509 @純田朋克:逃げる訳にはいかない
35話を改訂版に差し替えました。
「あー、トモさんトモさん」
「何かな何かな?
大事なことだから2回呼びましたみたいな感じだが」
俺の切り返しにハルさんは苦笑いだ。
そして小さな紙片を渡してくる。
「これは?」
思わず聞いてしまったが、見れば分かる。
『名刺だね、うん』
この世界に来て初めて見た。
恐らく惑星レーヌ上では概念すら存在しないはず。
それに印刷された文字は日本語である。
「俺が大学時代に世話になった法律事務所の代表の人だよ」
「なんですと!?」
理解不能すぎて変なポーズを取ってしまった。
「向こうの物品はそう簡単に持ち込めないのでは?」
「記憶を元に再現したレプリカだよ」
「あー、俺の早とちりだったか」
ちょっとショボーンだ。
すぐに復活するけどな。
「脳内スマホのカメラで撮影しとけば、いちいち覚えなくても大丈夫だろ?」
なるほど納得。
便利な道具があるんだから積極的に使わないとね。
「で、ここを尋ねろと?」
「そこなら興信所も紹介してもらえるはずだよ。
いざという時はプロの報告書が決め手になる」
「そして弁護士がそれを武器にトドメを刺してくれると」
「そゆこと」
「お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様ほどでは」
「「ハアッハッハッハッ!」」
2人してレッツ高笑い。
やはり時代劇は悪代官と悪徳商人の組み合わせが定番だろう。
俺たちは悪ではないんだが、ついノリでね。
「「ん?」」
周りは静かだ。
視線が痛い。
さすがにネタがディープすぎて付いて来られなかったらしい。
「ガーン!」
忍者好きの妖精組もダメだったのはショックだった。
後で知ったことだが、ネタに馴染みがないせいで反応できなかっただけのようだ。
惜しいことをした。
が、現状でそれを知る由もない。
「「すんません」」
2人して小さくなった。
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やって来ました、現代日本。
トモ・エルスから純田朋克に変身ですよ?
『これも変身と言って良いのか謎だな』
魔法が使いづらい世界だからパワーダウンするし。
身体的にもレベルでも、だけどね。
とにかく積極的に動くのだ。
まずはハルさんに紹介してもらった弁護士事務所で有料相談を受けに行ってきた。
相場は30分で5千円ほどらしい。
事情を説明するために先に紙に状況を箇条書きしたものを用意してある。
これはハルさんに聞いたコツだ。
言葉で説明するより説明が早く終わるんだってさ。
事実、ものの数分でお爺さん弁護士は読み切ったからな。
『速読というやつか』
眼球の動きを追っていたら何かコツを掴んだような気がした。
【システム】のログを確認すると──
[上級スキル【速読】を熟練度80で獲得]
『……プロ級じゃねえかよ、おいっ!』
なんてことが話の冒頭にあった。
そして十数分後には俺の言いたいことは、ほぼ言い終えていた。
『事前の準備は大事だね』
困っているときこそ落ち着いて行動すべしってことだ。
弁護士の爺さんが俺の方を見てくる。
俺の話は終わっても向こうは終わりじゃないようだ。
「被害妄想ではないという確証はないのですね」
穏やかな口振りではあるが有無を言わせぬ空気が漂っている。
『さすがはベテラン弁護士だ』
とはいえ悠長に感心している場合ではない。
興信所を紹介してもらえるかどうかの瀬戸際だからな。
「そうですね、ありません。
そこをハッキリさせたくて興信所を紹介していただきたいと考えております。
もしも、そのような事実があるなら先生に交渉をお願いしたいのですが」
「事実確認ができなかった場合はどうされるおつもりですか?」
「何もしませんが?
私は安心を得たいのです」
「興信所を利用するのは安くないですよ。
たとえ高いお金を払ったとしても望まれる結果が得られるとは限りませんし」
「私にとって望む結果は白黒つけることです。
相手が白であるなら別の原因があると納得できます。
少なくとも妙なことで悩まなくて済むでしょう。
無駄な時間を費やさず次の行動に移れると考えます。
黒なら先生にお願いして処理していただくのみです」
目の前のソファーに座る老人は首を捻りかけたが、やがて鷹揚に頷いた。
『誤魔化すために頷いたか?』
普通に考えれば俺の行動は常識のある人間のものではないからな。
憶測で人を疑い、大金を費やして調査する。
セレブならともかく俺みたいなスーツに着られているようなオッサンじゃあね。
『普段まったく着ないから似合わないのなんの』
トホホな心境である。
それでもハルさんのアドバイスに従って高級スーツを新調したのだ。
名付けて馬子にも衣装作戦。
上手くいっているかは弁護士の爺ちゃんに聞いてくれ。
俺は相手の仕草や雰囲気から大丈夫だと思っている。
首を捻りかけたのも俺がこの格好で感情的にならず話していたからだと思う。
ジャージ姿で捲し立てるように喋っていたら適当にあしらわれて帰らされたはずだ。
『俺みたいな客は珍しいんじゃないかな』
長年の経験をもってしても誤魔化しきれないくらいだから。
「いいでしょう。
知り合いの興信所を紹介します」
「ありがとうございます」
これで計画がスタートした。
後は調査結果しだいで対決となる訳だ。
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興信所での依頼が終わったら忍者としての自分の出番である。
ただし忍者装束の出番はあまりない。
幻影魔法を使っての変装で情報収集するからな。
時には忍者装束に着替えて潜入したりもしたけれど。
ヤバイ橋はあまり渡るものではないので割合的には半分にも満たないが。
そんなこんなで方々を飛び回る日々が続いた。
結果、ハルさんの推測が正しかったことが判明。
まるで見てきたんじゃないのかってくらい犯人像がピタリと一致した。
守銭奴で嫉妬深くて執念深い芸能プロダクション経営の女。
交通事故の加害者からすると母方の叔母にあたる人物だ。
病的に痩せていて甲高い声で喋る押しの強いタイプ。
この女が色々と指示を出していたと知ったときは逃げ出したくなった。
怒りが湧くよりも先に「勘弁してくれ」と思ったくらいだ。
元から女性は苦手だったけどさ。
あの声はマイクを「キーン」とハウらせたのに匹敵するほどの不快音波だし。
押しの強い女性もダメなんだよな。
しかしながら逃げる訳にはいかない。
俺がオーディションに行くと電話を入れて落とさせていた張本人なのだ。
オファーの方も事前に情報を仕入れて先に候補から外させていたし。
怒りを感じない訳がない。
おまけに思い通りにならないとヒステリーモードが発動する。
『そこまでするか』
とドン引きするくらい是が非でも己の意見を押し通そうとするのだ。
『あの性格なら執念深くて当たり前だわ』
そのせいで加害者家族は絶縁とは行かないまでも敬遠している様子だし。
むべなるかな、推して知るべしというものである。
『そんなことに注力してる暇があったら自分とこの会社を何とかしろよ』
業績悪化で赤字経営なのに躍起になって俺の妨害をしている。
『でも、芸能プロダクション経営なら妨害活動は不可能ではないか』
情報を集めるのも妨害をするのも他業種よりはやりやすかろう。
だからといって実行していい訳じゃない。
この業界だと妨害なんて茶飯事かもしれないが、こうまであからさまだとね。
外出先でもスマホに向かってキーキー叫んでるからな。
『酷いものだ』
そういう態度が知れ渡っているから敬遠されて赤字経営なんだろう。
あれでよく発覚しないものだと思う。
が、気付かなかった俺は間抜けってことになるよな。
『平和ボケしすぎだよ』
ガックリ項垂れたい気分だ。
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後日、俺は興信所を紹介してもらった弁護士事務所を訪れていた。
代理人として動いてもらうべく依頼するために。
「相手は常識が通用しませんので国家権力を利用しましょう」
俺の提案にお爺ちゃん弁護士は目を丸くしていた。
興信所の資料はもちろん見てもらっている。
それは女社長の犯罪を明確に証明するものだった。
「あなたは最初からこうなると分かっていたのですか?」
「いいえ、自分でも驚いています」
ハルさんの推測が面白いくらい当てはまったからな。
苦笑を禁じ得ない。
「ただ……」
「ただ?」
「友人がこうなるんじゃないかと予想していました」
「本当に?」
信じられないと言いたげな面持ちなのはしょうがないだろう。
「細部は異なりますが概ねはそうですね。
彼も本気でそう言っている訳ではなかったようなので驚くんじゃないでしょうか」
「あ、ああ、なるほど。
瓢箪から駒が出てしまったようだね」
そう言いながらどうにか納得してくれた。
一息ついて打ち合わせに入る。
「警察に訴えるということですがリスクは高いですよ。
資料からうかがえる人物像からの判断だが何をするか分からない」
「でも、こういうタイプはガツンとやらないと行動を改めないですよね。
少しでも日和ると調子に乗って勢いを盛り返してくるでしょうし」
「……否定できませんな」
悩ましげに深く溜め息をつく弁護士。
「先生、依頼は断られてもいいのですよ」
そう言うと老人は心底驚いたという目で俺を見てきた。
「いえ、お受けしましょう。
あなたのような人が理不尽に打ち負かされていいはずがない」
その瞳は強い光を湛えていた。
読んでくれてありがとう。




