420 フェルトと純田くん、対峙する
話すべきことは話した。
国民が増える準備も覚悟もある。
もともと余力を持たせて国元であれこれやったからな。
となれば、そろそろ移動したいところだ。
ミズホシティに直接行くよりもヤクモを経由した方がいいか。
海エルフも連れて来ないといけないし。
輸送機、何機分になるかな。
意外と乗せられないんだよな。
人だけを乗せるとなると無駄が多いんだよ。
格納スペースの天井の高さが3フロア分くらいはあるし。
いっそのこと旅客機仕様のを作るか。
【多重思考】で、もう1人の俺を呼び出して依頼する。
研究開発じゃないから頭数は必要ないだろう。
『頼むわ』
『了解、任された』
それはいいとして目の前の国民予定組はどうしたものか。
フェルトが目覚めてからも眠ったままだ。
レベル差がこんなに影響するのかと思ったが、それだけじゃなかった。
フェルトにも【高速思考】が生えていたのだ。
さすがに熟練度はカンストしてなかったが。
それでも他の一同とのレベル差も合わせると、現状のような結果になったようで。
ならば残りの面々は何時目覚めるのかという話にもなる。
何時までここで待つのかという話にもなってくるからね。
そういうのは予測するより把握してそうな人に聞くのが手っ取り早い。
「ところでエリーゼ様」
「なにかしら」
「彼等はいつ目を覚ますんです?」
「個人差はあるけど数時間はかかるわね」
「……………」
待ってらんない。
こんな何もない所でもうちの面々は訓練とかで時間を潰せるけど。
俺も何か作ったり報酬の映像作品を鑑賞したりすればいいか。
ところが純田くんやフェルトはそうもいかないんだよな。
いや、純田くんには魔法の練習をしてもらうことでどうにかなるか。
『フェルトは……』
そこまで考えて、気付いたことがある。
「フェルトさんや」
なるべく刺激しないようにと思ったら昔話に出てくる爺様のような呼び方になった。
ミズキとマイカの2人が吹き出している。
そんなに可笑しいか。
「はっ、はいっ」
何故かビシッと直立不動になるフェルト。
気を遣ったつもりだが、効果は薄かったようだ。
もしかして逆効果だったとか?
機密事項の話をした時にビビらせてるからな。
マリカに真の姿を披露させた時の方がトラウマ度が高いかもしれんが。
色々やらかしてしまったせいで、この反応になるのだけは分かる。
何かの拍子にスイッチが入るようだ。
「ミズホ国に来る覚悟はできたか?」
代表である彼女が「まだ」と言うのであれば、ワンクッション必要になるだろう。
そういう意味でもヤクモ経由は正解だと思う。
場合によると経由地での待ち時間はわずかになったりするかもだけど。
「えと、あの……」
どうやら迷いがあるらしい。
「焦る必要はない。
色々と今までの生活とは様変わりしてしまうからな。
なんだったら、しばらく様子見ができるように手配する」
うちは幸いにして飛び地があるからな。
「いえ、その……」
「別にいま覚悟を決めろと言ってるんじゃないんだ」
「そうじゃないんです」
飛び地のことを説明しようかと思ったらフェルトの割り込みが入った。
「どういうこと?」
「あ、あの、こちらの方にお話があるのです」
こちらの方と言いながら手で指し示されたのは純田くんであった。
「純田くんにかい?」
「はい」
返事をしたフェルトの目は真剣そのものであった。
「外した方が良さそうだな」
「いえ、それには及びません。
お返事にもつながることだと思いますので」
「あ、そうなんだ」
フェルトが純田くんの方へと進み出る。
彼女の様子に純田くんも背筋を伸ばしていた。
周囲が静まりかえる。
雰囲気がガラッと変わってしまったな。
何故かオリンピックの柔道の試合を思い出してしまった。
男女で試合なんて行われないけどね。
2人とも胴着なんて着ちゃいないし。
まあ、雰囲気だ。
果たし合いじゃないから殺伐とした感じはない。
それでもフェルトからは国を背負っているような覚悟のようなものがうかがえた。
隠れ里組の数千人を代表しているからだろう。
『無様な姿は見せられない、か』
初めて見る凜としたフェルトの姿であった。
それなりにプレッシャーを放っていると言えるだろう。
一般人なら受け止め切れないと思う。
『たじろぐくらいはするだろうな』
気の弱い奴なら挙動不審になっても不思議ではない。
それを真正面から受け止める形になっているのが純田くんだ。
ちゃんと自然体で受け止めきっていた。
大勢の人が集まるイベントをいくつも経験しているからなんだと思う。
『さすがだね』
感心しつつも次の展開が気になっている。
足を止めたフェルトが一呼吸おいて深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
ちゃんと礼を言ってなかったからケジメをつけたかったのだろう。
なあなあで済ませてうちの国民になると宣言するのはダメだと思ったようだ。
いいんじゃないかな。
あんまり煩く言うつもりはないから俺は何も言わなかったけど。
本人がそうしたいというなら反対はしない。
むしろ好感が持てるね。
そういや恩や借りは必ず返すんだっけ。
それができないのは恥なんだよな。
フェルトは返しきれない恩や借りがあると思っているようだし。
自分を含めた数千人分の命を守ってくれたとなれば……
これは礼を言うだけでは終わらない気がしてきた。
「えっと……あれ?」
純田くんは困惑顔でおれの方を見てきましたよ。
「ケジメをつけたいんだと思うよ」
「ケジメだって?」
俺の返答にもピンと来ない顔をしている。
「彼女はまだお礼を言ってなかったからね」
どうあっても不義理なままでは納得がいかないのだろう。
せめて礼は言わねば気が済まないぐらいには。
でなきゃ、うちの国民になる覚悟もできないと考えても不思議ではない。
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「あれ、どうだったかな?」
どうやら純田くんは礼を言われたつもりになっていたようだ。
「何か言ってあげた方がいいと思うけど」
フェルトは最敬礼のままだし。
「おおっ、いかんな」
目の前で頭を下げっぱなしなのに気付かないとは。
『どんだけ動揺してんだよ』
たぶんだけど美人が目の前で真摯に礼を言ってきたからなんだろうな。
女性がいる場所でも下ネタや変態発言をする純田くんだけどさ。
別にアレは平気な訳じゃない。
己の心の内側に踏み込まれないよう威嚇しているようなものだ。
だから逆に下ネタで返されるとタジタジになることがある。
今回は威嚇する前に踏み込まれてしまったというところかな。
「まずは頭を上げてほしいのだが」
残念ながらフェルトは微動だにしない。
「君の気持ちはわかったから」
動かない。
『しょうがないな』
念話でフォローしておくか。
『あまり困らせないでやってくれないか。
こう見えて純田くんは女性に免疫がないからな』
ピクリと反応。
『今の状態は彼にとって君が抱きついているに等しいんだが』
ガバッと跳ね起きた。
見開いた目で俺の方を見てくるフェルト。
あくまで比喩的表現なんだけどな。
些か刺激が強すぎたのかもしれない。
怒っている感じではないので何も言わないことにしたけど。
目線で純田くんの方へ誘導する。
「えっと……」
あ、フォローが少し遅かったか。
純田くん、フリーズ寸前だ。
このままだと何も進まないので肩を叩いて我に返らせる。
「お? おおっ、飛賀くん」
「飛賀くん、じゃないよ」
思わず苦笑してしまう。
フェルトの方を親指で指し示した。
「ああ、そうだった」
ようやく再起動のようだ。
そのタイミングでフェルトが口を開く。
「私にっ!」
「え?」
たった一言に鬼気迫るものがある。
一歩も踏み出していないのに眼前に迫ってくるかのようだ。
「私に面倒を見させてもらえませんかっ」
「「は?」」
俺まで「は?」だよ、ビックリだよ。
「なに言ってんの?」
純田くんが硬直気味なので俺が代わりに聞く。
「え?」
どうやらフェルトもポンコツに近い状態のようである。
「いきなり面倒を見るとか言われても面食らうだけだ。
誰が聞いてもプロポーズしているとしか思わんぞ」
たぶん別の意味で言っているんだろうけどな。
「……ええ────────っ!?」
驚くまでに少し間があった。
恐らくだけど自分の発言を振り返っていたんだな。
理解した途端に己の言葉に驚いた訳だ。
その証拠に、これ以上ないというくらい赤面している。
「あのっ、違うんです。
いえっ、違わないんですけどっ」
どっちだよ。
読んでくれてありがとう。




