493 ハルト静かに怒る
遅くなりました。
すみません。
『あー、酷い目にあった』
昼食休憩が休憩じゃなくなったのには参ったよ。
え? なぜかって?
集られたからに決まってる。
ゴードンがカレーライス。
髭爺がオムライス。
『おかわりまでしやがって』
最初は断ったが見苦しい駄々までこねやがったからな。
「嫌じゃん、嫌じゃん!
食べさせてくんなきゃ嫌じゃん!!」
そんな風に喚きながら寝っ転がってバタバタ暴れる始末だったからな。
欲しい玩具を買ってもらえずに泣き喚く幼児レベルだろ。
誰かは問うまでもないよな。
そうだよ、髭爺だよ。
あとゴードンもだ。
「後生だから食わせてくれい!」
とか言いながら懇願してきやがった。
至近距離で唾飛ばし攻撃のオプション付きでな。
もちろん毎度のごとく理力魔法でシャットアウトしてるけど嫌なものは嫌だ。
『ウンザリだぜ』
俺が迂闊だって?
それは認めるさ。
だがな、いい年したジジイが良識の欠片もない駄々っ子になるとか誰が予想するよ。
泣く子と地頭には勝てぬと言うが、この両名はどちらでもないだろ。
あえて言うなら泣く子の方か。
『むさすぎる子供だがな』
食べっぷりも開いた口が塞がらなかったし。
ひとことで言えば、ザ・ガッツ食い。
上品に食えとは言わないが酷すぎる。
思わず「欠食児童かよ」なんてツッコミ入れるところだったさ。
『忘れよう』
これはもう既に黒歴史だ。
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昼休憩の後も先を急ぐ。
最短距離で次の階層へとやって来た。
この階層からはベテラン冒険者のパーティでも油断はできない。
一般にソロでは対応が困難と言われる魔物が出てくるからだ。
その代表格が熊の体に猪の頭を持つベアボアだろう。
ワンボックスカー並みの大きさは威圧感たっぷりだ。
そいつとダンジョンの通路上で遭遇した。
即座に戦闘になる。
「ワシに任せろ」
午前中は一度も戦うことがなかったゴードンが1歩前に出る。
向こうは威嚇のつもりか2本脚で立ち上がって「ゴア─────ッ!」と吠えた。
対するゴードンはベアボアを睨みつけ、ゆっくりと姿勢を落としていく。
体を縮めてダッシュの構えを見せた。
それを見たベアボアはゴードンの殺気を感じたのだろう。
威嚇をやめて4本脚の状態に戻った。
グッと体を縮めたかと思うと次の瞬間には、こちらに向けてダッシュ。
巨体に似合わぬ素早さで突っ込んでくる。
「うおぉあぁっ!」
対するゴードンもベアボアに向かって低い姿勢で飛び込んでいった。
「ふんぬぅ!」
そしてショルダータックルを猪面にぶちかます。
「プギ─────ッ!」
まるで豚のような悲鳴。
怒ったときなどの咆哮とはまるで違っていた。
『頭が猪そっくりだけなことはあるのか』
殿で見学モードの俺は妙なことで感心してしまった。
まあ、猪の鳴き声なんて知らないんだけど。
魔物だから外見通りの鳴き声とは限らないしな。
『それにしても相打ちか』
衝突した結果、互いに弾かれた訳だが。
これが並みの冒険者なら弾き飛ばされているはず。
即死するかどうかは、そいつ次第か。
少なくとも腕が使い物にならなくなることは確定的ではある。
まあ、ゴードンはそういうことにはなっていないが。
無意識で身体強化の魔法を使っているからな。
『一応は人間離れしていると言えるのか』
ボリュームゾーンは軽く突破しているだけのことはある。
ベアボアを弾き飛ばすだけの力はなかったようだが。
それでも突進の勢いは完全に殺して見せた。
バランスを崩して倒れ込むベアボア。
ゴードンも倒れるのかと思ったのだが。
「ぬぅおりゃぁぁぁっ!」
目一杯、脚を広げてギリギリで踏ん張っていた。
そして無理な姿勢から立て直す。
いちいち煩いのには既に慣れてしまった。
「おおぉぉぉあああぁぁぁぁっ!」
いや、訂正する。
『やっぱ慣れられないわ』
スゲー煩い。
無駄としか言いようのない掛け声と共にゴードンは振り上げた踵を落とす。
ブルブル震えながら立ち上がろうとするベアボアに向かって。
眉間に向かって繰り出された踵がヒット。
ベアボアはビクリと痙攣し、そして動かなくなった。
「フハハ、見たか」
自慢げにガッツポーズをする。
「あー、ハイハイ」
そう言いながら、ぞんざいな拍手で応じるのは髭爺だ。
「あぁん?」
ゴードンの眉間に皺が寄る。
「テメエ、喧嘩売ってんのか?」
「どのあたりが喧嘩を売っているように見えるんじゃ、んん?」
『全部だろ』
髭爺の態度はどう見たって小馬鹿にしてるからな。
表情からしてヘラヘラしてるし。
ゴードンにしたって本気で怒っているようには見えない。
「んだとぉ、ゴルァ!」
「んー、やるかぁ?」
なのに売り言葉に買い言葉状態である。
この両名、刺激を求めて喧嘩を売っている節がある。
魔物に歯ごたえがないからか。
確かに無傷で今いる階層まで下りてきたしな。
緊張の糸が緩んでスリルを求めているのだろう。
『ダンジョンを舐めてるな』
第一線から退いていた弊害なのだろう。
実力はあっても現場の空気を忘れてしまっている。
現役でコンスタントに潜っているなら、こうまで巫山戯た真似はすまい。
ダンジョンの外で野良の魔物を相手にするのとは違うのだ。
逃げ場所は限られている。
脱出する必要性に迫られた場合は地上まで戻らないといけないのだ。
一瞬でダンジョンの外へと脱出できるような便利アイテムは、この世界にはない。
『今度つくって格安で売ってみるか』
飢饉対策で動き回っているときみたいな閉じ込め対策にもなるし。
ダンジョン限定の脱出アイテムであるとしておけばコストもかからない。
『いま考えるべきは、そういうことじゃないな』
まずは止めておかないと。
「はい、そこまでだ」
2人の間に入って止めに入る。
仲良く喧嘩の真似事なんかさせている訳にはいかない。
古いアニメの猫とネズミじゃあるまいし。
本気で喧嘩をする気がないなら帰ってからにしろっての。
「寝ぼけてんのか?
どちらも緊張感がなさ過ぎだ」
「そんなことはないぞ」
「油断はしとらんわい」
「よく言うぜ。
ここがダンジョンの中ってことを忘れてるじゃないか。
その証拠に、俺が割って入ってもまともな反応ができなかったじゃないか」
「いや、それは……」
「そういう訳では……」
苦し紛れの言い訳すら出ないことが、すべてを物語っている。
「言い訳するつもりなら帰るか?」
「それは困る!」
ゴードンだけ必死の形相になっていた。
髭爺はというと……
『汚えな』
人差し指を鼻の穴に突っ込んでやがる。
いわゆる鼻ほじだ。
「汚え真似してんじゃねえよ」
「おや、これは失敬」
指を抜いて懐から出した手ぬぐいで拭う。
「……………」
そこだけ上品ぶっても意味はないな。
まあ、ゴードンに対する当てつけというか挑発だからな。
本当に子供だ。
「いい加減にしろよ」
髭爺を睨みつける。
それくらいで動じる奴ではないので、軽く殺気立っておく。
【気力制御】で髭爺にだけ届くようにコントロールした。
「俺のいる前で随分とふざけた態度を取ってくれるじゃないか」
更にもう1段、殺気を上乗せする。
髭爺が口を開きかけたのを封じるためだ。
『言い訳などさせるものかよ』
「思えばダンジョンに入ったときから舐めた態度だったな」
強制的に黙らせた髭爺は脂汗を浮かせていた。
「旧知のゴードン相手だからと放置してたが調子に乗りすぎだ」
顔色も次第に悪くなっていく。
「午前中はふて腐れるし。
飯を食った後は嫌みの連続か?
そういうのはゴードンと2人だけのときにしろや」
涙目でガクガク頷いている。
ここで殺気は解除した。
『やり過ぎて、ちびられても困るしな』
そうは思ったがヘナヘナと腰を抜かされたんじゃ休むしかない。
『やってられねえ』
この調子だと帰るのは想定していたより遅くなる。
それについて怒るのは八つ当たりに等しいだろうから我慢するしかないんだが。
「やる気がないなら帰れ。
俺たちは帰らんがな」
今度はブルブルと首を振った。
殺気の影響がまだ残っているようだ。
『まともに喋ることもできないか』
些かやり過ぎたようである。
『やれやれ……』
マジで帰るのが遅くなりそうだ。
読んでくれてありがとう。




