483 あれから1ヶ月
参観日から1ヶ月が経過した。
その間にダンジョン担当組は各地を巡って順調に経験を積んでいる。
経験と言ってもレベルに関連する方ではない。
ダンジョン内における冒険者としての方だな。
作法というかマナーのようなものも含まれる。
そういうのはベテランパーティの動きを密かに観察して吸収させてもらった。
もちろん一つだけではなく複数のパーティで確認したさ。
そのパーティ独自のやり方とかあるといかんからな。
まあ、そういう心配は杞憂だったけど。
戦法とか陣形は独自性があったけど他は基本に忠実だったからだ。
ベテランほど基本を大事にするってことだな。
そこに個人のレベルとかはあまり関係なさそうなのも確認済みである。
平均レベルが20台後半で伸び悩んでいるパーティなんかもいたから間違いないだろう。
彼等はなかなか印象的だったな。
特に腐ることもなく淡々としていたのが印象的だ。
決して無理をせず、すべきことを確実にこなす職人集団。
こういう人材は好ましいんだよね。
浅い階層で定期的に魔物を間引いてくれるからさ。
しかも休みにしているはずの日も依頼を受けていたりすることがある。
初心者が疎かにしがちな雑用系の仕事だ。
提示される依頼が多くて誰もが嫌がるようなのが残ったりするんだけど。
そういうのは残飯依頼と呼ばれてたな。
言い方が悪いことからも分かるだろうけど、それだけ皆から避けられている訳だ。
赤や白などのランクのため雑用系の依頼を受けるしかない初心者からも回避される。
その上のランクの人間だって受けるはずはないよな。
そういう残飯依頼を率先して受けているのだ。
もちろん無理のない範囲でだけど。
嫌な顔ひとつせずに黙々と働いている姿は眩しかったね。
もちろんローズにチェックしてもらった。
裏はないってさ。
貴重な人材である。
故にその地域のダンジョンを担当していた組に声だけ掛けてもらっておいた。
『俺が行くと目立つんだよなぁ』
あちこちで賢者として何故か目立ってしまったから。
ちょっと不良パーティとのいざこざを鉄拳制裁したりだとか。
ちょっと初心者パーティのピンチを助けたりしただけなのにさ。
『……………』
うん、充分に目立ってるな。
とにかく間接的にだけど生真面目なパーティとの知己を得た。
スカウトはしていない。
地元で必要とされているからね。
だからといってエース級の強さがある訳じゃない。
何かしらのノウハウがあってダンジョンでの活躍がめざましい訳でもない。
本当に地道なのだ。
だから彼等が全滅したとしても街の存続が危うくなったりはしない。
それでも若手からは慕われ中堅やベテランからは信頼されている。
街では地元密着の活動をしていることから住人の評判も良い。
いなくなれば困る人もいる。
中には売名行為だのなんだのという輩もいるが。
そういう連中は誰からも相手にされないのだけれど。
だから悪い噂なども聞こえてこない訳で。
たかがボリュームゾーンの1パーティと侮ることができない存在感があるのだ。
『そういう相手に強引な勧誘をするのは良くないだろ』
彼等が大事にしている地元を離れたがるとは思えないし。
だから本当に声掛けした程度だ。
困ったことがあれば相談に乗るとか言ってさ。
その際に自分たちのホームがジェダイトシティになるとは伝えたけどね。
でないと連絡先すら分からなくなるし。
「本当に良いのか?」
その返事がこれだ。
そう聞いてきたリーダーだけでなくパーティメンバー全員が困惑気味だった。
困惑する理由は揉め事の仲裁を失敗しかけていたところを助けられたからだろう。
助けてもらった上に、そんな風に声を掛けられるとは思わなかったと言いたげだ。
強引に横槍を入れる形で喧嘩腰の連中を鎮圧しただけだがな。
やったのは俺じゃない。
その場にいなかったからね。
声掛けを頼んだので自動人形で様子は見ていたけど。
ちなみに揉め事は良くあるパターンのひとつだった。
余所者の不良冒険者が地元の新人たちの獲物を横取りしたというものである。
こういう連中は話し合いなんて端っからする気がない。
常識がないからな。
だから、うちの面子に力尽くで潰させた。
仲裁していたベテラン組も薄々は話し合いでは終わらないと感じていたらしい。
パワーバランス的には互角のようだったので介入しなければ被害が出ていただろう。
それを理解しているのか不良どもを沈めたら礼を言ってきたので声を掛けた訳だ。
まあ、うちの面子にはそうなるようにしてもらった訳だけど。
自然に話ができるようにね。
たまたまこの地域を担当していた組にドワーフがいたのも都合が良かった。
ジェダイトシティをホームにするという話に信憑性を持たせられただろうからな。
元戦闘奴隷組だけの面子だったら苦しい言い訳っぽい説明になっていたと思う。
「遠慮することはない」
リーダーの困惑を気にする風でもなくうちのドワーフが答える。
「ここ何日かでアンタらの人となりを見た上で言ってる。
この眠らせた馬鹿どもなら死んでもそんなことは言わんさ」
「しかしアンタたちには借りができてしまった。
返す前からそんな風に言ってもらうのは気が引けるんだが……」
「この程度を貸しだとは思わんぞ」
「いや、そういう訳にはいかんよ」
困ったようにリーダーが言えば、仲間たちも同意して頷いている。
自動人形を介して見ていた俺は苦笑させられたさ。
『頼まれてもいないのに勝手に介入させたんだけどなぁ』
それで借りを作ったと思ってしまうなど、お人好しすぎるだろ。
詐欺師に騙されやすそうだ。
そして問題があると最後まで自分たちで解決しようとして泥沼にはまるタイプ。
こういう相手は逃げ道が必要なんだが、交渉役はうちのドワーフくんだ。
俺は最初に指示を出したきりで見ているだけである。
ちょっとばかりヤキモキはさせられたが上手くやってくれた。
「そんなに言うなら後で酒の1杯でも奢ってくれるか」
「お、おお、そんなことでいいなら」
相手が些かビビり気味である。
おそらくドワーフが大酒飲みという知識があるからだろう。
人の奢りで遠慮もせずに飲み倒すほど厚顔無恥ではないけどね。
「だが、ドワーフが酒を奢られてそのままという訳にもいかん。
機会があればジェダイトシティに顔を見せに来るといい。
その時はとびっきり上等の酒を用意しよう」
ドワーフくんの言葉に何人かはゴクリと唾を飲んだ。
酒好きがお勧めする酒だからな。
それに影響されてか「是非とも行く」とか言い出す程である。
リーダーもそれに押し切られる形となった。
真面目な人間の中にも飲兵衛はいるということだな。
そんな感じで声掛けは一応の成功を見た。
以後は、特に変わったこともなかったと思う。
そうそう大きなイベントがある訳でもない。
普通のパーティと交流して知己を広げていったくらいだ。
こういうのは後で地味に効いてくる。
特に人を集めたい時なんかはな。
ジェダイトシティのダンジョンのことが口コミで徐々に拡がっていくはずだ。
それらをリアルタイムで確認することはできなかったけれど。
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さて、肝心のダンジョンがどうなったか。
急激に変化はしなかったが、徐々に力を増していくのは分かった。
「俺の読みだと浅い層に魔物が来るようになるのも時間の問題だ」
「早いと、どのくらいでしょうか」
ガブローが聞いてくる。
「1週間だな。
遅くても1ヶ月以内だろ」
「それでは新市街を本格稼働させます」
「気が早くないか?」
「いえ、稼働を想定した訓練に時間を取られすぎました。
前々からこうだったと部外者に思わせるには遅いくらいです」
「あー、じゃあ本国の方へ連絡入れて人を集めるか」
「それっぽく演じてもらう訳ですか」
こういう時のガブローは勘がいい。
俺の意図を即座に読んだ。
「正解だ」
「そこまで凝る必要はないと思うのですが」
そう言いながら苦笑している。
「リハーサルだよ」
「りはーさる?」
ルベルスの世界にはない単語だったようだ。
「予行演習のことだ」
「ああ、そうなんですね。
本番を想定して動くつもりでしたが、それは助かります」
「人がいるといないじゃ大違いだからな」
「練習では苦労させられたようです」
「そりゃ、スマン。
もっと早めに手配しておくべきだったな」
「いえ、1週間もあれば大丈夫です」
ガブローは豪語してみせた。
この男は口先だけじゃないから安心して任せられる。
「じゃあ、明日からな。
メールで連絡を入れておいた」
「……早いですね」
「まあな」
なんにせよ転送門を通じて行き来はあるので、新たに準備する必要はない。
行き来する人数が少し増えるだけだ。
「じゃあ、残る問題は冒険者ギルドですか」
「商人ギルドもな」
「あ、そちらでしたらシャーリーさんがもう準備を始めてますよ」
『はあっ!?』
危うく取り乱すところだった。
なんとか【ポーカーフェイス】で流すことに成功。
『マジで来てるのか……』
まあ、シャーリーなら自力でどうにかするだろう。
「それなら冒険者ギルドだけだな」
「そちらも研修から帰ってきた面子が準備を進めてます」
「ギルド長はどうするんだ?」
「それが問題なんですよね」
などと言う割には報告が入っていない。
「余剰人員がいないから研修生を仕切っていた1人に任せると言われました」
うちの面子でまかなえということらしい。
『要するに人手不足なんだな』
もしくは、こちらのダンジョンの規模を理解していないかだ。
「……変なのが来るよりマシだと思うしかないな」
新人マスターになる人間にはフォローを入れておかないと。
「そうですね。
本部から一時的にギルド長をフォローする者が来るとの連絡は受けましたが」
「誰だか分かるか?」
「名前は確かブラドだったかと」
暴風のブラド、あのジジイかよっ。
読んでくれてありがとう。




