477 未来の後日談
望むと望まざるに関係なく世の中は動く。
いかに大国といえど運命には逆らえない。
ゲールウエザー王国は、ほとんど何もせずに6つの国を新たな領土とすることになる。
現時点で併合が確定しているのは元バーグラー王国だけだ。
世間的にはゲールウエザー王国が滅ぼしたことになっている。
その発表がなされた時は誰もが驚かされた。
それ故に情報が伝わる速さも尋常ではなかったようだ。
あまりにも電撃的な制圧振りに周辺国の王侯貴族などは戦々恐々としたことだろう。
誰かが言った。
「眠れる獅子の尾を踏んだ」
国家ぐるみで盗賊団を支援していた行為を揶揄した発言だ。
ゲールウエザー王国は大国でありながら領土的野心のない国と長らく言われてきた。
売られた喧嘩は買うが、自らは売らない。
そして買う時は苛烈である。
これが周辺諸国での評判であり認識だった。
眠れる獅子発言は的を射ていた訳だ。
だからこそバーグラー王家は嘲笑される。
調子に乗らなければ無視されていただろうにと。
その認識が拡がるのは、こちらとしても好都合。
国境線付近に部隊を派遣していたため他国より被害が少なかったことは知られていない。
他所の国の方が先にキレてもおかしくなかったんだがな。
仮にその辺りのことが知られても誰かがそれらしい理由を勝手に広めてくれるだろう。
別の誰かが言った。
「獅子が怒り、雷のごとく駆け抜けた」
ゲールウエザー王国軍が強いというのは過去の話だと主張していた他国の貴族は沈黙。
何処の国にもいる主戦論者たちだ。
中には滅ぼされる前に少しでも力を削ぐべきと言う者が居たという。
『アホだ、究極のアホだ』
彼我の戦力差を考えられないんだからな。
強硬論に傾く輩って脳筋的思考の奴が多いように思う。
ちなみにこの強硬論に凝り固まった貴族は、すぐに改易させられたという。
さて、残る5国である。
きっかけは今回の一件だった。
シノビマスターとその一味が裏で動いたことは知られることはなかった。
ゲールウエザー王国とブレット王国の一部関係者を除いて。
周辺国には宣戦布告の事実も伝わっていない。
故にブレット王国がゲールウエザー王国に降伏したのは青天の霹靂だった。
諸国へ最初に拡がった情報は将軍がクーデターを画策しながら失敗したというもの。
続いて王太子の暗殺未遂。
このゴタゴタにより多くの貴族が処分されたという。
その流れの中で王太子が即位。
直後に無条件降伏である。
驚くなと言う方が無理だろう。
特に宗主国から同時期に離脱した他の3国は。
それはもう大慌てであったという。
バーグラーがゲールウエザー王国へ武力で併合されて間もなくのことだ。
同盟国の一角が崩れたとあっては穏やかではいられない。
自分たちがバーグラーと同じような運命を迎えるのではないか。
あるいはブレット王国のように無条件降伏しなければならないのではないかと。
その状況が詳しく伝わらないが故に。
主に支配階級の者たちが自分たちの地位が脅かされると震え上がっていた。
国民は冷めたものである。
「ゲールウエザー王国の領土になるかもしれないのか」
「そうなのか?」
「そうなのかって……、知らねえのかよ」
「もっぱらの噂だぞ」
「国が変わってどうなるんだ?
俺らの生活は何にも変わらねえだろ」
「ゲールウエザー王国だからな」
「バーグラーでなくて良かったよ」
「それは言えてるな」
「けど、悪くならねえってだけだろ」
「贅沢言うなよ。
何処かの盗賊国家みてえに略奪されるよりマシだっての」
「そうそう、仕事ができるだけ有り難いってもんよ」
「食いっぱぐれないのは重要だよな」
「あー、でも良くなるかもな」
「「「「「本当かよ……?」」」」」
「俺、行商人から聞いたんだ」
「なんだよ、早く言えよ」
「そうだ、勿体振るな」
「あっちは税金が安いってさ」
「「「「「マジか!?」」」」」
「しっ、声が大きいよ。
衛兵とか役人に聞かれたらどうするんだ」
「おっと……」
「こいつは、いけねえや」
「けどよ、本当にそうだったらいいなぁ」
「まったくだ」
「で、どのくらい安いんだよ」
「そこまでは……」
「「「「「役立たず」」」」」
あちこちでこれと似たような話がされていたという。
衛兵や役人たちの間でも。
『王太子も思いきった決断をしたものだ。
……っと、新国王なんだっけ』
長年、小国なりに意地を通してきた中での出来事である。
ブレット王国はゲールウエザー王国の一部となることが受け入れられた。
ただ、今すぐにゲールウエザー王国の領土になる訳じゃない。
色々な手続きや根回しが必要になるからな。
結果として貴族のほとんどが爵位を失うことになった。
剣の腕がある者は騎士として残ることはできた。
あるいは相応の能力がある者が事務方の役人として採用もされた。
新国王も命こそ失うことにはならなかったが、地方領主として再出発することになる。
身分的にはかなりの降格だ。
それでも新国王が降伏する未来を選んだのは今回の一件で国が弱体化したからだ。
黒豚のせいで。
あの手この手でお金も人も集めていた。
税金の徴収が終わった後で配下の役人を送り込み再徴収なんてこともしていた。
そんなことをすれば普通はすぐに発覚する。
だが、奴が死ぬまでバレなかった。
再徴収が毎回ではなかったことも影響していそうだ。
ある程度の期間を空けて臨時徴収という形にしていたのが狡猾だ。
それと見張りを常駐させて言いたいことが言えない環境を作ってもいた。
治安維持のためと称して配下の兵を何人も送り込んでいたのだ。
このことも日記に詳しく記載されていた。
『悪事のためには手を抜かんのか。
本当にどうしようもない男だな』
他にも強制的に徴兵したり。
これも税金の臨時徴収と同じような手口を使っていた。
そうすることで不満が噴出しづらくしていたのだ。
これらのことで国力は徐々に低下。
20年もかければ国家運営がギリギリのラインまであと少しなんてことになる。
そのことが知られれば同盟国に牙をむかれる恐れすらあった。
アホな将軍がいたという話が蔓延するのは時間の問題だったしな。
そんな国なら攻め滅ぼそうと短絡的に動くことも考えられた。
新国王がもっとも懸念したのはそこである。
戦争になれば勝てる見込みがないのだ。
兵の数はそろっているが、士気がとにかく低い。
喧嘩を売りに行ったら売る前に横槍が入ってボロ負けしてきたばかりじゃな。
しかも碌に訓練されていない。
そのために使うべき金は薬の開発費として消えていった。
『黒豚は魔人化薬を当てにしていたからな』
それで勝てるのは最初だけだ。
人を使い捨てにするんだからな。
しかも暗示薬で指示するには、それなりに時間がかかる。
その間に攻め込まれたら魔人化薬も役には立たない。
攻撃専用で防衛戦闘には不向きだからな。
無理に使えば敵味方関係なく暴れ回るのがオチだ。
攻撃力はあるものの、だからこそ使い勝手の悪さが際立っている。
なぜ自分が攻められる立場になると考えられないのか。
なぜ国を疲弊させておきながら回復させる発想がないのか。
中長期のビジョンを持てなかったからと言ってしまえばそれまでだが。
やって来たことに対する責任が重すぎる。
『生きていたとしても黒豚に背負えるものではないがな』
その点、新国王は大胆に決断した。
負ければ国民に更なる負担がかかる。
ならば自分が犠牲になってでも国民だけは守る。
それが無条件降伏という形となった。
世間では強い軍隊を持つと言われるゲールウエザー王国の庇護下に入るのだ。
これほど心強いものはないだろう。
この宣言により周辺国も安易に手は出せなくなった。
それどころか足元から情勢が不安定になっていく。
税金の高さに国民の不満が溜まっていたからだ。
小国であるが故にそれもやむを得ない部分はあったのだが。
暴動が起きてもおかしくないような状態だった。
特にバーグラーに面していた2国。
両国は直接的に被害を受けていたこともあり国民の不満は破裂寸前。
武装蜂起するような雰囲気すら漂うようになっていたという。
『革命とかこんな感じでおこるんかな』
他人事のように考えるあたり、俺も暖気だ。
当事者は気が気じゃなかったみたいだけど。
貴族の中には夜逃げする奴も大勢いたという。
『そこまでする程のことか?』
俺なんかはそう思ったけどな。
けれども間違いとは言い切れないのだ。
国民が本気で立ち上がれば命すら危うくなるから。
仮にブレット王国のように降伏したとしてもリストラの憂き目にあうし。
それは免れても収入は激減する。
大国の庇護下に入っても貴族にとってはマイナスでしかない。
『命あっての物種なんて言葉もあるけどな』
ならば持てるだけの財産を担いで夜逃げするのも選択肢としてはありか。
落ち延びた先で細々とやっていくことができるならな。
あるいは商売を始めるか。
いずれにしても盗賊などの類いに襲われずに済めばという条件がつく。
逃げ出す貴族たちに、そこまで考える者などいない。
奴が逃げるなら自分もという集団心理が働いたのかもな。
最終的には国家運営に支障を来すようになるくらい貴族が減っていた。
結局、そのことが引き金となってゲールウエザー王国に下るのだ。
こうして同盟4ヶ国の王朝が歴史の舞台から姿を消すことになる。
『マジかよ……』
残りの1国はバーグラーの西隣の国だ。
国土は縦長の方形で面積は東の4ヶ国の合計とほぼ同じでバーグラーの半分ほどだ。
国の西側は世界最大のリーフバルト大森林に面している。
この国が何を考えてゲールウエザー王国のものとなる道を選んだのかは不明だ。
4ヶ国のような理由はない。
嫌な予感のようなものも感じないので放置することにした。
『俺も暇じゃないんだよ』
それに情勢だってすぐに落ち着く訳じゃない。
時間をかけて今後の様子を見ていくしかないだろう。
『少なくとも数年はかかるはずだ』
落ち着くと言えば、地図上の国境線が歪な形にならずにすんだのは良かったと思う。
防衛線が入り組んだ状態だと負担が増すからね。
『まあ、俺が原因なんだけど……』
読んでくれてありがとう。




