510 @純田朋克:平穏を得るために動いた結果
「私が逮捕されるってどういうことよぉ────────っ!!」
耳をつんざくキンキン声。
ハウリング音に匹敵する。
その場にいたほぼ全員が耳を両手で塞がざるを得なかった。
『魔法で対策しておいて良かった』
音を遮断する訳にもいかなかったので耳に身体強化をかけただけだが。
ちなみに俺は忍者モードなので光学迷彩で姿を消している。
「脅迫ならびに詐欺容疑ですな。
あ、これは逮捕状。
本物ですので悪しからず」
やけにノリの軽い中年刑事が紙切れをヒラヒラさせる。
「警部補、ちゃんとやってください!」
隣に立つ若い刑事に注意される。
「う~い」
返事をしながらも一向に態度を改めない。
「お前がやっとけ」
「は?」
「任せる」
そう言い残しフラフラと去って行く。
興味が湧いたのでそちらに向かってみた。
俺を妨害していた女社長の方は充分だ。
『裁判所から逮捕状が出ているなら間違いないもんな』
後は刑事裁判で実刑判決が出るかどうか。
実刑なら会社の存続はほぼ無くなるだろう。
『あの社長の押しの強さで生き残ってきた会社だし』
収監されればどうしようもなくなる。
それに俺への慰謝料支払いもある。
『警察へ被害届を出さないことで吹っ掛けたからな』
結局、俺は被害届は出さなかった。
あれは取り下げると二度と同じ内容で出せなくなるからな。
故に警察へは弁護士同伴で相談に行くに止めたのだ。
無駄な行動に思えるかもしれないが、相談実績があると有利に働くこともある。
相手が逮捕されたときに前科がなくても厳しく対応するとかね。
それを切り札として証拠を突き付けヒス女と交渉。
被害届を出さないことで慰謝料8桁を吹っ掛けた。
「冗談じゃないわよぉ─────っ!」
おかげでキーンと響き渡る絶叫を聞かせてくれた。
『さすが守銭奴』
忍者スタイルの潜入調査でウンザリするほど見せられてきたからな。
「この条件がのめないのでしたら裁判で争いましょうか」
「きぃ────────っ!」
意味のない言葉で吠えるヒス社長。
裁判になったら事実が世間に公表されるからな。
元から灰色の信用が黒く染まって地に落ちるのは目に見えている。
「卑怯よっ!」
『アンタが言うなよ』
ツッコミを入れたかったが、先生の指示でダンマリを決め込んでいる。
とにかく喋らず相手を睨み続けることと言い渡されていたからな。
俺は指示通りに従うのみである。
「さて、どちらが卑怯か裁判で白黒つけましょうか。
それも嫌だと仰るなら警察に被害届を出すまでですが。
証拠ならお見せしたでしょう。
あなたが違うと言っても裁判になれば勝ち目はありませんよ。
第3者がそれを信じるとは思えませんからな」
『追い詰めるなー』
いいぞもっとやれと言いたくなる心境だ。
思わず顔がにやけそうになるが、我慢する。
我慢しようと力むと顔面も怖い感じになるようだ。
「ひっ」
ヒス社長がビビっている。
『この程度でかよ』
違和感を感じた。
何かおかしい。
すぐには結論を導き出せなかったが。
なんにせよ敵から攻撃されるのは慣れていないようだ。
論理的な相手にはヒステリーで対抗するので表面化しなかったのだろう。
今回のように暴力を連想させる事柄には弱いと見た。
だが、俺は別に恫喝している訳じゃない。
相手の非常識な応対振りに怒りをぶちまけたいのを我慢している立場なだけだ。
そういう筋書きになっている。
『俺じゃなくて弁護士先生のシナリオなんだけどな』
事前の打ち合わせで先生はあくまでも淡々と話すことに集中すると言った。
向こうのヒステリーを受けるのは俺の担当だとも。
「言い負かされそうになった場合にはお得意のヒステリーで対抗してくるでしょう」
「それで交渉相手の気力を削ぐ訳ですか」
「左様ですな。
ですから、いかに意に介さず話をできるかがポイントになります。
そのために純田さんには彼女のヒステリーを引き付けていただきたいのです」
「どういうことです?」
「なに、特別なことはしなくて結構。
私の隣で座って黙っているだけです」
「ハードル高いですよ、先生」
「なに、顔に出すなとは言ってませんよ。
むしろ大いに怒りの表情を見せつけてやってください」
「あの社長を引き付けるためにですか」
「そうなります。
私の推測通りなら蛇に睨まれた蛙になるでしょうな」
『先生の筋書き通りになってるし』
結局、女社長はここから逆転することができずに敗北。
警察に訴えることはできなくなったが相応の痛手を負わせることはできた。
訴えない代わりに無茶苦茶な条件をつけたからな。
とにかく直接間接を問わず一切の接触を禁じた。
俺が噂を耳にしただけでアウト。
これで妨害を封じにかかった訳だ。
結果として向こうは業務を縮小せざるを得なくなった。
が、今まで無茶を通してきた報いである。
禁を破れば違約金だから無視する訳にもいかない。
『ジレンマに陥るかもしれんがな』
金は惜しいが俺への憎しみは募るだろう。
故に爺ちゃん弁護士は最初は反対した。
交渉が終わってからも、しきりに俺の身を案じていたしな。
「大丈夫ですよ、先生。
奴は逮捕されますから」
「なんですと!?」
「俺は約束通り訴えませんが、他の被害者たちはどうでしょうね。
ある日、善意の第三者によって証拠品が送られてきたりしたら」
「それはまた……」
「俺は約束を破りませんよ。
訴えるかどうかは被害者たちが決めることですから」
「つまり、被害者は1人や2人ではないということですな」
「脅迫だけで両手両足で数え切れない件数に達しますね」
「……脅迫だけ、ですか」
「詐欺もあります。
こっちはもっと被害人数が多いですよ」
「酷い女ですな。
まさか、これほどとは」
「まったくです。
調べても調べても尽きないんですから」
「よくお金が続きましたね」
爺ちゃんは呆れている。
「あの女が嫉妬するくらい事故で慰謝料もらってますから」
俺は苦笑で返すばかりだ。
「それにしても良かったのですかな」
「何がです?」
「彼女、今回の慰謝料は満足に支払うことができませんよ。
詐欺事件の被害者からも賠償と慰謝料の請求があるでしょうからな」
「今回は赤字でしょうね」
自然と笑みが漏れた。
納得の上のことなので苦笑ではない。
それを見た爺ちゃんは溜め息をつきつつも小さく頷いている。
「元より承知の上ですか」
「ええ、借金がなければいいんですよ。
俺は自由に仕事がしたいだけなんです」
「今回の交渉でそれは実現しそうですな。
ですが、身の安全には気を付けてください。
彼女が本当の意味で暴走して事件を起こさないとも限りません」
「御忠告ありがとうございます。
でも、あの女はもう終わりですよ」
「どういうことです?」
「直接、観察していて気付いたんですが」
実際は【鑑定】スキルを使ったのだけれど、それを言う訳にはいかない。
「ほう?」
「俺が少し表情を険しくしただけでビビっていたでしょう」
「確かに、そうでしたな。
あそこまでとは予想できませんでしたよ」
「あれはトラウマを抱えている証拠です」
「なんと……」
「恐らくイジメ被害者としての経験があるのでしょう。
精神の均衡を保つため、ああいう性格になったものと思われます」
「何とも言いがたいものがありますな」
イジメについては哀れむ気持ちも確かにある。
だが、イジメを受けなくなってからの行動に同情はできない。
迷惑行為だけでなく犯罪まで犯して少なからぬ被害者がいるし。
俺も被害者として怒りを感じている。
憎んだり恨んだりはしないが許せるかと問われると正直、難しい。
だからこそドライに対応する。
「今回のことで、かなり追い詰められましたからね。
暴走する以前に二度と立ち上がれなくなるくらい心が折れるでしょう」
「過去の経験がフラッシュバックする訳ですな」
遠い目をする爺ちゃん先生。
直接の経験はないようだが知ってはいるようだ。
「ずっと以前に壊れていたのでしょう」
ちょっとしたことで[錯乱]状態になるのだ。
精神崩壊こそしていなかったが治療の必要な状態だった。
おそらく近いうちに入院させられるだろう。
そう読んでいたが、逮捕が切っ掛けで実際にその通りになった。
医師の診断により半永久的な入院措置が執られる。
それも檻付きの病院に。
刑務所に入ることはなくなったが二度と外の世界には出てこないだろうとのこと。
これは俺が尾行した警部補殿から爺ちゃん先生と一緒に聞いた。
向こうは尾行されたことには気付いてなかったけどね。
ちなみに逮捕時に抜け出した後の行き先はトイレだった。
ついて行った俺が馬鹿である。
とはいえ親切な人だったよ。
相談の記録を見て気にかけてくれていたんだから。
俺が安心できるようにと情報提供までしてくれたし。
「あ~、これは私の独り言なんですがね~」
とか言いながら細かなことまで教えてくれた。
不真面目な態度なのに熱心な人である。
聞き終わった後で爺ちゃん先生が渋い顔をしていたけれど。
「私は聞かなかったことにします」
とまで言ったくらいだ。
守秘義務に抵触したりする情報まで喋ったのだろう。
どれが該当するのかは知らないが日本で喋るつもりはないので確認もしなかった。
これ以上被害を被ることがなければ、それでいいのだ。
読んでくれてありがとう。




