492 ダンジョンで昼食を(飯テロとも言う)
遅くなりました。
すみません。
「その部屋で昼飯な」
さすがに今度は髭爺も反対はしなかった。
『まったく面倒くせえ爺さんだぜ』
むさいジジイ2人と連れだってダンジョン内の小部屋に入っていく。
扉を閉じると密室だ。
これで6畳一間くらいの部屋だったら息苦しく感じたことだろう。
不幸中の幸いというかテニスコートほどの広さはあったので圧迫感は薄い。
チームワークなどとは無縁の組み合わせなので散らばって座る。
それぞれが昼飯の用意を始めるのは当然のことと言えた。
可愛げのないジジイどもと固まって昼食なんてとりたいと思わないからな。
『ダンジョンで昼食を、なんてな』
駄洒落だ。
そんな下らないことを考えないとテンションが維持できない。
『はやく終わらせて帰りたいなぁ』
昼食休憩の時点でこれである。
それだけ髭爺に振り回されたのがストレスになっているという訳だ。
『次は絶対に付き合わねえぞ』
まあ、ゴードンはこのダンジョン攻略が終われば帰るんだけど。
髭爺はこれからだしな。
油断はできない。
ちなみに駄洒落の元ネタは古い洋画のタイトルである。
名女優が冒頭のシーンでショーウィンドウを見ながらテイクアウトの朝食を口にする。
あれは都会の洗練された街中で美女がやるから様になるんだよな。
ダンジョン内の陰気くさい場所で保存食を齧っても絵になるはずがない。
『あー、なんか馬鹿馬鹿しくなってきた』
保存食を口にしかけて仕舞い込む。
『銘々で勝手にやってるんだ。
ゴードンや髭爺に付き合う必要もないだろ』
溜まったストレスを食事で発散するべく食べたいものを食べることにした。
『さて、何を食べようか』
脳内スマホの倉庫管理アプリを使って倉庫内のリストをチェックしていく。
条件をつけて検索すれば、それなりに絞られる。
今回の条件は米を使ったメニューだ。
曖昧すぎる?
それでいい。
選択肢の幅が拡がるからな。
それに粉ものや麺類は除外されるから意外に絞られるんだぜ。
加えてアプリが俺の好みを反映しつつランダムに表示してくれるからハズレが少ない。
『まずはカレーライスか』
1番目に表示されたのが俺の大好物とか脳内スマホも分かってるじゃないか。
分かっているのは脳内スマホの方か。
というよりランダムで選ばれた結果だ。
ただの偶然である。
『……どっちでもいいな』
とにかく最初に選ばれたのがカレーライスである。
『しばらく食べてなかったからなぁ』
絶妙のチョイスと言える。
想像するだけで食欲をそそるもんな。
御飯の甘みとルーのピリッとした辛さ。
人参、ジャガイモ、タマネギの食感や味も俺を飽きさせない。
そして何より肉の旨味と歯ごたえのハーモニーを忘れてはいけない。
カレーの風味で強化されたそれは最強だ。
何がどう最強なのか俺にもよく分からんが、とにかく最強だ。
しかしながら最強であるが故に悩ましいことがある。
『ビーフかポークか、それが問題だ』
ん? 最強はひとつだけだって?
ケチくさいことを言ってはいけない。
最高に旨ければみんな最強なのだ。
そして大事なことを忘れている。
『チキンも捨てがたいよな』
軟らかい肉とカリッカリに焼けた皮のコラボレーション。
想像するだけで至福の時を味わえる。
トリップしそうになってふと我に返る。
『いやいや、カレーに肉は定番だがシーフードも忘れてはいかんな』
その時の気分によってはエビやイカなどで味わいたくなるものだ。
とはいえ、今日のカレーは肉って感じかな。
魚介を食べるなら他のメニューだろう。
海鮮丼とかな。
とにかく今はカレーで肉マシマシだ。
『とするとカツカレーなんていいかもな』
よし、第1候補はカツカレーで決定。
さっさと食べろって?
冗談ではない。
そんな簡単に決めてしまっては勿体ないではないか。
『次は、にぎり寿司か』
酢飯のほのかな香りもまた素晴らしい。
カレーのように食べる前から脳髄を刺激することはないけれど。
口の中を引き締める酢の上品な香りは決してカレーに劣るものではない。
単に方向性が違うだけだ。
そして噛みしめたときに鼻を抜けるワサビの香りがアクセントになっている。
その上に乗るネタが変われば味も食感もまるで違ってくる。
マグロ、エビ、イカ、タコ、卵。
『ちょっと安めのネタばかりだな』
だが、俺にとっては定番だ。
逆にトロやえんがわは、あまり好きではない。
脂の具合が俺にとってはもうひとつなんだよな。
似たような理由でサーモンも回避する。
そのあたりに手を出すならウナギの方がマシかな。
当日の気分しだいで頼まないときもある。
ウナギよりは穴子を選ぶかな。
もしくはウニやいくらの軍艦あたり。
『だけど、そんなにガバガバ食べるものじゃないよなぁ』
嫌いじゃないけど。
そしてバッテラ、ハマチ、鯛、鉄火巻き……
他にも色々あるけれど。
今回、最初に食べるとするなら、しめ鯖かな。
酢の香りがすっと鼻に抜ける感じを、まずは味わいたい。
そこから先は気の向くままに引っ張り出しながらと言いたいが、目撃されると面倒だ。
順番はともかくネタを何にするかは先に決めておかないといけないだろう。
『うわー、一気にスーパーのパック寿司くさくなってしまった』
正直に言うと萎える。
日本じゃ割と利用していただけにね。
嫌いと言うほどではないんだが弁当くさく感じるんでね。
辛気くさいというか。
勤めていたときのことを思い出してしまうからダメなのだ。
『弁当でぼっち飯とかね』
いま思い出したいことではない。
『却下、不採用だな』
逆にゴードンたちの目がない晩飯は寿司にしよう。
『ぜってー晩飯を用意するような時間までに帰るかんな』
さて、次だ。
『カレーで寿司と来て……
次がパエリアとは意外だな』
確かスペインの方の料理だっけ。
まあ、食べないから気にしても始まらん。
嫌いって訳じゃない。
単純に気分じゃないだけだ。
『次はオムライスか』
まずはチキンライスから作る必要があるな。
家庭で作るときに失敗しやすいのはケチャップの分量か。
入れすぎでベチャッとしてしまうのは失敗の典型例だ。
濃厚な味にしたくて入れすぎてしまう。
でも、家のコンロじゃ火力が小さいからね。
どうしても濃厚な味にしたいなら電子レンジを使うといい。
ケチャップの水分を先に飛ばしておけば、後は特に問題にならない。
チャーハンを作る腕前があればチキンライスを失敗するはずがないのだ。
甘くて、それでいて何処かスパイシーなチキンライス。
しかしながらそれだけでは完結しない。
口に運んだ瞬間にフワッとした感触が口の中に拡がる。
甘く香る卵。
至高のフワトロを演出してくれる。
『フワトロの卵はオムライスの魂だな』
クレープのように薄く広げた卵で包むのは好きじゃないのだ。
あれはあれで技術が必要になるけどな。
プルンとしたオムレツを作る方がより難しいというだけだ。
大抵は火加減で失敗して卵焼きの出来損ないを作ってしまうからな。
難易度は高い。
表面は柔らかい中身を包み込むために一定の堅さが必要になる。
だが、それを意識すると中身まで火が通ってカチカチになってしまう。
丁度いい状態を作り出すのは火加減だ。
徹底して弱火である。
『少しでも強いと失敗するからなぁ』
日本人だった頃の俺も確実に作れるようになるまで随分と失敗したものだ。
そしてオムレツを作るのに成功しても油断はできない。
オムレツの置き場所がズレてオムレツが崩れるなんてこともあるからな。
ドッキングに失敗すれば元の木阿弥。
だから形を整えたチキンライスの上に乗せるときは繊細にコントロールする。
無造作にやって何度か失敗してきたからな。
上手く乗せられれば、後はプレーンオムレツを横一文字に切り開くのみ。
チキンライスの形状しだいではパカッと割れた直後に雪崩を起こすように拡がるらしい。
生憎と俺は成功させたことがない。
『オムレツの仕上がり具合も完璧でないとダメだからな』
まあ、今ならその気になるだけで成功するだろうけど。
卵の甘い食感とチキンライスの絶妙のハーモニーを思い出す。
酸味の利いたケチャップの風味は想像するだけで食欲をそそる。
ただそれだけで口の中に幸せが拡がっていく。
『そういやオムライスはしばらく食ってないな』
よし、第2候補に決定。
『このぐらいにしておくか』
どちらを食うか検討しないといけないし。
『カレーとオムライスか』
どちらも甲乙つけがたい。
『実に悩ましい選択だな』
こんなことで悩むなら両方にするか。
『カレーは別腹って言うしな』
聞いたことがない。
それは甘いものである。
まあ、俺の中ではスイーツよりカレーの方が順位は上という証拠だ。
とにかくポーチ経由で倉庫から両方を引っ張り出す。
作り置きが出来たての状態で引っ張り出せるのは最高だな。
冷たいものなら冷蔵庫に入れておけばしばらくは保つが、温かい料理はそうはいかない。
『亜空間倉庫様々だよ』
そんなことはさておき俺を悩ませることがひとつ。
『どちらから食べるか、それが問題だ』
一方を食べている間にもう一方が冷めてしまう。
片方を食べ終わるまで倉庫に仕舞っておけ?
却下だ、却下。
せっかく両方を同時に食べるという魅力が半減してしまうじゃないか。
かといって二刀流で食べるのはさすがに下品だしな。
『そっか、交互に食べればいいんだよ』
どちらが先かで悩む前に俺はスプーンを動かしていた。
匂いの刺激にクラクラしてたからな。
とりあえず旨かったとだけ言っておこう。
読んでくれてありがとう。




