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430 改良して乗ってみた

 可変戦闘車両ボルゾイの試乗会は好評半分、不評半分といったところだった。

 好評な部分は人それぞれ。

 デザイン、加速性能、乗り心地と意見が違ったのだが。

 不評な部分は一致していた。

 ノーマルモードでしか走れなかったということが一番の不評である。

 変形とブーストの使用禁止という縛りを入れていたせいだ。


 特に古参のものほどブーブー言ってきた。

 動画を見ている影響だろう。

 俺としてはマイカやトモさんがこの件に関して静かだったのが意外だったが。


「乗りこなせているとは思えないもんね」


 割と殊勝なことを言うマイカさんである。

 それに頷いて同意するトモさん。


「電脳フォーミュラの主人公だって最初はマシンに振り回されていたし」


 そういやテレビシリーズの最初の方って、そんな感じだったな。

 色々な出会いや経験を通して成長していくストーリーだった。


「今日はリアルで電脳フォーミュラを体験できたから満足してる」


 そう言ってくれるなら、いいんだけど。

 デザイン面はそれなりに参考にしているもののオリジナル色も入れてあるからね。

 何にせよ熱心な原作ファンたちは今日の縛りが入った試乗でも満足らしい。

 では、満足していない面々にはどう説明したかというと──


「AIのデータがまだまだ不足しているんだ。

 そんな状態で変形とかさせられるかって。

 試作段階だから何が起こるか分からんのだぞ」


 言葉だけじゃ納得しないだろうからAIなしで自動人形に操縦させた。

 結果、暴れ馬を目撃することとなったのである。

 真っ直ぐ走らせようとするだけでも一筋縄ではいかないのだ。

 コーナーなどコースアウトの連続である。

 不平を言っていた者たちも現実を目の当たりにすることとなった。

 自分たちがAIにどれほど助けられていたかを理解したと思われる。

 さすがに大半の者が引き下がった。


「じゃあじゃあブーストは?」


 レイナが期待を込めた眼差しで聞いてきた。

 確かにオーバーロード系の加速機能だからノーマルモードでも使える。

 使えると使って良いかは別の話だ。


 それにしても此奴は派手なのが好きだよな。


「直進安定性に問題があるだろ。

 ドライバーの癖を吸収し切れてないAIに無理をさせるなよ」


「ぶー」


 唇を尖らせて不満を表現してくるが、そこはスルーだ。

 レイナだって無理を押し通すつもりはないようだし。


「とにかく毎日ノーマルモードで走り込んでAIに学習させること」


 口々に了承の返事があって、その日の試乗会は終了した。

 なんとか時間稼ぎはできたようだ。


 試作車はとりあえず仕上げただけだからなぁ。

 AIでリミッターをかけておかないと手がつけられない暴れ馬になるし。

 性能に制限をかけない状態でもう少しマシな操縦性を持たせないと話にならんだろう。

 そうなると細かな部分での調整が山ほど必要になってくる。


 実はそれとは別にヤバい問題も抱えているんだよな。

 軽くシミュレートしたんだが、大事故につながりかねない結果が出た。

 高速モードで走行中に人型へ変形すると大きくバランスを崩してしまうのだ。

 引っ繰り返ることもあれば横転することもある。

 バランスを崩すタイミングもまちまち。


 厄介なのが一定の速度領域に達した場合にのみ発生するということだ。

 かなりのスピードが出ているのでバランスを崩すだけで大いに危険であるのは分かるだろう。

 条件からすると滅多に発生し得ないことなのだが。

 超高速走行時に人型への変形という状況がどれほど発生しうるのかと考えればね。

 そもそも高速モードはサーキット限定だ。

 外部でボルゾイを運用する時には問題とはならない。


 それでもシミュレートで現象が発生するとなった以上は解決しなければならない。

 大惨事につながりかねないなら特に見過ごせない。

 となると、何が問題になるかが気になるよな。

 速ければ速いほどその傾向があるけれども空気抵抗の問題ではない。

 その程度のことは設計段階で対策してあるさ。


 まあ、原因は判明している。

 変形の動きに含まれる内部構造の振動が超高速走行時には大きく増幅されてしまうのだ。

 寝そべった状態からの起き上がり動作。

 各部の関節の駆動。

 リアルモーフィングによる形状の変更。

 これらが関係していることが判明している。


 変形モーションを少し変更するだけで大きく変わることもね。

 腕部と脚部の変形タイミングを少しずらしたりだとか。

 リアルモーフィングの動きを変えるだけでもバランスに影響する。


 これらの最適化を進めつつ、振動を軽減させる方向でも改良を進めていく予定だ。

 それよりも複座を先に完成させないとな。

 でないと、いつまでたっても試作品のままだ。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 全ての問題点をクリアして改良を完了するのに1週間を要した。

 ボルゾイだけに専念していたなら1日で終わっていたけどね。


 他にも色々とやっていたからさ。

 新しい国民に魔法の指導をしたり。

 その一環として初級ダンジョンでパワーレベリングしたり。

 植生魔法による農業指導をしたり。

 理力魔法を用いた潜水での漁業指導をしたり。

 そっちの方が忙しかったかな。

 ドン引きされたり呆れられたりしたのは良い思い出と言えるだろうか。


「それで?」


 レイナが懐疑的な目で見てくる。

 少し背中がゾクゾクしたがMの世界は見たくないぞ。


「今回はどんな縛りなの?」


「走るだけなら特にはないよ」


「「「「「えっ!?」」」」」


 何故か俺以外の全員が驚いている。


「そんな驚くようなことかよ」


「えー、だってー」


 レイナの言葉は具体性を欠いていたので何故なのかは不明だ。

 大方、俺が条件をほぼつけなかったことに驚いているんだろうけど。


「人型の時に戦闘行動はなしの方向でやってくれればいいよ」


 一瞬静まりかえってしまった。

 それどころか俺を見る視線が「大丈夫?」という気遣わしげなのが地味に腹立つ。


「戦闘なしは万が一を考えてのことだ」


 そう簡単に壊れはしないが、搭乗者が怪我をしないとも限らない。。

 それもレベルが高い者しかいないことで問題はないと思うが……

 事故がないとは断言できない。


 データが不足しているのでね。

 速く走らせるよりも複雑な動きをされる方が予測は難しい。

 最近はシミュレーションも完璧ではないだろうというのが俺の考えだ。

 己を過信しすぎると足をすくわれかねない。


「いいから始めるぞ」


 銘々が返事をして己のボルゾイに乗り込んでいく。

 だが、搭乗するのは本人たち以外にもいる。

 自動人形だ。

 操縦者の安全確保とデータ収集のためである。

 前者は保険みたいなものだ。

 そうそう危険なことがあってもらっては困る。

 後者は自動人形に蓄積させて活用するのが目的だ。

 誰かの癖を模倣できるなら訓練時に活用できるからな。


 そうこうするうちに準備ができた者から走り始める。

 縛りはない。

 故にレースでもない。

 あくまでフリー走行だ。

 縛りもないとなると、いきなり人型に変形させる者も出てくる。

 マイカだ。


『本当にEGPXが好きなんだな』


 どれだけ熱を入れていたか改めて見せられた気分だ。

 大学卒業後に放映されたアニメだから間近で反応を見ることができなかったのは大きい。

 メールなんかのやり取りではどうしても限界があるからな。

 原作アニメのDVDだけでなくゲームも購入したことは知っている。


 だが、ゲームについては原作の再現性が悪いと酷評していた。

 好きだからこそ中途半端なのが許せなかったんだな。

 人型形態で走り去るボルゾイ。

 その姿を見て少し冷や汗が出てくる。


『そっちは、さほど意識してなかったからなぁ』


 人型形態時の走行パターンとか、まるで参考にしなかったし。

 クレームがつくなら謝っておこう。


 一方、スタートからブーストをかました者もいる。

 それも複数。

 先陣を切ったのはレイナだ。

 で、アニスが続きトモさんもブーストを使った。


 ノーマルモードだから最高速度は出ない。

 第1コーナーまでの距離を考えるとノーマルモードの限界速度も出せない。

 それでも使用するのは加速を重視したからだ。

 追随者は真似をしただけかもしれないがね。


 それは減速タイミングの見極めの甘さとなって現れたようだ。

 アニスがオーバースピードでコースアウトしそうになっていた。


『今日のコースは性能だけじゃなくテクニックも要求されるからなぁ』


 AIの補助があって大幅に減速されてしまう。

 そのせいで後ろから来た一団に追い抜かれてしまった。

 御愁傷様である。


『あ、苛ついてる』


 コクピット内を見なくても分かる。

 車の挙動を見ればね。

 ほぼ、停止寸前まで減速してしまったことで頭に血が上ったんだろう。

 アクセルの踏み方が乱暴だ。

 改良したことでAIの補正率を下げた影響がもろに出ている。

 操縦者の個性がよく分かるようになった。


『あの調子じゃ今日の最下位はアニスだな』


 レースじゃないけど月影内では暗黙の了解で競っているみたいだ。

 レイナが頭ひとつ抜け出す形でトップをキープしている。

 このままで終わるなら発想の勝利と言えるだろう。


 だが、言うほどの差が広がっている訳でもない。

 テクニックの面で勝てそうにないからこそ先行逃げ切りを狙ったと思われるが……

 レベル的に格下のトモさんに抜かれているようでは逃げ切れまい。


 それにしてもトモさんはガチだ。

 女子供相手でもゲームでは容赦しないとうそぶいていたことを思い出す。

 日本人だった頃はレースゲームが苦手だと言っていたのに。

 生まれ変わってレベルも大幅に上がったことで感覚的な何かを掴んだのかもな。

 連日の走り込みは誰よりも熱心だったし。


『これは電脳フォーミュラ愛ってやつか?』


 ただ、悪路ではまだまだ甘さが出てくる。

 カウンターの当て方が些か強すぎる。

 そのせいで減速していることに気付いていないようだ。

 何周かすれば後続に抜かれるだろう。


『1周目からヤバいかもしれん』


 そう思わせるくらい精密機械のようなコントロールで走っているノエルが猛追を見せていた。

 悪路に入ってさえ次の状況を読んでいるかのようだ。

 悪路から舗装路に復帰した直後のコーナーも難なく抜けていく。

 他の面子がズルズル滑って苦戦しているというのに。

 コクピット内で涼しい顔してるんだろうな。


『これだから天才ってのは』


 桃髪天使ちゃん、パねえっす。


読んでくれてありがとう。

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