507 @純田朋克:新魔法の効能と話の行方
現代日本の知識がフェルトに流れ込んでいく。
「ふぁっ」
などと艶めかしい声が漏れ出ていたが痛みや気持ち悪さはないようだ。
「どうかな?」
ハルさんが具合を尋ねている。
「凄いですね……」
そう言いながらフェルトは「ふぅっ」と息を漏らした。
「何と言いますか、凄いとしか言えないです」
マルチプルメモライズで手をつないでいた一同がズッコケた。
俺も姉たちも、そしてハルさんも。
どんな感想を漏らすのかと思ったら第一声と同じままだったからね。
期待していたら肩すかしを食らった感じだ。
「ま、まあ、カルチャーギャップが大きすぎて何も言えないってことなんでしょ」
マイカが苦笑しながら言った。
「アタシらはベリル様から事前に教育を受けていたから」
「そうだね」
ミズキが同意している。
「ハルさん、俺にも知識が流れ込んできたんだが」
フェルトが声を漏らしたとき俺の知らない情報が頭の中に入ってきたので聞いてみた。
もしかして気を遣ってくれたのだろうかと思ったのだ。
フェルトがどんな風に感じるかを俺にも分かるようにしてくれたとかさ。
くすぐったくてムズムズした感触があった。
確かに痛くないし気分も悪くない。
「え? 情報は皆で共有しないと話に齟齬が生じるだろ」
そんなことを言っているが目が泳いでいるよ。
『嘘が下手だ』
わざわざ指摘するようなことではないので話を先に進めようと思ったら──
「ついでだから皆とも情報共有しておこうか」
そう言ってマルチプルメモライズを多重展開した。
「うわー……」
開いた口が塞がらない。
『魔力の消費がパねえわー』
ただでさえ燃費の悪い魔法なのに王城の食堂にいる全員に使うとかシャレにならん。
『俺じゃあ手を繋いだときに使った魔法でさえ倒れてるって』
そこかしこから「ひゃあ」とか「うひぃ」とか声が聞こえてくる。
くすぐったいのだけは回避しようがないからな。
痛みなどよりは遥かにマシではあるけれど。
『でも、みんな当然のように受け止めているな』
俺のように唖然としているのはフェルトだけのようだ。
『マジかー……』
皆これと同等以上の魔法を知っているんだよな。
とか考えていたら、該当する情報が記憶の奥底から湧き上がってきた。
『日本の情報だけじゃなかったのか』
マルチプルメモライズでハルさんがこちらに来た経緯や以後の情報なんかもあるようだ。
『一晩で数十万のゴブリンを殲滅……』
その前に無茶して存在の消滅に関わるような魔法を使って4桁レベルになっているけど。
『桁がひとつ違うと、そこまで規格外になるんだな』
呆れつつも納得してしまった。
『ワイバーンの群れを雑魚扱いしてるし』
その際に使った魔法にツッコミを入れたくなった。
『パクリじゃねーか』
オマージュというやつなんだろう。
その後に出てくる忍精戦隊ヨウセイジャーや仮面ワイザーも趣味丸出しである。
丸出しだが俺的には悪くない。
『さすがは我が友』
波長が合うと感じただけのことはある。
『それにしても無茶苦茶だな』
蝗害を1人で処理したり犯罪国家を一晩で消滅させたり。
極めつけは大陸東方で魔物が大規模に暴走した際の殲滅行動。
『規格外どころの話じゃないね』
そんな情報まで開示するのはどうなんだろう。
皆から恐れられるとか考えないのだろうか。
『それだけ信頼されているとは思うけどさ』
周囲を見渡してみるが誰も恐れてはいない。
自分たちの王様はこれくらいできて当然と思っている節がある。
妖精たちはともかくドワーフやエルフの面々も平然としているのが凄い。
俺はそれなりに付き合いがあったから凄いとは思ったが怖いとまでは思わなかった。
そういう意味ではフェルトは大丈夫だろうか。
見てみると真剣な面持ちではあるが、その様子から恐怖は感じられない。
敬意を払っている風に見える。
そういやハルさんは彼女の一族を救ったんだよな。
むしろ当然の態度なのか。
それにしたって、うちの奥さんは大物である。
『フェルトに限ったことではないけどな』
みんな大物だ。
魔法が完了してもビビっている者など誰1人としていない。
それどころか、あちこちから声が上がり始めて騒がしくなる。
話題はハルさんの凄さじゃなくて日本文化がメインだ。
『妖精が日本文化を語るのってシュールな光景だわー』
元から忍者とかアニメの知識があって、その傾向はあったとはいえね。
何故に忍者と思ったけど流布した張本人がいるらしい。
らしいというか、これも先程の魔法で貰った情報だから間違いないんだろう。
『変人とか変態と言われそうな御仁だね』
双子の妹の方がまともなのに何を考えているんだか。
『俺もイタズラとかはする方だけどさ』
スケールが違いすぎて、さすがの俺もドン引きである。
しかも相当のお仕置きを何度もされているのに一向に懲りないというのが……
『本物のMなんじゃないのか』
背筋がゾワッとした。
ある意味、最強である。
抑止や予防のためのお仕置きが意味をなさないのだから。
『それで好き勝手にイタズラされたら……』
考えたくもない。
結果オーライなイタズラばかりで問題になっていないのが救いである。
大いに振り回されるので、ウンザリはさせられるけれど。
いつか自分もそういう目にあわされると思うと今からウンザリだ。
『考えるのはよそう』
気分が滅入るだけである。
それよりも話の続きだ。
日本で仕事が来ないと食後に愚痴ってたら相談タイムになっていたんだけど。
どう話を切り出そうかと思っていたら──
「さて、フェルトにも日本の知識が伝わったところで話の続きだ」
ハルさんが、さらりと話を始める。
『手間が省けてありがたい』
そんな風に思ったのも束の間、思いがけない発言がなされた。
「結論から言うと、すっごく怪しいね」
「えっ!? 怪しいって、どういうこと?」
訳が分からない。
「トモさんほどの人気と実力があって仕事が全くないのはあり得ない」
友達からそんな風に言われると背中がムズムズする。
けれども今はそんなことを気にしている場合ではない。
「そうだね、あり得ない」
ミズキもハルさんに同意する。
「もしかして妨害されている?」
と言うのはマイカだ。
「恐らくね」
そんなことを言いながらも、何が妨害しているのかは見当がついているようだ。
『思い当たる節って……』
逆恨み野郎の呪いしかないんだがな。
だから俺は否定した。
「いやいやいや、そりゃあ無いだろー。
俺、頑張って呪いは全部浄化してきたんだよ」
「別にそこは疑ってないよ。
もっと別の要因だね」
ますます訳が分からない。
「どーゆーこと?」
「トモさんを恨むなり憎むなりしている奴が他にもいるってことだよ」
その発言は俺の脳天を直撃した。
「え─────っ!?」
シャレになんないんだけど。
「勘弁してくれよぉ……
別の呪いが出てきたってことなのかい?」
『俺、恨まれすぎ』
そんなに日頃の行いに問題があったのだろうか。
無いとは言えない。
俺自身はお茶目なイタズラと思っていても相手もそう思ってくれるかは別問題だし。
ただ、それで恨まれるのかというと……
『そこまで酷いことをしたつもりはないんだけどなぁ』
しかしながら、受け止め方は人それぞれだ。
冗談の通じない人なんかは俺に対する当たりが強い。
だから嫌っている人がいないとは言えない。
『そういや先輩に庇ってもらったこともあったなぁ』
考えれば考えるほど落ち込んでいきそうだ。
「そうじゃないと思うよ」
ハルさんは否定してくれるけど反省が必要な気がしてきた。
「トモさんが浄化してきたのと同等の呪いなんて滅多に発生しないって」
「え? 俺、また呪われたんじゃないの?」
「それはないよ」
ハルさんが苦笑している。
「もし、そうならエリーゼ様が連絡を入れてきて対処することになるって」
「あ……」
言われてみれば、その通り。
呪いじゃないなら何だというのか。
見当がつけられなくなってきた。
「もっと現実的な敵がいるってことだよ」
「現実的な敵?」
「思い当たる節はなさそうだから逆恨みの類いだと思うけどね」
「うへぇ、そんな奴がいたかな……」
考えるだけでウンザリでゲンナリだ。
たぶん同業者じゃない。
関係者でもない気がする。
『何となくだけど……』
具体的に誰かと問われると答えることはできないのだが。
それと、もうひとつ疑問がある。
「呪いじゃないとしたら、どう妨害するんだい?」
「経済的に圧力をかける」
「……どんな金持ちだよ!?」
ハルさんの突拍子もない返答に、俺はワンテンポ遅れてツッコミを入れていた。
「どんなって、居ただろ。
交通事故の示談相手」
「っ!?」
一瞬、言葉を失った。
確かに9桁の慰謝料を示談金として強引にねじ込んできた。
『親が、ね』
娘の経歴に傷をつける訳にはいかないから円満解決にしてくれと言われたのだ。
そんな金額をポンと払う相手の気が知れなかったが、向こうは本気だった。
弁護士が出てきて和解しますという内容の書類にサインしたからな。
ハルさんには、事故関連のことはちゃんと説明したつもりだったんだけど。
「ちょっと考えにくいよ、それ」
そこを疑うとは思わなかったから反論する。
「金を払った相手じゃないよ」
「え?」
じゃあ、誰なんだと俺は混乱した。
読んでくれてありがとう。
 




