506 @純田朋克:初めての夫婦喧嘩
『高をくくったのが良くなかったか』
リハビリ完了前に動き始めてラジオでゲスト出演し復活をアピールしたんだが。
『あちこちで純田朋克は間もなく復活しますって言って回ったのが懐かしい』
リスナーからは番組宛のメールで[頑張れ]とか応援してもらえたのに仕事がない。
かれこれ半年以上になるので目覚めてから1年以上経過している。
昏睡状態に陥ってからだと2年だ。
『間が空きすぎたんだろうか』
分からない。
『飽きられたとかじゃないよな』
だとしたら凄く恐ろしい。
嫌われたというよりはマシだが五十歩百歩かもしれない。
『どうしたらいいんだあああぁぁぁぁぁぁ!』
頭を抱え込みながら身悶えする。
急にそんなことをされると傍目には「大丈夫か、コイツ」と思われるのだろうが。
自室で1人きりなので気にする必要はない。
気にすることはないが、ふと虚しくはなる。
「……………」
考えても結論が出ないのでルベルスに帰還することにした。
しばらくは自動人形に生活させておくしかないだろう。
『これでオーディションとか通ってたら泣けるな』
俺より優秀って言われているみたいでさ。
そんなことはあり得ないんだけど。
俺の体に蓄積されたデータをコピーして稼働しているから。
『もし合格していたら運が良かったと思えばいいんだよ』
自分にそう言い聞かせて俺は幽体離脱した。
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「へー、オーディションがことごとく受からないのか」
ハルさんは意外だと言わんばかりである。
「えー、トモさん仕事ないのぉ?」
マイカも驚いている。
言葉はないがミズキもだ。
俺の姉たちは弟思いだね。
だが、付き合いの長さで言えばハルさんよりも短いのだ。
17才の姉弟なのに変な話だが転生した身だからしょうがない。
ハルさんも飛賀くんだった頃に俺と知り合ったことは誰にも言ってなかったようだ。
本人は認めないだろうけど、向こうの職業を考慮して気を遣ってくれているね。
なんにせよ新しい姉は付き合いがまだ短いのに本当の家族のように心配してくれる。
ちょっと愚痴らせてもらっただけなのに。
いつの間にか相談タイムになっていた。
ただ、この会話に付いて来られない者もいる。
我が妻フェルトさんだ。
「えっ? え? どういうことですか?」
このようにさっぱり訳が分からないといった様子である。
セールマールの世界の常識がないとそんなものだ。
蚊帳の外に放置というのも忍びないのだが……
『説明するだけで何日かかるんだろうな』
情報を伝えるだけなら部分的に絞って数時間で済ませることもできるかもしれない。
しかしながら、それでは概念を理解できるとは思えない訳で。
『うーん、困った』
どうしたものかと悩み始めた俺を見たハルさんがニヤリと笑った。
「優しいよな、トモさんは」
「な、なんだよ、藪から棒に」
「いやー、愛する妻を除け者にしたくないという気持ちに感動していたのだよ」
「いやいやいやいやいや、何かな何かな何を言い出すのかな」
人はそれを照れ隠しと言う。
そんな状態であることに自分で気付かぬまま俺は喋りのマシンガンと化していた。
「落ち着けよ、トモさん」
俺の慌てっぷりに苦笑を禁じ得ないようだ。
ハルさんだけじゃなく皆も。
頭上から蒸気が出ているんじゃないかと錯覚するくらい顔が熱く感じる。
おそらく真っ赤っかなんだろう。
「うへー」
『恥ずかしくて堪らんな』
実に居心地が悪い。
自分の体が収縮していくかのようだ。
「そんなトモさんに助け船があるんだけどね」
「え?」
「魔法で知識を伝達する方法があるじゃないか」
「あー」
確かクイックメモライズと改良版のタフメモライズがあった。
「でも、それって……」
クイックメモライズは情報量が多いと頭が割れるような痛みを伴うんだよな。
痛みをリムーブペインで取り除いても酷い乗り物酔いのような状態になるはず。
改良版のタフメモライズも欠点を緩和はしているが完全ではないと聞いている。
『俺が魔法を受けるなら躊躇いはしないんだが……』
ちらりと横目でフェルトを見た。
「私なら大丈夫です。
レベルが上がれば状態異常に対する耐性も上がるじゃないですか」
「いや、そうなんだけどさ」
未体験の魔法だから、どれ程の痛みになるかとかが分からないんだよな。
『そんなのでフェルトの顔を苦痛に歪めさせたりなんてできねえよ』
「私はトモさんの、夫の支えになりたいです」
真顔でそんなこと言われると凄く恥ずかしい。
『嬉しくもあるけどな』
思わず、にやけそうになった。
フェルトの次の言葉を聞いた瞬間には、そんな余裕はなくなってしまうのだが。
「今の弱っている夫の姿は痛々しくて見ていたくはありません」
『え─────っ!?』
ちょっと愚痴らせてもらっただけで、そんな風に感じているとは想定外だ。
しかもフェルトの表情は沈痛そのもの。
口調は静かで落ち着いている。
が、必死でハルさんに訴えているのが分かった。
『あわわわわわわわわ』
焦って考えがまとまらない。
「いえいえ、待ちたまえよ」
とにかくフェルトを止めなくてはと声を掛けたら言葉が変になった。
俺としては「いやいや、待ってくれ」と言いたかったのだが。
変な言葉遣いになったせいか皆の注目を集めてしまう。
フェルトの懇願も中断された。
『何が幸いするか分かったものではないな』
とにかくフェルトを説得にかかる。
「早まってはいけない。
俺はそこまで弱っているつもりはないぞ」
断じて弱ってなどいない。
「ですが!」
説得しようとしたら強い口調で止められてしまった。
『うおっ』
フェルトの目力に思わず仰け反ってしまう。
『怖えー』
はっきり言って気圧された状態だ。
こんなのは川代深月さんに絶交されたとき以来である。
『あれは辛かった』
許してもらうまで針のムシロ状態だったからな。
『冷ややかな目で見られてさ。
最っ高にゾクゾクするんだぜ。
俺、そっちの気ないのにMに目覚めるかと思ったよ』
原因は湯木葵さんに言った冗談を逆手に取られ報告されたことなんだが。
世に言う「子供師匠の御主人様事件」である。
口は災いの元とはよく言ったものだ。
『とにかく、あれは修羅場だった』
あの時に匹敵するの圧を感じている。
見えない暴風に晒されているかのようだ。
無防備な心のままだと留まれない。
『だが、退く訳にはいかんのだよ!』
俺も強い力を両目に込めて訴えんとする。
真剣な睨めっこの状態になってしまった。
お互いにお互いを思い合うが故に。
このままだと夫婦喧嘩になってしまいそうだ。
喧嘩はしたくない。
ならば俺が折れるしかない状況なのだろう。
しかしながら、そうするとフェルトが痛みか吐き気で苦しむことになりかねない。
引くに引けないというやつだ。
『こんなことで喧嘩したくないよぉ』
したくないけど互いに怖い顔での睨み合いが続く。
「はい、そこまで~」
ガクッ。
やけに間延びした調子で止められたお陰で見事にズッコケた。
声の主はハルさんだ。
抗議しようとした瞬間に魔法がかけられた。
抵抗する余地がない。
元からハルさんの魔法能力は圧倒的だけど、今回はそれじゃなかった。
一瞬の隙を突かれた形だ。
『こんなやり方もあるのか』
気を付けないとレベルが半分の相手にさえ足をすくわれかねない。
勉強になった。
こういう魔法の使い方があるということ。
そして新魔法の詳細。
それが一瞬で流れ込んできた。
クイックメモライズやタフメモライズに類するものだが別物だ。
『マジか、まるで痛くないぞ』
従来のメモライズ系は細い穴から無理やり情報を押し出している。
言うなれば高圧洗浄機のようなものだ。
扱う情報量によっては物の切断に使われるウォータージェットに近いかもしれない。
これが痛みの原因である。
『ウォータージェットだと痛いでは済まないけどな』
あくまでイメージの問題だ。
対して新魔法マルチプルメモライズは情報の押し出しに使われる圧は同じ。
が、出口が無数にあることで圧力は分散する。
必然的に勢いは弱まる訳だ。
受ける側の負担も減ることになるのは大きなメリットである。
情報を分割した上で同時に発送。
それが完了すると情報が受信先で元の形に戻る。
『便利は便利なんだがなぁ』
致命的とも言える欠点がある。
使用可能になる条件が厳しいのだ。
レベル200以上が必要ということで俺は脱落決定。
せっかくの新魔法だし、俺の手でフェルトに説明したいと思っていたんだけどね。
もちろん、条件はこれだけじゃない。
【並列処理】と【魔導の極み】のカンストだ。
呪いと戦ったお陰で前者だけならクリアしているんだけど実に惜しい。
不幸中の幸いというか魔法を使う者以外の記憶も流すことができる。
という訳で、俺とフェルトの間に入って手をつなぐことになった。
そうしないと記憶を流せないからだ。
『それはいいのだが、何故にこの両名が?』
気が付けばミズキとマイカの姉たちまで手をつなぐ気になっている。
「皆の記憶とまとめて渡せば、向こうの常識も漏れが少ないじゃないの」
言われてみれば納得の理由であった。
「じゃあ頼むよ」
「了解」
ハルさんが再びマルチプルメモライズの魔法を使った。
読んでくれてありがとう。




