423 拒否権などない
「納得はしがたいようだね」
「……うーん、まあねえ」
歯切れの悪い肯定だ。
納得しづらい部分も完全拒否という感じではなさそうである。
『これなら、どうにかなるかな』
「魂がひとつだからね。
記憶を共有してしまうせいで混乱するんだよ」
「あー、それはありそうだ」
しみじみといった様子で頷きが返された。
「客観的に見ると違ってくるよ」
「そうかな?」
「例えば永浦氏から見た純田くんは今の純田くんじゃないよね」
一番の友達と思われる人物の名前を出してみた。
俺は面識ないんだけど事あるごとに名前が出てくるからね。
何もなくても話題になるから、他の人より圧倒的に聞く名前である。
ああ、ペットたちの名前も同じ頻度で出てくるか。
犬を見かけたら大小や犬種など考慮せず「慶次」と呼び掛けるし。
猫も同様である。
写真などで見ても「ニャン太師匠~」だもんな。
溺愛振りがハンパない。
それと同じくらいなのだから永浦氏は純田くんの中で断トツの地位にいるはずだ。
その名を出した効果はあったようだ。
純田くんは虚を突かれたように「あ」と声を漏らしていた。
「家族であれ友達であれ他人として認識されるよ」
「そうだったー」
何故そこに気付かなかったのかと言わんばかりに頭を抱えている。
あまりの落ち込みように組んでいた肩が離れていく。
まあ、ここまで来れば内緒話的な話し方をしなくても大丈夫か。
「子供ができれば科学的にも証明可能だよ。
どちらも子供にとって父親なんてことにはならない」
最初から、こう説明した方が良かったかな。
なんか呆然とした感じになってしまったし。
これって素で驚いてるよな。
衝撃の事実を知った、みたいな感じだろうか。
「いやー、頭じゃ分かっていたんだが」
苦笑交じりに溜め息を吐き出す純田くん。
「子供が一方の子でしかないってのは納得だわ。
DNAからして違うというのは、こういうことなんだよな」
分かってもらえたようで何よりである。
だが、本題はここからだ。
『前置きが長すぎだっての』
「こっちで結婚したとしても向こうじゃ関係ない。
どちらの側から見ても、その事実は変わらないんだ」
「なんだかズルいような気もするけどね」
「そこは両方のことを知る立場だからしょうがないよ」
否定する訳にはいかない部分だと思う。
「そっかー」
溜め息をつくと同時に考え込み始めたようだ。
『待った方がいいか』
ほぼ納得している状態だ。
下手にあれこれ言っても引っかき回すだけな気がする。
恐らくは整理をつけたいんだと思う。
「あ、そっか」
時間がかかるだろうかと思っていた矢先に純田くんがポツリと呟いた。
「どうしたのさ」
「名前を考えろって言われたのは、こういうことだったんだなと」
「ああ、そうだったね」
そういや新しい名前のことを忘れていたな。
あれやこれやで有耶無耶になってた。
これも考えないといけないか。
「別人というのが凄く納得がいったよ。
不思議なものだね。
魂が同じでも名前が違うってだけで別人という意識が強くなる」
「それは良かった」
にこやかに応対したものの、内心ではガックリの俺。
新しい名前のことを忘れていたのは失態だ。
が、すっきり納得してくれたなら、それでよし。
終わりよければ、すべて──
『っと、まだ終わりじゃないぞ』
少なくとも解決すべき問題が2つある。
「それで、新しい名前はどうするのさ」
まずは名前の方を確認する。
解決ではなくて確認だ。
放置しているフェルトの方もどうにかしないといけないからね。
名前がささっと決まるなら、それでいいし。
決まらないなら後回しだ。
できれば名無しの状態で告ったり告られたりな話はするべきじゃないとは思うけどね。
「どうしたらいいと思う?」
ガックリだ。
「そんなの聞かされたら、ずっこけるって」
「いや、すまない。
だけど飛賀くんの時はどうしたのかなと思ってさ」
そういうことか。
「俺のは参考にならないよ。
名前はそのまま使ったからね。
向こうの世界で通用するように漢字レスで姓名逆にしただけだから」
「そうなんだ。
じゃあ、俺もトモカツ・スミタってするのはありなのか」
「微妙なとこだね」
「えっ!?」
「俺は元の世界から存在が消去された身だからね。
名前が残っても気にならなかったけどさ」
「ああ、そうかー。
名前がまんまだと別人って感じが薄れるよな」
せっかく別人として生まれ変わっているのだ。
名前が同じなのはマズかろう。
この調子だと、すぐには決まりそうにない。
フェルトの方を優先するかと考えた、その時。
「はい、時間切れー」
エリーゼ様が割り込みをかけてきた。
「時間切れ?」
隠れ里組はまだまだ目を覚ます気配がないというのに、どういうことだろう。
ちょっと言ってる意味が分からない。
「トモくんの名前はお母さんが決めまーす」
「は?」
突然のことに付いて来られない純田くん。
「えー」
「あら、御不満?」
俺の不服そうな声に切り返してくるエリーゼ様。
「どうせ決めるなら最初に決めておいてくださいよ」
そうすりゃ、俺たちはこんな遠回りをしなくて済んだんだ。
丸投げの弊害である。
たぶん飽きてきたから「時間切れ」なんて言い出したんだと思う。
確かめようはないけど見当違いではないだろうね。
俺の文句にエリーゼ様が目をそらしているし。
まあ、追求するのは止めておこう。
「純田くんはそれでいいかい?」
「あ、うん、いいかな。
母親の名付けなら、むしろ納得できる」
純田くんがいいなら俺はとやかく言うべきじゃない。
一歩下がって待つことにした。
「それじゃあ発表します。
トモくんの新しい名前は──」
ここで「ダラララララララララ」とドラムロールが入ってきた。
『それって必要か?』
過剰演出だと思うのだが。
個人の趣味と言われれば、それまでなんだけどね。
エリーゼ様も変なところで凝るよな。
そんなことを考えている間に区切りの「ダン」という音が入って静かになる。
周囲の注目を集めることで静かにさせる効果はあったようだ。
『丸っきり無駄って訳でもなかったか』
俺なんかは静かにしてほしいの一言で充分だと思うんだけど。
「トモ・エルス、トモ・エルスでどうかな」
2回、言ってきました。
特別大事なものでもないけど2回、言ってます。
反省しそうにないけどね。
『どうかなって言われても……』
自分で決めると言ったのはエリーゼ様だ。
純田くんもそれを了承しているし。
『おっと、今はトモ・エルスなのか』
拡張現実の設定を変更して個人名が表示されるようにしてみた。
[トモ・エルス]
既に変わっていたようで。
『答えは聞いてないとか言わないよな』
俺への問いかけじゃないから放置プレイだ。
『けどさ……』
エリーゼ様、ずっとトモくんって呼んでたよな。
それって最初から決定事項だったんじゃないのか。
実に疑わしいところだ。
「いいんじゃないでしょうか」
純田くん改め、エルスくんが納得しているようなのでツッコミはなし。
『それにしてもエルスくんって違和感たっぷりだな』
ファミリーネームなのにファーストネームっぽく感じるのは俺だけだろうか。
それでいて他人くさく感じてしまうのが微妙だ。
呼び方はトモさんの方がマシな気がする。
『なんでこの名前にしたんだろうな』
疑問を感じていた俺だったが、トモさんは答えに辿り着いていたようだ。
「名前は元のを半分、苗字はエリーゼ様から半分。
半分ずつで生まれ変わったからってことですよね」
その発想はなかった。
確かにエリーゼ様の本名はエリザエルスだ。
後ろ半分が由来と言われれば、納得できそうなそうでないような微妙なラインだ。
おそらく安直だと感じているからだろう。
「よく分かったわね」
どうやら本当らしい。
「何となくですけどね。
由来があるのかなと感じたので」
そこまで踏み込んで考えてなかったな。
「赤ちゃんからリスタートなら、まったく新しい名前を考えたんだけどね」
ホントかよってツッコミ入れたくなるくらい安直なネーミングだけど。
「シンプルだから間違われないし覚えてもらえる。
由来の説明はなかなかできないでしょうけど、それができる相手は大事になさい」
なんか、いいことを言っているっぽい。
完全に信用できないのは、何処かに胡散臭さを感じているからだろう。
「はい」
「それと息子が母親を様づけで呼ぶのってどうなの?」
あー、スルーしたのかと思ったら回収してきたね。
「これからはエリーゼママと呼ぶようにね」
「マジっすか!?」
トモさんも大変だ。
自分の名前だけじゃなくエリーゼ様の呼び方も強制されるんだから。
読んでくれてありがとう。




