451 玄人好みと素人好み
攻撃を弾かれた剣士は即座に離脱していく。
その選択をフォローすべく攻撃してきた冒険者もヒット&アウェイ狙いのようだ。
カーラに難なく木剣を弾かれて悔しそうな表情を浮かべてはいるが。
よほど自信があったのだろう。
まるで足りていないがな。
それでも離脱を躊躇わないのは経験と勘がそうさせているのか。
接敵したままだと瞬殺されることだけは本能的に理解しているようだ。
フェルトが見せつけたからとも言える。
次の男が背後から迫る。
木剣を突き出してきたのはバックステップを前提にしているからだな。
後ろが見えていないとでも?
確かに視覚的には捉えていないだろう。
だが、それで何もかもが分からないと思ったら大間違いだ。
弟子2号は妖精組の中ではツバキに次ぐナンバー2の実力者なんだぜ。
気配がダダ漏れ状態なら位置どころか体の動かし方まで把握しているさ。
それこそ背中に目がついているようにな。
攻撃手段やタイミングが丸わかりの状態で油断していると足をすくわれる元だ。
だが、試合は始まったばかり。
カーラは振り返りながら突きを弾くだけに止めたようだ。
「うわっ!?」
驚愕と混乱がない交ぜになった表情で慌てて飛び退る冒険者。
「まるで後ろが見えてるみたいだ」
「そんなバカな!?」
とかなんとかギャラリーが騒いでいる。
その間にも4人目が木剣で斬り掛かっていた。
『動揺しながらだと隙だらけになるぞ』
それでも呼吸だけはピッタリだ。
コンビネーションとしてはなかなかのものだと言えそうだ。
特に打ち合わせをした訳でもないはずだがな。
同じパーティの仲間なんだろう。
正直、遅すぎて隙がどうとかいうレベルの話ではないのだけれど。
それは言わないお約束。
カーラも妙な縛りを入れているし。
その場を極力動かないようにしているのだ。
『直径50センチ程度の円内から出ないつもりか』
だから回避するのではなく木剣を弾いて防御している。
弾いてバランスを崩させることで逃げる方向を誘導するためだ。
自分の位置を変えないための防御。
それなりに難易度が高いが、カーラにとっては朝飯前だ。
故に更に難しくしている。
『詰め将棋みたいなことしやがる』
それくらいしないと退屈なんだろう。
シビアなタイミングで誘導することで狙った位置に相手を送り込む。
仲間との連携を考えるなら次の動きが制限されるように。
そうやって徐々に連係を崩しにかかる。
単に翻弄されているだけという認識なら詰むのは時間の問題だ。
最終的には冒険者同士がもつれ合ったり衝突したりってことになるはず。
この状態を脱するには仕切り直す必要がある。
狙いに気付かぬ限りそういうことにはならないだろう。
カーラの誘導はそれだけ絶妙だった。
攻撃が届きそうで届かない。
防御で打ち合っていることも余計にそう思わせている。
あと少し、あと少しと体だけでなく心までもが誘導されているのだ。
はたして妙だと気付くことのできる者がいるだろうか。
現時点で気付いているのはうちの面子だけだ。
普通は防御しかしていない相手に誘導されているとは思うまい。
それに気付けるようになれば一皮むける。
カーラは相手を追い込みながら密かに指導していたのだ。
あまり親切とは言えない指導方法だが。
気付かぬまま終わっても指摘はしないだろうな。
そこまでする義理はない。
十数分後、スタミナを消耗しヘロヘロになった冒険者たちが積み上がっていた。
頭に被った紙風船も綺麗に割られている。
「しょ、勝者、カーラ……」
何をしたのか気付いたらしいゴードンが唖然としていた。
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カーラとは対照的だったのがトモさんの戦い方だった。
待ち受けるカーラに対して自ら動き回るトモさん。
だが、特別速い訳ではない。
対戦相手となっている3人の冒険者たちより少し早い程度。
それよりも目を引くのは軽やかな動き。
ボクシングのようなフットワークは使っていないにもかかわらずリズム感がある。
相手には脚を操る糸だけが切れた操り人形のように見えているかもな。
スルスルと氷の上を滑り舞い踊るかのようだ。
フィギュアスケーターに近いものがある。
ここは氷上でないが故に似て非なるものではあるが。
いずれにしても華麗の一言に尽きる。
ギャラリーたちは吸い寄せられるかのように見惚れていた。
だが、戦っている冒険者たちにはそんな余裕はない。
気付けば間近にいて離れ際にポンとバルーンソードで叩いていく。
本物の剣であっても怪我はしないであろうほどに軽く。
華麗な動きに翻弄されるばかりであった。
「どっちだ!?」
姿を見失った冒険者が忙しなく左右を見る。
「こっちこっちー」
すぐ後ろから聞こえてきた声に振り向きながら木剣を横に振るった。
空振りに終わる。
「ざぁーんねんでしたー」
背後から肩をポコンと叩かれた。
「バカな」
呆然としながらも振り返ると離脱していく相手を目にする。
「どうやって……」
そこから先の言葉は出てこなかったが「後ろに回った?」と言いたかったのだろう。
『最初から最後までだよ』
声を掛けた直後に体を沈み込ませながら急接近。
冒険者の振り向く動きに合わせて回り込んだ。
ただそれだけのことだ。
回り込む間だけスピードアップしていたけどね。
ギャラリーにも見えないほどのスピードだったか。
「おい、今のどうやったんだ!?」
「分かんねえよ……」
「急に消えて急に現れたとしか」
「人間業じゃねえ」
この程度でそんな風に言われるのは心外である。
カーラの方が高度なことしてるんだよ。
トモさんは相手をコントロールしたりしてないだろ。
あくまで自分の動きで相手を翻弄している。
見た目が派手なせいで騒がれる結果になってしまっていたが。
当人からすると、そういう状況は「嫌いじゃない」そうだ。
だったら身内にこそ見てほしいんじゃなかろうか。
しかしながら現実というものは期待すればするほど裏切ってくる。
うちの面子はカーラの方を重点的に見ていた。
トモさんの方はたまにチラ見する程度。
俺は両方同時に見ているけどね。
【遠見】と【多重思考】のスキルを組み合わせて可能になる力技だ。
これは、うちの子たちといえども真似はできない。
故にどちらか一方を見る間、もう一方が注目されなくなるのは仕方のないことだ。
とにかく、みな真剣に見入っている。
格下が相手とかは関係ない。
一見すると静かだ。
が、それはギャラリーに無用な情報を与えないためである。
実は念話で会話中。
故に俺たちミズホ組としては少しも静かではない。
『だんだんタイミングをシビアにしてるね。
カーラは気付かれないよう偽装するのが上手いなぁ』
『あれくらいカーラなら当然ニャ』
シェリーの感想にミーニャが合いの手を入れる。
『上手く誘導しているよね。
相手はもう余裕がないよ』
ルーシーも感心していた。
『タイミングの取り方より気を遣ってる』
『それでいて立ち位置をずらさないよ』
知らない人がいる場所では、あまり喋らないハッピーとチーも念話では饒舌だ。
『えっ、そんなことまでしているのですか!?』
子供組の会話に加わってくるフェルト。
てっきり旦那の応援をしていると思ったんだけど。
きっと、より強くなるために勉強しているんだ。
そういうことにしておこう。
『なんだニャ。
フェルトは気付いてなかったのかニャ?』
『お恥ずかしい。
申し訳ないです』
フェルトはションボリしている。
『謝ることはないと思うよー』
『そだねー』
『よく見ておくニャ』
『勉強になるの』
『カーラは丁寧に動いてくれてるから、お手本として最適』
『はっ、はいっ』
なんて会話がなされている間にもトモさんは3人の冒険者たちを翻弄していた。
「どっちに行った?」
「わかんないわよっ!」
「次の動きが読めない……」
密集して死角を補い合うようにしても見失う。
ならばと散開して囲い込もうとしても多少マシになる程度。
ふとした拍子にトモさんの姿が掻き消えるのだ。
冒険者たちには、そのように見えている。
死角をなくそうが。
多くの目で追おうが。
見失う瞬間がある。
「なぜ消える!?」
「聞かないでよっ!」
「説明できない……」
3人のうち2人は切れ気味である。
残りの1人も冷静ではいられないようで混乱していた。
そういうやり取りがある中でも消えては目の前に現れ、バルーンソードで軽く叩かれる。
かと思えば、背後に回り込む。
真後ろから耳元で「こっちだよー」なんて言われた日にはゾワッとするだろうなぁ。
それを女冒険者相手にやるんだから質が悪い。
「ひっ!」
顔色を青ざめさせて震え上がる女。
背筋に悪寒が走ったのだろう。
やっている当人としては軽いイタズラのつもりなんだろうけど。
『下手すりゃトラウマものだぞ、アレ』
人によっては喜んだりするのかもしれないが。
生憎とMっ気は持ち合わせていないので、そういう気持ちは理解不能だ。
一応、フェルトには見られていなかったようだけど。
そういうイタズラは程々にしてほしいものである。
妻帯者の自覚を持ってもらわないとね。
読んでくれてありがとう。




