371 ヤクモにて
修正しました。
知って → 聞いて
行き倒れの正体はレオーネの妹リオン。
皆に事情を話して倉から引っ張り出してベッドに寝かせたんだが……
レオーネが凄い勢いで縋り付いて、ちょっと驚かされた。
周囲の皆もちょっと目を丸くしている感じだ。
「慌てるな、眠らせているだけだ」
そうは言ったが、レオーネの気持ちは分からなくもない。
服はボロボロに擦り切れていたからな。
過酷な旅を続けてきた証である。
これでも衛生面を考慮して本人も服もすべて洗浄はしておいたんだけど。
俺が発見した時の状態だったら取り乱していたかもね。
「命に別状はない」
そう言うと俺の方を見てきた。
「俺が行き倒れの時のままにする訳ないだろ」
それでも不安そうな表情は変わらない。
「服はあれだが、ちゃんと治癒魔法をかけてある」
俺の言うことが信じられないという訳でもないのだろうが、やはり心配なのだろう。
リオンが苦悶の表情を浮かべているからだな。
だが、それは痛みなどによるものではない。
おそらくは何かしら精神的な要因によりもたらされた苦しみによるものだ。
それが何であるかは俺にも分からない。
本人に聞いてみないことにはな。
「よく見ろよ。
呼吸しているだろ?」
リオンの胸が小さく規則的に上下している。
それを確認したレオーネは「はい」と返事をしたきり、へたり込んでしまった。
そのまましばらく待っても、なかなか動かない。
腰でも抜かしたのかってくらいである。
妹が死なずに済んだことを確認できて安心しきってしまったのだろう。
しばらくは、そっとしておいてやるか。
そんな訳だから改めてリオンの方を見てみた。
驚くほどレオーネと似ている。
何年も会っていない年の離れた妹だと聞いたがな。
そんなことを思わせないくらい似ている。
具体的に言うと大人のレオーネに対して容貌は幼さを残す感じだ。
成人して間もない16才じゃ大人の雰囲気は出せないか。
「で、起こして事情を聞くの?」
ミズキが聞いてきた。
「それも考えてはいるが、今すぐじゃない。
その前にボロボロの服をどうにかしたいんだがな」
「私の出番だな」
ツバキが前に出る。
そんな訳でツバキとレオーネを輸送機に残して俺たちは転送魔法でヤクモに跳んだ。
「いきなりよねー」
ラミーナモードのマリカをモフりながらマイカがツッコミを入れてくる。
「そうか?
跳ぶ旨は言ったし、いつものことだと思うが」
「確かにね。
これがハルだよね」
言葉では納得しつつもジト目が向けられている。
「そんなに不満か?」
「だって、また嫁が増えそうじゃん。
どんだけ増やす気なのよって言いたくなるわよ」
「は?」
何を言ってくれやがりますか。
「どこをどうすれば、そういう発想になるんでしょうね」
「ハルがハルだから」
即答されてしまった。
なんだそりゃ。
しかも、周りの皆もうんうんと頻りに頷いて同意している。
「君らね──」
文句を言おうと思ったタイミングでシュバッという風切り音がした。
ハリーである。
完全に気勢を削がれてしまった。
「忍者ハリーただいま参上」
「……………」
ハリーの台詞で言い掛かりについてはどうでも良くなってしまった。
台詞の元ネタがあまりに懐かしかったからね。
これで完全に文句を言う気がなくなってしまった。
もし、これを狙ってやっているんだったら恐ろしいものだ。
そういうのは相方が得意なはずなんだが。
噂はしていないが、相方さんが来ましたよ。
『くっくくっくぅー』
ローズさんも参上、だって。
そこは台詞を踏襲してほしかった。
それと霊体モードで登場されてもね……
『参上って、仕事を頼みたいから来たのは知ってるだろ』
事前に連絡は入れておいたからな。
念話を使って話し掛けるのはローズが霊体のままでいるからだ。
ローズの姿は俺以外には見えない状態なものでね。
俺だけ喋ってたら周囲にはどんな風に見えるか容易に想像がつく。
間違いなく残念な人を見る目で見られてしまうだろう。
『くくぅくっくーくっ、くうくーくぅ」
もちろん聞いている、すべて任せろとか言ってますよ。
真面目なことを言ってるが「聞いたじゃなくて読んだだろ」というツッコミ待ちだ。
連絡はメールでしかしてないからな。
電話連絡じゃないのはゲールウエザー組の目があったからなのは言うまでもない。
なんにせよ、そこはスルーした。
悪いが付き合う気力がない。
しかし、敵も然る者。
楽しげに踊ってくれている。
どう考えても真面目な発言なのに踊るってどういうことよというような状況だ。
ツッコミ待ち2段構えとはな。
危うくツッコミ入れてしまうところだった。
だが、俺は気付いていた。
何故にローズがこんなことをするのかを。
『皆の訓練に飽きてきたんだろ』
ずばり、これしか考えられない。
楽しいことは大好きだが、一方で飽き性なローズさんであるからして。
『くっ!? くくくくぅっくうくーくぅくっくー!」
えっ!? そそそそんなことはないでござるよ! って、めっちゃ噛んでるぞ。
しかも口調が変になってるし。
試しに念話で尋問してみたらこれだよ。
楽しげなダンスが、アタフタした奇妙な踊りに変化してしまった。
まあ、見えているのは俺だけだけど。
「いい加減、実体に戻ったらどうだ」
「くうー」
はいよ、とか投げ遣りに答えてローズが姿を現した。
連れて行くのはいいのだが、そうなると残していく人間を考えないといけない。
まさか全員を連れて行く訳にもいかないからな。
あー、面倒だ。
輸送機をこっちに引き寄せるか。
誰を残してとか考えるよりは楽だ。
「そんな訳で輸送機を引き寄せます」
「どんな訳だ!?」
ハマーがツッコミを入れてきた。
ガンフォールはこれくらいじゃ動じないようだ。
「俺の脳内協議の結果だ」
「また妙なことを言い出しおったわ」
呆れたとばかりに頭を振っていた。
そんなハマーを尻目に新規国民組に声を掛ける。
「おーい、大物を転送魔法で引き寄せるから場所あけてくれー」
「くうっくくぅくっくうくー」
者ども場所を空けるのだーとローズが号令をかけた。
それまで割と自由な感じでばらけていた一同が機敏に動く。
まさしく忍者の動きで瞬時に場所が確保できた。
音で言い表すなら「ババッ、シュバッ、ザッ」だろうか。
まず大きく場所を空ける。
次に整列。
膝をついて仕上げのようだ。
この状態で次の命令待ちらしい。
期せずして訓練の成果を見ることができた。
まさしく忍者の動きである。
ただし団体行動のかっちりした動きは軍隊を連想させる。
「あー、そこまで畏まらなくていいよ」
「くっ!」
休め! とローズが言うと、少し弛んだ感じになった。
仕込みは完璧ですね、ローズさん。
「短期間の間に仕込んだねえ」
「くう~」
ローズがいやぁとか照れた様子で頭をかいている。
俺の嫌みが通じていない。
「褒めてねえわ。
やり過ぎだっつうの」
そう言ったらテヘペロされてしまった。
「……………」
此奴め、わざと俺をからかってるな。
どんだけ退屈してたんだよ。
付き合ってられんからスルーだ。
『ツバキ、これからヤクモに輸送機ごと転送するぞ』
念話で呼びかけながら転送魔法を使った。
『……藪から棒だな、主よ』
『すまんな』
『気にはしていない。
着替えの件なら終わっている』
さすがはツバキである。
仕事が早いね。
『わかった。
それじゃあ転送するからな』
そう念話を送ってカウントダウンもなく転送魔法を使った。
空けたスペースに輸送機が送られてきた。
ホバリング状態から無事に着陸。
そのまま輸送機へと乗り込む。
「レオーネ、少しは動けるようになったか」
帰って来るなりの第一声がこれというのも、どうかとは思う。
が、リオンを目覚めさせるにあたって姉が腑抜け状態では可哀相だもんな。
「申し訳ありません。
御迷惑をおかけしました」
「迷惑とは思っていないがな。
それよりさっそくリオンを目覚めさせるぞ」
「お願いします」
レオーネは深々と頭を下げた。
「ほら、深刻な顔するなよ。
自分の姉ちゃんがそんな顔してたら不安になるだろ」
「は、はいっ」
言われたからといって表情を作れるなら苦労はしない。
「いや、すまん。
無理を言ってしまった」
「いえ、私の方こそすみません」
「とにかく目覚めさせるからな」
「はい」
魔法で維持していた睡眠を解除。
これで通常の眠りの状態になった。
既に充分な睡眠が取れている状態なので軽い刺激で目を覚ます。
軽い呼びかけであったり、パチンと指を鳴らしたり。
ここまはまあ無粋な真似をすべきではないだろう。
「レオーネ、起こしてやるといい。
呼びかければ自然に目を覚ますぞ」
俺に戸惑うような視線を向けてきたが、軽く頷くだけで瞳に力がこもった。
妹の方へと目を向け、深呼吸ひとつ。
「リオン」
優しく呼びかけるとレオーネをやや幼くした面立ちに少しの変化が見られた。
瞼が微かに動いている。
「リオン」
もう一度レオーネが呼びかけると、今度はゆっくりとだが確実に瞼が開いていった。
さて、まずは再会。
そこからどうなるか、だよな。
読んでくれてありがとう。




