478 明日から働く予定
修正しました。
解説 → 開設
アーキンの爺さんとこの宿屋に辿り着いた時はもう何もしたくない心境だった。
いつもの部屋でベッドにダイブ。
「とつげきニャー」
「「「「おー」」」」
子供組が後を追うようにダイブしてきた。
「うぐっ」
次々と覆い被さってこられる。
あっと言う間に幼女まみれになってしまった。
YLNT協会の紳士たちに「ギルティ」とか言われそうだ。
血の涙とか流されそうで怖い。
それよりも、なぜ俺の上に飛び込んでくる?
キングサイズのベッドなんだから分散すりゃいいでしょうに。
『俺、うつぶせなんですけど?』
フワフワのベッドに埋もれて呼吸ができない。
これ、普通の人間だったら昇天するまでのカウントダウンが始まるよな。
幸いにして、この体勢でも一晩眠ってられるけど。
仮にもし酸欠になったとしても転送魔法で空気を入れ換えれば済むことだ。
まあ、教育上よろしくないので退いてもらうとしよう。
ベッドにダイブはいいのかって?
行儀は良くないだろうね。
あと宿屋の備品を乱暴に扱うのは良くない。
1回くらいでどうにかならなくても、傷みやすくなるだろうし。
『今回くらいは勘弁してくれい』
本当に怠いのだ。
動こうと思えば動けるけど、動きたくはない。
とにかく引き剥がしにかかることにした。
理力魔法で浮かせてから起き上がる。
『ふざけちゃダメとは言えないよなぁ』
俺が最初にやってるし。
「窒息するから止めようね」
「「「「「はーい」」」」」
聞き分けは良いので、これでおふざけは終了である。
俺は椅子に座り直して自前で茶を入れた。
ズズッと啜って、ほぅと一息。
「あー、疲れた」
身体的な疲労はないが気疲れはしたからな。
「さんざん振り回されたもんなぁ」
トモさんが苦笑するほどだ。
相当だと思っていいはず。
「くっそー、豚兄弟のお陰で散々だぜ」
「あんな厄介な薬が世の中に出回るよりは良かったんじゃないですか」
カーラは真面目にコメントしてくる。
俺のこと気遣ってくれるのは嬉しいんだけどさ。
『もっと愚痴っていいのよ』
まあ、ポジティブな発想は嫌いじゃないけどな。
偶然にも俺たちが関わったことで薬を根絶やしにできたのは大きい。
これが戦争になってから事実を知っていたら、どうなっていたことか。
黒豚が薬を部外者に使わせるとは思わないけれど。
白豚が資金確保のために横流ししたりってのはありそうなんだよなぁ。
黒豚や禿げネズミの部下がくすねたりってことがないとは言えない。
白豚の方はともかく黒豚の方で管理している分については厳重に扱われていたけどな。
管理ミスで何度か死人が出ているくらいだ。
『なんにせよ、もう出回ることはないんだ』
言葉にすればフラグが立ってしまいそうなので意地でも言わんがね。
あんなものに振り回されるなんて真っ平だよ。
『無くなって清々するぜ』
一方で、ウンザリした気分が曇天のように残っているんだよな。
できれば飯食って寝て忘れたい。
「旦那よ、いつものことではないか」
ツバキはこれで慰めてくれているつもりである。
「あー、うん、ソウダネ」
できれば、もう少し空気を読んでほしい。
「くうー」
お疲れと言ってポフポフと肩を叩いてくるローズのようにと思うのは贅沢なのだろうか。
『少しは見習ってくれ』
なんてことも言えないよな。
気を遣ってくれてるから。
照れ隠しの一面もあるし。
ツバキは地味にツンデレさんだからな。
デレた時のことを考えると頬が緩みそうになる。
こういうときこそ【ポーカーフェイス】の出番だ。
『さて、そろそろ切り替えるか』
本来の新規ダンジョン対策に戻らんと。
想定外の事態で予定が遅れ始めているからな。
吸収するためのマージンは入れているけど、いきなり使ったし。
「この話はこれくらいにして明日以降の予定について話しておくぞ」
先程までの弛緩した空気がピシッと引き締まる。
「そこまで張り詰めなくていいぞ。
皆はダンジョンに行って他の冒険者と接触しながら経験を積んでくれればいいからな」
「皆はってことは、ハル様は違うの?」
シェリーが小首を傾げて聞いてくる。
「おー、行く所があるからな」
「それって帰りに冒険者ギルドに寄っていたのと関係あるー?」
ルーシーはなかなか鋭いな。
皆を先に宿屋に向かわせたので用件は知らないはずなんだが。
「あるぞ、研修生の受け入れ人数とか決めてきた」
全員から「おー」という感嘆の声が上がった。
パチパチとまばらな拍手つきで。
「ということは、いよいよ冒険者ギルドのジェダイトシティ支部が開かれるのですか?」
フェルトさんは気が早いね。
「それは、まだ先だよ。
まずはブリーズ支部にうちの人間を放り込んで、研修を受けてもらう」
「「研修ってどれくらいするの?」」
双子のように息がピッタリなハッピーとチーである。
「1日かな」
「いくら何でも短いよ。
2日ぐらいだよね」
「おいおい、君たち。
ギルドの業務を舐めたらいかんぜよ」
ルーシーとシェリーの予測にトモさんがツッコミを入れる。
『何処の方言だよ、それ』
「1週間は必要だぞ」
ドヤ顔で言っちゃってますよ。
「そんなにぃ!?」
「いっぱい覚えることがあるんだニャ」
「凄いねぇ」
「「大変だぁ」」
子供組は素直に信じてるね。
「よく分かりませんが、とにかくそうなんでしょう」
フェルトもか。
森の中で生きてきたフェルトにとっちゃ比較基準となる経験がないからなぁ。
しょうがない。
反面、大人の妖精組は顔を見合わせて何か言いたげだ。
ローズは我関せずとばかりに茶を啜ってる。
「1週間でも無理だよ」
「「「「「ええっ!?」」」」」
案の定、子供組が驚いている。
トモさんは「あ、そうなんだ」とか言っちゃってますよ。
フェルトが「もうっ、ダメじゃないですか」と窘めているので俺からは何も言うまい。
「じゃあ、どれだけ掛かるニャ?」
「そこまでは分からんな。
ただ、レベルが一般人並みなら1週間じゃ全然たりないのは確かだ」
「「「「「マジでぇ───っ!?」」」」」
「……………」
そんなに驚くことだろうか。
考えてみれば、レベルが上がってからなかなか街に連れて来なかった弊害かもしれない。
うちの面子はすぐにレベルが上がってしまうし。
一般人の理解や記憶のスピードなんて普通は説明しないからなぁ。
弱い相手と戦って加減するなんてことは訓練したりするけど。
「君らみたいに世間じゃ英雄なんて呼ばれるレベルなら話は別だけどね」
そうなのだ。
根拠もなく1日や2日なんて言っていた訳ではない。
1週間の方は根拠レスみたいだけど。
「普通の人間じゃ1週間やそこらの研修で実務レベルにはまるで及ばないからな」
役所で仕事をしていた頃が思い出されるな。
入りたての頃なんて何をしていいのかサッパリだった。
『あれは修羅場だった』
事前の研修とか何にもないんだぜ。
あれはきっと人件費が発生するから研修がないんだと思う。
そんな訳で窓口に立たされるタイミングはぶっつけ本番。
フォローはしてもらえたけど、最初の1週間なんて何がなにやらだった。
何年かして俺がフォローする側になった時になって自分がどんな状態か理解できた。
される側の新人を見ることでね。
誰も彼もが完全にテンパってましたよ。
例外なんて存在しない。
業務に関連する知識が何もないから当然だろう。
それを現場で指導しながら仕上げていく訳だ。
今にして思えばフォローする側も窓口業務しながらなんて無茶すぎだろ。
『でも、冒険者ギルドに送り込まれる研修生も同じような感じじゃなかろうか』
ギルドはギリギリで回してるってゴードンが言ってたからな。
そこは頑張ってくれとしか言えないのが心苦しいところだ。
「という訳で冒険者ギルド開設のための人員を迎えに行ってくる」
「いつの間に……」
思わずといった感じでハリーが呟いていた。
研修生の候補が知らぬ間に決まっていたのが驚きなんだろう。
「皆がブレット王国軍をあしらっている間だな。
メールでガブローに指示を出しておいたんだよ」
再び「おー」である。
拍手はない。
「さすがはガブロー。
仕事がはやい」
何処かで聞いたようなことをいっているツバキさんである。
まあ、半日で人選を終えてレポート付きで返信してくるのは優秀だと俺も思う。
ただし能力第一で選抜していると最初に断りがあった。
男女比を気にしているようだ。
確かにギルドの受付って、ほとんどが若いお姉さんばかりだった。
男が皆無って訳じゃないんだけどね。
特にこの国の王都だと男女比は他所とかなり違う。
だから、そんなに気にするほどのことはないのだけれど。
ダンジョンの規模から言っても似ている部分はあるし。
『それに自動人形を紛れ込ませる予定だからな』
男女がどうこうなんて話は些細なことなのである。
人間的な対応ができるように改良を重ねてきたから心配はいらない。
あとは蓄積したデータをコピーしてしまえばギルドの初期開設は早められるだろう。
あまりに吸収が早すぎると怪しまれかねないけどな。
読んでくれてありがとう。




