511 @純田朋克:謝罪を受けただけでは終わらない?
修正しました。
由来は元の → これは元の
妨害工作がなくなった結果、ポツポツと仕事が入るようになった。
ラジオのゲスト出演はちょくちょくある。
アニメの方もスポットでなら何回か。
「ブランクが長すぎたかぁ」
ぼやきたくもなるし溜め息も出てしまう。
アニメのレギュラーを決めるオーディションは相変わらず落ち続けているのだ。
競争の激しい世界だし、落ち癖がつくとなかなか這い上がれない。
「あー、どんな役でもいいからレギュラーが欲しいっ!」
自宅だから身悶えしまくって欲求を口にする。
人に見られていないからこそ、こんな恥ずかしい真似ができるのだが。
こういう瞬間を狙ったかのように──
「RRRRRR」
電話のコール音が鳴って心臓を直撃してくれる。
「うわおっ!」
飛び上がって驚くのはしょうがないとして。
『もしかして見られてた?』
そんな訳ないのに変なことを考えてしまう。
被害妄想も甚だしい。
「RRRRRR」
「っと、ハイハイ」
テーブルの上に置いていたスマホを手に取って着信操作をする。
「はい、純田です」
『もしもし、伊達です』
一瞬だが「誰ですか?」と言いそうになった。
間違い電話だと思ってしまったのだ。
すんでの所でアホなことを言うのを回避できたのはレベルアップしていたからだと思う。
それとも【並列思考】スキルのお陰か。
さて、電話の相手だが俺が世話になった爺ちゃん弁護士である。
俺は「先生」としか呼んでいなかったので本名をつい失念していた。
俺の中では、いつの間にか爺ちゃんだったしな。
別に自分の祖父のことではないのだが、好々爺とした雰囲気がそう思わせるのだ。
さすがに本人に向かって「爺ちゃん」とは言えないが。
いずれにせよテヘペロものの失態をするところであった。
アウフで無罪判決である。
ちなみに先生の本名は伊達太郎。
間違っても「ダテダロウ」などと言ってはいけない。
本人は洒落者でも派手でもない。
いざという時の男気は瞠目に値するとは思うけれども。
「おや、先生じゃないですか。
御無沙汰しております。
その節はお世話になりました」
「いやいや、私は少しお手伝いをしただけですよ」
飄々とした返事をしてくる爺ちゃん先生。
それだけで、あの好々爺とした雰囲気が思い返される。
「またまた御謙遜を~。
ところで何かありましたか?」
弁護士が仕事をしている時間帯に用もなく電話をしてくるはずがないからな。
「それなんですがね。
純田さんに会いたいという人がいるんですよ」
「はあ……」
そんな訳で爺ちゃん先生の事務所に行くことになった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「あるぇー!?」
爺ちゃん先生の事務所に入るなり俺が発した言葉がそれであった。
そこに居たのが予想外に知っている相手だったからである。
次の瞬間──
「「「誠に申し訳ありませんでした!」」」
見覚えのある親子がそろって土下座。
「訳わかんないんですけど!?」
入り口で立ち尽くして呆然とする俺。
「あー、純田さん。
とりあえず中に入りましょうか。
上徳さんもそんなことしてないで座りましょう」
『爺ちゃん先生、冷静だな』
弁護士が取り乱しちゃダメなんだろうけど。
ちなみに上徳さんというのは俺が交通事故に遭ったときの加害者家族の苗字だ。
父ちゃんはアメリカ人だったが日本に帰化しているので日本の名前なのである。
「じょうとく」と読むそうだが、これは元の名前に由来するらしい。
ジョージ・ジョンソンのジョンソンをもじったとか。
『ソンは損に通ずるからトクにするって発想がユニークだよな』
で、父ちゃんは上徳丈二という名前になったという。
母ちゃんが房江で娘はリサだそうだ。
『聞いてもないのに自慢げに教えてくれたからな』
入院中の頃の話である。
『そう言えば仕事でアメリカに長期滞在しなければならないとか言ってたな』
長くなるので家族全員で行くことになるとも。
あれは入院生活が終わりの頃だったか。
それまでに何度も家族で見舞いに来てくれた。
娘に至っては、ほぼ毎日だ。
充分に誠意を尽くしてもらったと思っている。
だから俺も気にせずアメリカに行ってくれと言ったのだ。
全員がソファーに座って落ち着いた頃、そんなことをふと思い出した。
「もしかして帰ってきたばかりですか?」
「オー、分かりますかぁ?
本当に申し訳ありませーん。
まさかこんなことになっているとは夢にも思いませんでした」
時折、イントネーションが気になる程度で父ちゃんの喋る日本語はほぼ完璧だ。
とりあえず、そんなことを気にしている場合ではない。
「申し訳ありませんが、何がなにやらサッパリ分かりません」
「そうですな、そこは私からご説明させていただきましょう」
爺ちゃん先生の出番である。
先生の説明によれば、上徳さん一家がこんなことをしているのはヒス社長のせいだ。
『そういや奥さんの妹なんだっけ』
すっかり忘れていた。
大学進学で実家を出ていた奥さんは妹のイジメの件を知らなかったという。
生活費を稼ぐためのアルバイトで帰省する暇も金銭的余裕もなかったそうだ。
卒業後はアメリカでの生活がしばらく続き、再会したときにはあの性格になっていた。
そのことで責任を感じたというが、違うと思う。
監督指導は両親の責務である。
中学生の妹を導く義務は大学生の姉にあろうはずはない。
まして、ずっと離れて生活していたのだ。
せいぜいが電話で相談相手になるかどうか。
年齢が近くないこともあって、そういう関係にもなれなかったようだ。
しかも再会はお互いに大人になってから。
既に仕上がってしまっていたんじゃ終わりである。
話し合ったくらいで性格が変わるはずもない。
それでも当初は妹の暴走を諫めていたようだ。
が、あの激しい性格に振り回され次第に距離を置くようになる。
誰だって敬遠したくなるのは分かる。
『よくもまあ絶縁しなかったものだ』
恐らく罪悪感からなんだろうが。
とにかく責任を負う必要性がないのに妹のことで一家そろって謝っていた。
特に親子がアメリカに行っている間に犯罪行為が明らかになり逮捕まで行ったからね。
俺は執拗に妨害を受けていたし。
当人同士で決着をつけたとはいえ被害者であることに変わりはない。
『だからって土下座するほどかい?』
身内だから引け目を感じるというのはあるかもしれないが。
故に俺は既に終わった話なので気にしていないと根気よく何度も説明した。
「ですから妨害を受けずに仕事に向き合える今、俺は充実しているんです」
「「わかりました」」
夫婦が納得し、娘が頷いたときには1時間以上経過していた。
「さて、純田さん」
「はい」
爺ちゃん先生が互いに納得した俺たちを見て話し掛けてくる。
どうやら土下座の一件だけで話は終わらないようだ。
「彼女が亡くなりました」
「!」
先生が言う彼女とはヒス社長のことである。
一家の方を見ると、疲れた表情を見せていた。
沈痛というよりも「ようやく解放された」という雰囲気の方がより感じられる。
心中察するに余りあるというものだ。
あの女に振り回され続けたのだから。
「ですので慰謝料についてなんですが──」
「ああ、それについては前にも言いましたが不要です。
俺は邪魔されずに仕事ができる環境がほしいだけですから」
「彼女の財産は詐欺被害者の賠償が優先されると言おうとしたんですがね」
爺ちゃんは苦笑いしている。
「本当に欲がない人ですな」
「んな訳ないじゃないですかー。
欲なら色々ありますよぉ。
もっと仕事したい。
美味しいもの食べたい。
新作のゲームで遊びたい」
『後はエッチな動画をもっと見たい』
言葉にしなかった項目に関しては自粛した。
さして親しい友人でもない一家に聞かせる話でもないだろう。
これがラジオの番組とかだと堂々と言うところだが。
え? 嫁がいるのに浮気すんなって?
それを言われると辛いな。
一応、向こうの世界じゃ奥さん一筋なんですが。
こっちでも結婚できる立場なので真面目に婚活しようかね。
『フェルトさんにも奥さんを増やす許可はもらっているし』
どちらの世界でも妻を増やしてくださいという太っ腹なお言葉を頂戴しているのだ。
日本で2人以上と結婚しようとすると重婚で犯罪になるのだが。
『真面目に結婚について考えるか』
そうなると動画は卒業だが、そこは仕方あるまい。
「ハッハッハ、本当に純田さんは無欲な人だ」
『どうしてそうなる、爺ちゃん』
謎解釈をされてしまったようだ。
『まあ、いいや』
とにかく話を進めよう。
「慰謝料の方は納得しているということで、次の話ですが……」
そこで爺ちゃん先生は俺をマジマジと見てきた。
「なんでしょう?」
「ずばりレギュラーを獲得できずに焦っているでしょう」
「っ!?」
思わず「なんでっ!?」と叫びそうになったよ。
「どうやら図星のようですな。
調査結果からの推測だったんですが」
『やられた!』
鎌をかけられたとはね。
「まあ、地道にやってる最中です。
ラジオとかの他にもスポットで入る仕事はありますから」
バレた以上はしょうがないので正直に言っておく。
「欲がないですなぁ」
苦笑する爺ちゃん先生。
次の瞬間、その笑顔はずっと楽しげなものになった。
『なんだ?』
何かあるとは思ったが、それが何であるかは分からない。
夢にも思わぬような提案がなされるとは、このときの俺は微塵も思っていなかった。
読んでくれてありがとう。
 




