514 @純田朋克:結局こうなる
「こんなことを言っても信じてもらえないと思いますが」
上徳さんちの娘さんは、そう前置きして話し始めた。
「私、純田さんのことが好きなんだと思います。
事故の前はあなたのことは存じ上げませんでした。
でも、お見舞いに行くたびに良くしていただいて……」
そこから先は嗚咽するばかりとなってしまった。
要するに入院中に惚れていたと言いたかったのだろう。
『マジかー……』
俺も気付いていなかった。
つい先程、彼女の両親の様子を見るまでは。
本人より親の方が先に娘の気持ちに気付いていたことになる。
『親だから当然な部分もあるんだろうけど』
ただ、親たちからも気に入られてしまったのが不思議でしょうがない。
俺のために用意したという会社の規模を考えるとね。
『そっちのことも考えないといけないんだよな』
あれやこれやと社長を辞退する方向で応対を考慮する。
色々なパターンを想定するがダメダメだ。
爺ちゃん弁護士はどうにかできてもね。
『父ちゃんに押し切られる未来しか見えない』
それでも諦めずに考える。
その間に娘さんも落ち着いてきたようだ。
やがて表情を引き締め俺を見てくるようになった。
「結論は出ましたか?」
「はい」
少し深めの息をして娘さんは決意を口にした。
「純田さんさえ御迷惑でなければ、ずっと一緒にいてくれませんか」
『そっちだったか』
可能性としては五分五分かと思っていたので驚きはない。
後は俺がその気持ちに対して真摯に受け止め返事をするだけだ。
しかしながら即決はできなかった。
ヘタレと言われても仕方がないと思う。
だが、ヒューマン+としての自分の一生に関わることだ。
混乱から抜け出せたか怪しい今の頭で結論を出すのは危険だと思う。
やっぱり違いましたなんてことになったら相手にも失礼だし迷惑をかけてしまう。
落ち着いてから結論を出すべきだろう。
「考える時間をください。
きちんと考えてお返事します」
「……わかりました」
俺は1週間の猶予をもらった。
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結局、上徳さん一家のあれやこれやを断り切れなかった純田です。
リサさんとは婚約しました。
ちなみに婚約直後から通い妻状態ですよ。
『はー、1週間の間にエロ系コレクションを処分しておいて良かった』
このあたりはハルさんのアドバイスだ。
理由を聞いたら逆に質問で返された。
「次に会う場所は決めたのかい?」
「いんや、時間だけ決めたんだけど」
「やられたね」
苦笑しつつ溜め息を漏らすハルさん。
「え?」
「絶対トモさんの家に押しかけてくるよ」
「えーっ、なんでぇ!?」
「それだけ押しが強い一家だから」
どうにも否定できなかった。
「どう返事をするにしても、コレクションは抹消すべきだね」
「確かに……」
『野郎の独り暮らしってことで堂々と置いてるから客人には確実に見られるんだよな』
女性なんて招いたことないから隠し場所なんて確保してないし。
大掃除のつもりで色々と廃棄したら、それなりに時間がかかってしまった。
量もあったけど返事をどうするか考えながらだったから遅くなったというのもある。
お陰で落ち着いて考えることができたとは思う。
その時の結論は「結婚を前提にお付き合いしましょう」だった。
俺としては婚約未満のつもりで言った言葉だ。
様子を見ながら付き合って「大丈夫」となれば婚約する。
それが俺の思い描いたシナリオだったのだが……
一家3人には完全に誤解されてしまった。
『全員が前のめりだったもんな』
俺の言葉はイコール婚約と認識され、一気にその流れになってしまった。
真意をどう伝えようかと悩んでいる間に婚約指輪が用意されていたのはどうかと思う。
もはや笑うしかなかった。
『そしたら更に誤解されるんだもんなぁ』
指輪を見て驚きつつも爽やかな笑顔になっていたらしい。
それを婚約の喜びと受け取られてしまった訳で。
しかも、その前の頭を悩ませている状態が返事待ちの不安な面持ちに見えたんだと。
誤解が誤解を生むとはまさにこのこと。
何も言えぬまま気が付けば婚約指輪をはめていた。
『嫌じゃないからいいんだけどさ』
流されるままに向こうの流れに乗ってしまった気がする。
『俺って、そんなに流され体質だったかなぁ?』
そして会社の話も似たようなものであった。
あれよあれよという間に社長ですよ。
「はい、ここにサインしてくださいね」
なんて爺ちゃん弁護士に言われた日にはドン引きだ。
ちゃんと説明は受けて納得もしたけど。
『ちょっと展開が早過ぎやしませんかねえ!?』
拙速は巧遅に勝るという言葉はあるけれど、これはどうなのさ。
何か俺が新規に会社を設立することになってますけど?
『あれだけの規模の会社用意しておいて、まだ会社作るんかい!?』
驚きすぎて何も言えなかったじゃないか。
『もひとつスケールをデカくするとか正気の沙汰とは思えんよ……』
そこで説明を受けて理解はできたがね。
難しい話ではない。
父ちゃんが用意した会社を俺の会社が買い取るだけのことだ。
『世間では吸収合併と言うんだっけ?』
何か違うような気もするけど。
とにかく俺の会社で管理して父ちゃんの会社を運営する形になった。
俺の負担を減らすのが目的らしい。
現に俺は何もしなかったからな。
資金がないから父ちゃんが用意したのは言うまでもないし。
手続きの一切合切は顧問弁護士となった爺ちゃんとこの事務所で処理された。
俺は居るだけ社長です、いやマジで。
『やること何もねえんだからな』
父ちゃんの腹心の部下だっていう社長代行が全部やってくれるのだ。
念のために資料は見せてもらっている。
レベルアップする前の俺だったら理解するのにどれだけ時間がかかっただろうか。
初めて見る書類ばかりだったし。
職歴のなさを痛感させられた。
同時にビビりもしたけどね。
見たことないはずの書類を理解できる自分にね。
社長代行に確認を取ったら間違ってなかったのも驚きだ。
向こうも驚いていたけど。
でも、書類が理解できたからといって仕事が増える訳じゃない。
至れり尽くせりですることないのには違いないからな。
『あー、ひとつだけ頼まれた仕事があった』
そのひとつが実に憂鬱である。
フリーの声優を集めて説明会を開くことだからだ。
説明会は新会社に所属しないか聞くためのものである。
なぜ俺にこの仕事が回ってきたか。
父ちゃんはコネがないせいだと説明してくれた。
「他は何とかなるんだけどねー。
声優部門のスタッフだけ経験者を集められなかったんだよー」
そこで俺に白羽の矢が立てられた訳だ。
「すまないねえー。
リサとイチャイチャする時間が減るだろうに」
「いえ、社長が何もしないのも問題あるでしょう」
それ以前に世の父親というのは娘とイチャつく男を本能的に敵対視するんじゃないのか。
『そう思っていた時期が俺にもありましたよ』
ありがたいことに父ちゃんはそういうタイプじゃなかった。
もっと踏み込んで言うと身内にはとことん甘いのである。
甘いのは娘に限った訳ではないのだ。
社長代行も心酔していたからな。
父ちゃんに近い人ほどそんな感じになる。
『妻と娘には特別甘いんだけど』
そして俺も身内認定された。
先程の台詞からも分かるように最上級であるのは疑いようもない。
これで敵には容赦がないという話を聞いても、にわかには信じがたい。
信じ難いが心に留めておく。
もしもリサを悲しませるような真似をしてしまったら……
おそらく今とは正反対の転落人生が待っているだろう。
『浮気とかしない限りは大丈夫だろうけど』
でも、ハルさんのエログッズは処分すべしというアドバイスは的確だったと思う。
エロ関係のものが手元にあるだけで浮気認定される恐れもあるからね。
下ネタに寛容な人も中にはいるけど。
君子危うきに近寄らず。
ボーダーラインを確かめる必要はない。
結婚するなら卒業しようと考えていたからな。
「朋克くんの仕事は私や房江に孫の顔を見せることだよ」
「まだ結婚してません」
「オー、堅苦しいねえ」
HAHAHA! と豪快に笑う父ちゃん。
本当にフランクな人である。
『仕事の話をしてたんじゃなかったっけ?』
思い出すだけでも気の重くなる話だ。
皆に俺が社長だとバレるというのがね。
『皆に何言われるか……』
ちょうど説明会が終わった直後のタイミングでラジオ番組のゲスト出演がある。
『確実に弄られるよね』
社長社長と連呼されるであろうことは想像に難くない。
いつもは俺が攻める側なのに、防戦一方になりそう。
随分と居心地が悪い思いをさせられそうだ。
それでも仕事として任された以上は逃げる訳にはいかない。
願わくば、これを切っ掛けに声優の仕事が増えるとありがたいのだが。
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後日、俺はある名簿をリサから渡された。
彼女は秘書かマネージャーのような感じで働いてくれている。
婚約者として一緒に居たいんだと。
「これは?」
渡された名簿を確認してみたが共通点は声優ということぐらいか。
一瞬、説明会に参加する声優のリストかとも考えた。
それにしては事務所に所属している人の名前が半数くらいあるのだが。
「説明会に出席すると返事をもらった人です」
「事務所に所属している人もいるけど?」
『トラブルにならないように所属声優には声を掛けなかったんだがな』
「パパが新会社の音楽部門から手を回して各事務所に連絡を入れたそうです」
「……丈二さん、コネないって言ってたのに仕事熱心だね」
「新会社の立ち上げに伴う挨拶回りということにしたようです。
そのついでにレンタル移籍か金銭トレードしませんかって持ちかけたみたいで」
『それなら問題が起こりにくいか』
まったく、父ちゃんも人騒がせな人だよ。
読んでくれてありがとう。




