452 対戦相手がいなくても試験は可能です
結局、冒険者たちは翻弄されるだけで終わってしまった。
カーラの方が先に終わったが、もたついていた訳ではないようだ。
訓練場の様子を観察していた節がある。
カーラの試合が終わった時点で注目を集め始めると、すぐに決着がついた。
審判の注目が戻るのを待っていたと言わんばかりに動く。
動きで相手を翻弄していることを確認させた上で紙風船を割っていったのだ。
「え?」
「いつの間に!?」
「見えなかった……」
すべてを同時に割ったのかとギャラリーが錯覚するほどの早技であった。
「勝者、トモ・エルス」
宣言したゴードンの表情は諦めのそれだった。
試合をしていた冒険者たちはヘトヘトで座り込んでしまっている。
「化け物め」
「キモい」
「理解不能だ……」
息を乱しながらブツブツと呟いている。
この部分だけを聞いていると、相当酷いことをされたかのようだ。
実際は振り回されただけなのだが。
化け物という評価は仕方のないところはある。
訓練場にいるはずなのに消えたり現れたりしていたのだから。
しかも動きがまるで読めない。
どうやっているのか想像することすらできなかっただろう。
種明かしをしても真似はできないので知ったところで意味はないのだが。
単に緩急をつけて動いていただけなのだ。
ステータス任せのゴリ押しである。
少し速いように見せていたのが実は最低速だなどと誰が思うだろうか。
トップスピードを出すのも緩急のスイッチも一瞬。
そのために突如として消えたり現れたりしたように見えてしまった訳だ。
ギャラリーたちにすら見切れない。
当事者が理解不能と言うのも無理のない話である。
女冒険者がキモいと評したのは何度か背後に回り込まれた結果だろう。
セクハラした訳ではないんだが……
わざとそれっぽく受け取られるようにしていた。
最初はわざわざ自分の評判を落とすことしなくてもとか俺も思ったんだけど。
故意であることに気付いた後は狙いが分かってしまった。
要するに「俺には近づくな」と言いたいのだ。
キモがられれば女性は近づいて来ないであろうという発想は極端だと思うけどね。
そうすることで男に嫉妬されずに済むメリットはある。
面倒事を少しでも回避できるなら世の女性から避けられても平気なようだ。
ただし自分の奥さんは除く。
その辺は注意深くやっていたようだね。
フェルトが目を向けている間は際どい行動はしていなかったから。
何処までも一途な男である。
手段を選ばない怖さがあるけどね。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「はい、お疲れー」
戻ってきたカーラとトモさんの両名とハイタッチ。
両者の試験結果を祝福するかのように「パン!」と小気味いい乾いた音が響いた。
残るは子供組である。
ただし、チワワなチーさんが先鋒を務めたから残るは4人。
にもかかわらず対戦相手は打ち止めだ。
「どうするんだ、賢者ハルト」
ゴードンが態とらしい呼び方をしてくる。
てことは問題解決の手段がないと言いたい訳だ。
「言っとくが、いま対戦した連中は当てにするなよ」
先に釘を刺されたが、言われるまでもないことだ。
「ちゃんと仕事をやりきった奴らに鞭打つほど俺はSじゃねえよ」
返事がない。
ゴードンの視線が「ホントかよ」と語っていたけれど。
まあ、色々とやらかしている自覚があるので疑わしく見られても仕方がない。
「他の連中じゃ酷いことになりそうだしな」
さっきギャラリーに対して募集をかけていたけど本気じゃなかったし。
あれは本来の対戦相手たちのやる気を確かめるための芝居だからね。
「午後からならどうにかしよう」
ヘロヘロの連中を休ませて再度指名するというなら止めた方がいいだろう。
昼まで休んでも大して回復しない。
とりあえず動けるようになるだけだ。
俺のグミポーションは使うつもりもない。
奮闘した彼等にはちゃんと休んでもらうつもりだ。
「連中を当てにするのは、やめておけ。
少なくとも明日までは休ませるべきだな」
「むう……」
ゴードンが唸る。
まあ、ギルド長として請け負ったはずの仕事が中途半端な所で終わってしまうからな。
かといって無理をさせる訳にはいかない。
自分の見極めが甘かったことに対する苛立ちも含まれていそうだ。
「それと、明日に延期というのはなしだ」
「ぐっ」
ゴードンめ、いま先手を打たれたって顔をしたな。
「俺は最悪でも昼までに終わらせたい」
「無茶を言わんでくれ」
「そっちの責任だろ。
安請け合いするからだ」
「ぐぬぬ」
「見積もりを失敗した経営者ほど悲惨なものはないぞ。
まあ、これは商人ギルドにおける話だがな」
「ううっ」
さっきから唸ってばかりである。
「さて、ここで選択肢がいくつかある」
「選択肢だと?」
「1番、俺が魔物を召喚して戦わせる。
2番、戦闘以外の方法で試験を行う。
3番、残った受験者どうしで戦わせる」
「無茶を言いおる」
ゴードンが溜め息をついた。
「どう考えても1番は無しだ」
「危険だからか」
「当然だ」
「魔物の代わりにゴーレムでもダメなんだな」
「当たり前だろう。
暴走したら、どうするつもりだ」
割と失礼なことを遠慮なく言ってくれるじゃないか。
「賢者のゴーレムが暴走すると思うか?」
「万が一は常に想定するべきだろうが」
「常に想定していた割に人手が足りなくて困っているのは誰だ?」
俺に指摘されて唸ることもできずに冷や汗を流しているジジイが約1名。
『さて、どうするかな』
「……とにかく2番か3番だ」
強引に逃げやがった。
「今日のは貸しにしておく」
逃げ切れると思ったら大間違いなのだ。
ゴードン撃沈である。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
結局、選択肢は3番が採用された。
2番だと破壊する対象が必要になったりするからだ。
俺が用意するのは疑いの目を向けられてしまいかねないし。
3番なら何も用意する必要がない上に手抜きなら自分たちに跳ね返ってくるからな。
まあ、加減はさせるんだけど。
でないと訓練場に色々と被害が出てしまう。
「見学者と建物にダメージが入らんよう控えめにな」
「「「「はーい」」」」
残りの面子が手を挙げて元気よく返事をする。
「それじゃあ始めてくれ」
開始の合図は素っ気ないものだ。
試合ではなく組み手になったからな。
そこまで厳密に区別しなくてもいいと思うんだけど。
まあ、ギルド長の方針というなら仕方あるまい。
そんなことより試合ならぬ組み手の様子である。
ミーニャがルーシーと、シェリーがハッピーとぶつかり合う。
ほぼ同時に突進して真正面からだ。
「「ガシィッ!」」
初っ端から膝蹴りの応酬だ。
それをアームブロックで受け止めている。
鏡に映し出したかのように互いがそっくりの形になっていた。
どちらの組も寸分違わぬタイミングで、だ。
「「「「「おお────────っ!」」」」」
たったそれだけのことでギャラリーが沸き立つ。
こんなのは挨拶代わりだというのに。
『本番はこれからだっての』
片足で体を支えつつ互いに押し込みにかかる。
ギャラリーは固唾をのんで見守っていた。
その力の込め方がピークに達するのを待っているかのように。
誰も喋らない。
一言も漏らさず、溜め息すら出ない。
沸き立った瞬間とは正反対だ。
今か今かと均衡が崩れる瞬間を待っている。
「「バッ!」」
力の込め具合がピークに達する寸前で飛び退くように散開。
「うおっ、何だぁ!?」
「消えたぞ!」
「んな訳あるか。
離れたんだよ」
ギャラリーが再び騒がしくなった。
そんなことはお構いなしだとばかりに最接近。
またしても同時のタイミングで打撃の応酬が始まる。
まるでシンクロナイズドスイミングの演技を見ているかのようだ。
拳が蹴りが無数に繰り出され──
「「ドガガガガガガッ!」」
躱すことすら煩わしいとばかりに互いに弾き合う。
「うっそだろ……」
「手足が何本もあるみてえじゃねえか」
「数えらんねえ」
「速過ぎる……」
残像を残すような打撃のやり取りにギャラリーは驚きつつも呆然としている。
それだけの応酬をしているが当人たちは素っ気ない表情をしている。
派手になるよう演出しているが作業になっているからだ。
遅いし力もほとんど掛けていない。
最初の力比べの時も涼しい顔をしていたことに何人が気付いただろうか。
「シャレになんねえチビどもだ」
ギャラリーの1人が呟いた。
『なんだ?』
「アイツら、いつまで息が続くんだよ」
『そういうことか』
何時までと問われれば、軽く数時間と答えるしかない。
こんなの消耗するほど体力を使ってないからな。
「スタミナまで化け物級か」
酷い評価をする奴がいたものだ。
皆、あんなに可愛いのに。
人化した姿はお人形さんみたいだろ?
読んでくれてありがとう。




