娘さんが言うことはぶっ飛んでいる。
メイドという単語に反応してしまった俺です、純田朋克です。
が、それ以上にぶっ飛んだことを言ってくれているのですよ。
しかも、さり気なく。
『何でもするってヤバすぎないか、諸君!?』
諸君って誰だよ、混乱しすぎだよ。
秘書だよメイドだよ?
マネージャーは萎え要素だけど。
とにかく、ただでさえ妄想が捗りそうな職業をやりますとか言われてしまうとね。
『色々とシチュエーションが頭の中を駆け巡っちゃうじゃないかあっ!』
無駄に力説したくなる今日この頃。
『特にメイドさんが良くないかい?』
秘書の大人っぽさも捨てがたいが、何と言ってもメイドさんである。
異論は認める。
でも、俺はメイドさんだ。
『だって住み込みなんだよ。
あれやこれやと世話を焼いてくれるんだよ』
風呂に入っているときに背中を流してもらったりとか具体的なことを思い描いてしまう。
他にもあんなことやこんなこと……
頭の中がピンク色に染まりそうなんですが?
そこまで考えてブレーキがかかる。
『いやいやいや、ダメっしょ』
娘さんの必死な表情が妄想超特急に壁となって立ちふさがった。
あんなに謝罪の気持ちを伝えようと懸命になっているのだ。
そんな相手にエロ妄想とかやっちゃいかんのである。
『でも、ハーフで金髪美人でスタイルも良いんだよなぁー』
不謹慎にも思考が引きずられてしまうくらいには。
『いかんいかん!
色欲退散、煩悩退散、色即是空空即是色……』
ここはひとつ、般若心経でも唱えるべきか。
そこまで考えて我に返った。
『お経とか唱えている場合じゃないよな』
いきなりそんなこと始めたら周囲の人たちにどんな目で見られることやら。
蔑むような冷たい目で見られたら俺のライフがドレインされていくじゃないか。
ふと、川代さんの「絶交です」のお言葉が俺の中でリフレインした。
『やめてくれー。
あんなの耐えられないって』
思い出しただけで身震いしそうになった。
子供師匠の御主人様事件は俺の中でプチトラウマ化しているのでな。
このタイミングで震え上がって変に思われるのも嫌なので、とにかく耐えた。
お陰で妄想地獄からは抜け出せたけど。
『メイドと言っても家政婦のつもりなんだよ、きっと』
通いで数時間ばかり掃除とか料理とかして帰って行く。
そんな姿を思い浮かべた。
もちろんメイド服なんて着ていない。
『そう考えるとメイド服って恐ろしいアイテムだよな』
しかも碧い瞳の金髪美人が着ると破壊力がありすぎる。
俺が妄想地獄に陥りかけたのも、そのせいだ。
これで住み込みで働くとか言われた日には色々とフルバーストしていたかもしれん。
だが、言われていない。
『危なかった……』
自分で勝手に想像しておいて自爆するとか黒歴史過ぎるだろ。
『そもそも住み込みとは言ってないんだから落ち着け、俺』
メイド服で住み込みという妄想の基点を俺は全力で否定した。
名残惜しくはあるが否定した。
『さあ、これで普通に話ができるぞ』
そう思ったのも束の間──
「ぜひ身の回りのお世話もさせてください。
お許しいただけるなら住み込みながら働かせていただきます」
上徳さんちの娘さんが爆弾発言をした。
『住み込むのかよぉっ!』
内心で思いっ切りツッコミを入れていた。
タイミングが違ったらヤバかったんですけど?
心臓が激しく脈打つのを止められない。
心の中で深呼吸をして間を置く。
「それはダメです」
内心でのツッコミより大幅にトーンを落として否定した。
「何故ですかっ」
『食い下がるなー』
しかも激しい。
ここまで感情的になる人だとは思っていなかった。
説得するのに骨が折れそうだ。
「あなたは自分が年頃の娘さんだという自覚がありますか?」
どうにも世間知らずの箱入り娘的な印象が拭えないのだ。
「俺は独身のオッサンで独り暮らしをしています。
そんな所に貴方が住み込みで働きに来るということの意味を考えましょう」
力強い目で見返された。
どうやら考えてはくれないようだ。
「若い女性が独身男の住んでいる所に押しかけて何日も過ごすのですよ?」
目力に変化はない。
「世間では同棲と言うのですが?」
こういった瞬間に反応があった。
「いえ、住み込みです」
否定する方向で。
「私はあくまで使用人ですから。
秘書でもマネージャーでもメイドでも何でもします」
『それ2度目なんですがね』
どうやら大事なことらしい。
「世間がどう思おうと関係ありません。
私は一生をかけて償わなければならない罪を背負っています」
『あー、何でもするって根拠はそれなのかー』
俺としては既に何とも思っていないことなのにね。
これを説明しようとしても無駄だろう。
娘さんが受け入れるとは思えないからだ。
『激しすぎでしょうが』
ここまで来るとストーカーに近いものを感じる。
恐怖を感じないのは目の前にいるからか。
ストーカーに恐怖を感じるのは何をしてくるか分からないせいなんだろう。
そういう点では何をしたいのかが分かっている。
自分で宣言していたし。
何より道徳を無視した行動はしそうにないからな。
『常識は無視してるけど』
でなきゃ住み込みで何でもするとか言い出すはずがない。
『親も親だ、娘の暴走を止めろよな』
そう思って両親の方を見たけど……
『ダメだ、こりゃ』
父ちゃんは腕を組んで、うんうんと頷いている。
その顔は絵に描いたようなしたり顔だ。
母ちゃんは俺と目が合うと黙礼した。
まるで「娘をよろしくお願いします」と言っているかのように。
上徳さん一家が何を考えているのか分からない。
爺ちゃん弁護士経由で社長をやってみないかと持ちかけてきたり。
先行して既にとんでもない規模の会社を立ち上げていたり。
『そういやニュースにもなっていないけど……』
父ちゃんがマスコミを抑え込んでいるのだろう。
俺が考えていたよりも遥かに凄い人だった訳だ。
『そのくせ、やけにフレンドリーなんだよな』
訳が分からない。
『俺も理解不能みたいなことを言われたことあるけどさ』
あれは他者とのコミュニケーションを取る上での防衛行動が含まれるせいだ。
だからフレンドリーな上徳さんと俺では根本的に違うのである。
『金持ちの考えることは本当に分からん』
諦めて娘さんの方へ視線を戻すと同時に──
「どうしても駄目なんでしょうか!?」
「うひぃっ」
『……そんな激しく聞かないでよー』
心臓に悪いったらありゃしない。
父ちゃんに似て強引なところがあるよな、この娘さん。
「あのね、リサさん」
「はい、何でしょうか」
呼びかけて聞く耳を持ってくれそうなことにホッと安堵する。
「先程も言いましたが俺は独身です。
貴方が住み込みで働くということは他の女性は呼べなくなりますよね。
つまり、あなたは俺に結婚するなと仰りたいのでしょうか」
丁寧な口調で言っても、険のある言葉になったのは間違いない。
娘さんは大きく目を見開きガバッと凄まじい勢いで頭を下げた。
「ごっ、御免なさいっ!」
この様子だと指摘されるまで気付いていなかったんだろう。
罪悪感がじわりと俺の心の内で拡がっていく。
だが、まだ言い終わった訳ではない。
心臓がキュッとする思いだ。
「たとえ通いでも同じことです。
俺やあなたが何をどう言おうと、男女の関係にないと信じる人はごく少数でしょう」
娘さんの表情はつい先程の必死さを感じさせるものから急変。
実に痛々しくも悲しげなものになってしまった。
『これはこれで来るものがあるなぁ……』
川代さんから冷めた目で見られたときと同等の息苦しさがある。
恐らく俺が感じている罪悪感など彼女のそれからすると可愛いものなのだろうが。
だからこそ安易に自分を許してあげなよと言えない。
「あなたは俺を殺してしまったと言いました。
でも、今のあなたはアナタ自身を殺そうとしている」
「え?」
娘さんは意外なことを言われたとばかりに戸惑いを見せていた。
「一生をかけて償うと言いましたね。
そしてアナタの覚悟も見せてもらったつもりです。
俺への贖罪だけのために生きるつもりだったのでしょう?」
コクリと頷く娘さん。
「それでは生きているとは言えませんよ。
屍をさらさないだけで死んだも同然です」
娘さんは微動だにしなくなった。
俺の言葉に衝撃を受けているのか。
それとも己の罪悪感と向き合っているのか。
当人でない者にそれは分からない。
「ところで疑問に思いませんか?」
先程までとは違う弱々しい目で見返された。
『ああ、こんなにも弱い人だったのか』
だからこそ頑ななまでに償いへのこだわりを見せていたのだろう。
「何を……でしょうか」
「俺のためだけに残りの人生を使うつもりだったのでしょう?」
「そうですね……
過去形になってしまいましたが、そういう覚悟でいました」
「もし、そこに償いという言葉が入らなければどうです?」
「仰っている意味がよく分かりませんが……」
「リサさんの御両親は気付いているようですよ」
驚いた様子で2人の方を見る娘さん。
穏やかな表情でうんうんと頷いている。
「どういう、ことでしょうか?」
再び俺の方を見た娘さんは困惑をより強くしていた。
「1人の男に一生ずっと一緒にいるとアナタは言ったのですよ」
人によってはプロポーズと受け取られかねないよな。
「さて、アナタはどうしますか?」
返答しだいでは俺も腹をくくらねばなるまい。
読んでくれてありがとう。




