409 決して貰い過ぎじゃない
さほど待つこともなく純田くんが復帰してきた。
ちなみにフェルトは固まったままだ。
「レベルアップする条件というのは、もしかして魔法を覚えることかい?」
なかなかいい勘をしている。
「そうだね。
正しく魔法を使えるようになったタイミングだと思うよ」
リアルタイムで観測していた訳じゃないから断言はできないけど。
「そうかー……
サプライズが好きな神様なんだ」
「……まあ、そうかもね」
いきなり丸投げしてきたりするし。
シヅカの時なんかがそうだけど、あれもサプライズだった。
唐突に脳内スマホに電話してきて『面倒見なさい』とか言い出したもんな。
俺が受け入れたらさっさと電話を切るし。
まあ、優しい人だとは思うけど。
「俺以上の面倒くさがりだけどな」
「そいつは強者だな」
「得意技は丸投げだ」
「首投げ?」
「物騒だな」
良い子は真似しちゃいけない格闘技の投げ技じゃないか。
「だから丸投げだよ」
「なんだ、真空投げじゃないのか」
格ゲーネタをぶっ込んできたか。
そういや純田くんは戦士の王様な格ゲー好きだったよな。
それとも別の格ゲーのバグ技の方だろうか。
「それだけじゃ、どっちか分かんないよ」
「あ、濃い話題になってしまったな」
元々が濃いですよ。
「話を戻そう」
「うむ」
「とにかく、エリーゼ様は何してくるか分かんない神様なのは確かだ」
「了解した」
あっさりそんなこと言ってるけど大丈夫かな。
可能な限りフォローはするけどさ。
「悪気はないしイタズラでいらんことをするタイプでもない」
「そんな風に言われると急に不安になるな」
「まあ、振り回されるくらいは覚悟しておいて」
「そうなんだ」
神妙な表情で頷いているところを見ると、誰か特定人物を思い出しているっぽい。
「そんなしょっちゅう連絡してきたりはしないから大丈夫だよ」
連絡してきた時は相応の事態になったりするけど。
「そうなんだ。
それは少し安心だね」
しみじみといった感じで頷いている純田くんが「でも」と言った。
「今回のことは驚いたけど、それだけだな」
俺なら文句のひとつも言ってるところだ。
やむを得ない事情というのは理解できても受け入れられるかは別問題だからね。
「抗議くらいはしてもいいと思うけど」
「それはどうなんだろう。
今回の件は不可抗力なんだよね」
それを言われると否定はできない。
故に頷いてしまう。
「じゃあ、しょうがないよ。
俺も被害者、彼女たちも被害者。
文句を言うべき相手はここにはいない。
飛賀くんや神様は色々と尽力してくれた。
それどころか迷惑料まで貰ってるし。
こんな状態で文句を言うのは罰当たりだよ。
そもそも迷惑料を貰うほど迷惑を被ったとは思ってないんだけど」
そう言い切れるとか凄いよな。
思わず両手を合わせて拝んでしまいそうになる。
その前にちゃんと説明しておかないとな。
「君の夢の領域は君だけのものだ。
本当は俺たちが土足で上がり込んでいいものじゃない」
「気にしてないけど」
「コレクションしているエロ動画の趣味とか諸バレしても、そんなこと言えるかい?」
「ぐおっ、それはキッツいなー」
「たぶん整地した建物のどれかが動画観賞用の施設だったんだろうけど」
個室完備のネットカフェあたりが有力候補だ。
あるいはプライベートシアターとか。
「どっ、どうしてそれをっ!?」
動揺をこれでもかと言わんばかりのポーズで大袈裟に表現している純田くん。
具体的なところは不明だが、俺の指摘は間違っていなかったようだ。
「必要以上に広いスペースを確保したから。
誰だって何かあるって思うだろ」
「うわぁっ、やってもうたー」
漫画チックな顔の顰め方をしているところを見るとダメージは浅い。
「そんなだから証拠隠滅したんだなと思ったわけ」
「うん、降参だ」
そう言いながらションボリした感じで肩を落としている。
どうやらノーダメとはいかないようだね。
俺は慰めるようにポンポンと肩を叩いておいた。
「とりあえず見られずに済んだからギリセーフだよ」
「それもそうだな。
不幸中の幸いということにしておこう」
見られていたら黒歴史確定だったんじゃないかな。
どうなったかは仮定の話になってしまうから分かんないけど。
「で、なんだっけ?」
脱線しまくっているせいでグチャグチャだ。
「純田くんが迷惑を被っているという話だよ。
君は否定するけど、客観的に見て事実だ。
大勢の人が純田くんの縄張りである夢の中に居着いたからね」
いまひとつピンと来ないようだ。
返事がない。
「自宅に不法侵入して屋根裏に住み着かれたと考えてみなよ」
「忍者はったり君だな」
古い作品をサクッと引っ張り出してくる。
守備範囲が実に広い。
「それ屋根裏に住み着いたのしか合ってないよ。
あれは家主の許可を得て居候するようになったから」
「そうだっけ」
「そうなの。
これ以上、脱線すると話が進まないから真面目にね」
「わかった」
「で、不法侵入に不法占拠してたんだよ。
おまけに退去しないと外出もままならない状態だったらどうよ?」
「それはキツいなぁ」
なんて言ってるけど全然そうは見えない。
まるで他人事である。
「自覚がないようだけど、純田くんがその状態だったんだよ」
「ええっ!?」
「……………」
マジで驚いているところを見ると、本当に無自覚だったようだな。
「だから損害賠償請求をしても文句は言われない立場なわけ」
この期に及んで純田くんは首を傾げている。
俺の言った言葉の意味は理解できているはず。
それでこの状態ということは損害賠償について納得しかねているのだろう。
「ちょっと大袈裟すぎやしないかい?
俺としては後遺症も残らない体にしてもらったので充分なんだけど」
生まれ変わってるからね。
でも、そのせいでセールマールの世界に残れなくなるかもしれないのだ。
釣り合いが取れているとは思えない。
「無自覚みたいだから言わせてもらうね。
隠れ里の維持は純田くんの精神に少なからぬ負担をかけていたんだよ。
でなきゃ神様が生まれ変わらせたりしない」
本当はもっと複雑な背景事情があるけど省略だ。
欠片の話なんてしていられない。
「あ、もしかして壊れたりとかしていたかもしれないんだ」
「そうだね」
「でも、やっぱり生まれ変わっているからチャラでいいんじゃないかな」
「……………」
ここまで来るとお人好しなんて言葉だけで片付けられない。
某イベントで子供の頃の夢を坊さんと言ったらしいけど、出鱈目じゃないかもしれん。
「君は本当にいい人過ぎる」
「よせよ、照れるだろ」
芝居がかって誤魔化そうとしているけど、これは本気で照れているな。
褒めるとモジモジするのは相変わらずのようだ。
あんまりいい人過ぎると、亜神としてスカウトされかねないぞ。
たぶんエリーゼ様が止めてくれるとは思うけど。
「迷惑をかけた側のことも考えてやりなよ」
「ん?」
「彼女らは今まで自分たちの居場所がどこだか分かってなかった。
だから自分たちがどんなことをしたのか理解していない。
けれども外に出てくれば教えなくても気付く者がいるだろうね。
そうなれば純田くんに負担をかけていた事情にも気付く」
気付けば全員に話が拡がるのも時間の問題だ。
そうなったとき隠れ里組の一同がどういう反応を見せるか。
世俗にまみれたヒューマンなら図々しいのが大勢いても不思議ではない。
大森林の住人である彼等には基本的に助け合いの精神が根付いているようだし。
少なくとも罪悪感は感じるだろう。
リーシャたちが故郷を飛び出さざるを得なかったようにクズな輩もいるようだけど。
それは性癖をこじらせた例外だ。
そんな奴でも段ボール野郎のように執拗に追っ手を差し向けたりはしない。
彼等には彼等なりのボーダーラインがある。
度を超した欲を発露させる者は長のような立場でも追放される。
【諸法の理】で確認したことだ。
限界の線引きが無茶苦茶な気もするけど、逃げ道をなくすような行為は御法度らしい。
普通は追い詰められる前に助け合うようなのだが。
リーシャたちのときにも見て見ぬ振りくらいはあったのかもな。
そういう精神性だから恩や借りは返すのが当然だと思われている訳で。
「事実を知って恩を返さないなんてのは彼女らにとって恥らしいよ。
俺も彼等のことを直接知っている訳じゃないから断言はしないがね」
「そんなこと言われてもなぁ……
感謝してくれるんなら礼を言ってくれるだけで充分だよ」
ほんとに欲がないなぁ。
先に迷惑料を貰っているからなんだろうけど。
まだ貰い過ぎとか思ってそうだ。
できれば言いたくなかったんだけど、しょうがない。
「後ね、純田くんが途中で目覚めてたら彼等はまず助からなかったよ」
「どういうこと?」
「目が覚めた後に夢の内容を覚えてるかい」
「滅多にないね」
そう言ってから何かに気付いたように「あ」と短く声を発した。
「夢のことを忘れたりあやふやになると中にいた人も……」
「存在が維持できなくなる。
正確には隠れ里が中に退避している人もろとも消えてしまう」
純田くんも呆然とするしかないようだ。
何も言えないくらいショックを受けたようで固まっている。
だから言いたくなかったんだよな。
まあ、隠れ里から出てきた面々に聞かれているというのもあるんだけど。
向こうは向こうで面倒くさそうだし。
「とにかく数千人分の礼だと思えばいいんじゃないかな。
実感はないだろうけど、君はそれだけの人間を救った英雄だ。
エリーゼ様が純田くんのレベルを上げたのも決して大袈裟じゃないと思うよ」
俺もそう思う。
読んでくれてありがとう。




