355 触手プレイはお断り
「じゃあ次」
そう言うとアンノウンがプルプルと震えた。
フルーツゼリーとかなら旨そうと思うんだが……
得体の知れないアンノウン相手にそんなことは思うはずもない。
それにしても、これだけ離れていて聞こえるのか。
なかなか高性能な耳を持っているな。
該当する器官を持ち合わせていないのにね。
それを言うなら目もないのに俺のことを認識してたからな。
鑑定できれば、どんな感覚器官を持ち合わせているかも調べられたけど。
残念ながら何も分かりません状態なので諦めるしかない。
どうしても知りたいならベリルママに頼んで調べてもらうという方法もある。
さすがに神様のシステムならアレも丸裸にできるだろう。
そこまでして知りたいとも思わないけど。
要は何に耐性があって何が弱点でといったものが分かれば良いのだ。
あと、特殊攻撃とか攻撃力とか。
今のところうちの面子で対応しても負けることはなさそうであるのだが……
「うわぁ」
部分的に数カ所がモコッと盛り上がった。
透明だけど妙に艶めかしい感じで伸びてきたよ。
背筋がゾクゾクするんですけど。
「触手だ」
誰がどう見ても触手だった。
透明だけどね。
生理的嫌悪感を抱かずにはいられない。
試しに魔物の死体を倉庫から引っ張り出して触手の近くに放り出してみた。
死体でも反応するかの実験である。
雄と雌がそろっているのはゴブリンとオークなので両方各1体ずつ。
触手は死体の近くでクネクネ踊るように動いていた。
「ホントに誰得なんだよ」
人間かどうかは関係ないらしい。
ゴブリンもオークも妙にくねった動きの触手に巻き付かれて回収されていく。
ただし、雄だけ。
メスの上で一瞬だけ止まったかと思うと無視して前に進んでくる。
理力魔法で操って気を引こうとしても無反応。
同じく攻撃させても無反応。
回収されたオスは冒険者たちの証言通りに本体内に取り込まれていく。
「いちいち嫌らしく見えるように動かすのは何なんだ」
完全に取り込んだ後はグネグネと魔物の体を動かしていた。
たぶん味わっているんだろう。
オークはともかくゴブリンなんて不味くて食べられたもんじゃないだろうに。
向こうはそんなことを気にする様子もない。
「男なら誰でもいいのかよ」
思わずツッコミを入れてしまう。
そしたら未だに伸び続けている触手がクネクネと蠢いた。
まるで照れ笑いしているかのようである。
「……………」
背筋が凍り付きそううだ。
考えてもみてくれ。
触手が艶めかしい動きをするんだぞ。
あれは二度と思い出したくないね。
そして取り込まれた魔物は消えた。
溶けたとか押し潰されたとか、そういうのではない。
一瞬で消え去った。
「マジかよ……」
絶対に取り込まれる訳にはいかない。
舐めてかかって近づいていたらヤバかったかもしれない。
接近戦は厳禁だ。
世の中なにが起きるか分からんからな。
触手もあまり引きつけずに対処してやろう。
とか思っていたら百メートルほど伸びてきたところでプルプル震えだした。
「なんだ?」
必死に耐えるような感じだ。
その状態で待っていると十秒程度でボトリと落ちた。
触手ほぼ全体が「もう無理です御免なさい」って感じで力尽きるように。
まあ、それだけ伸びれば頑張った方かもな。
距離を取っておいて正解だった。
触手を戻すこともできないみたいで落ちたまま放置されている。
頑丈だがデカさに見合った力はないことが判明と。
「丁度いいや」
動けないというなら都合がいい。
とりあえず小さめの火球を触手の先端に落としてみた。
感覚的には打ち上げ花火の導火線に点火するのに近い気がする。
触手はそれほど細いものではなかったが、何故かそう思ったのだ。
で、結果はというと。
ヂュンとか音がして煙が出た。
「表面のヌルヌルが蒸発したか?」
そうも思ったのだが、どうやらただの水蒸気のようだ。
有害物質が発生した様子もない。
他は触手の先端が数秒ばかり暴れた程度の変化しかなかった。
「思った以上に炎がダメなようだな」
これならコイツの同類が出現してもうちの面子で対応できそうだ。
「なら、遠慮なく」
たいまつの炎を嫌がったというのだから火や熱は弱点だろう。
いろいろと試してきたが、時間的な猶予も多い訳ではない。
余裕を持って終わらせたいしな。
そろそろ仕上げにかからせてもらう。
火球を次々と撃ち出す。
途中で千切れて増殖でもされたら面倒なので先端から燃やしていく。
触手がのたうち回るが外さない。
「狙い撃つぜ」
思わず口をついて出てしまったアレな台詞。
この場合は「乱れ撃つぜ」な方が良かっただろうかと考えながらも、次々と撃ち出していく。
燃やせば燃やすほど触手は暴れるが逃げている訳ではない。
早々に引っ込めればいいものを。
熱くてのたうつならそれくらいの余力はあるだろうに。
燃やされるがままである。
だが、燃やすのは止めない。
次々と火球を送り込んで燃やしていった。
1発ごとに触手が縮んでいく。
フィンガースナップはしない。
俺は手袋をはめたどこかの大佐ではないので。
とにかく燃やして触手を消していくのみだ。
本体もそれなりにたわんだりしているようだが触手ほどではない。
大いにのたうち回り暴れ倒している姿からは余裕など微塵も感じられない。
その証拠にもはや幻の女はどこにもいなかった。
反撃しようとする気配すら感じられない。
飛び道具や魔法もないね。
となると、奴の攻撃手段は触手による物理限定ってことか。
その触手も届かないとなれば行き詰まりである。
幻覚と催眠のコンボがなきゃ単に打たれ強いだけだな。
余裕がなくなると貝のように押し黙るしかない訳だ。
後は弱点の炎熱攻撃で終わらせるだけ。
対処法が分かってしまえば呆気ないものである。
でも、普通の冒険者だと幻覚を防ぎようがないから対処できないか。
幻覚を遮断する魔道具があればどうにかなるかもだけど。
そんな物をばらまくつもりも予定もないがね。
なんにせよアンノウンは消滅させる。
その存在の一片たりとて残しはしない。
何人も喰らった奴に情けなど無用だ。
触手を燃やして削りきったところでアンノウン本体に動きがあった。
遅えよと言いたくなったが、やはり反撃ではないようだ。
ブルブルと体表面を震わせて本体が退いた。
「逃げるのか?」
俺から遠ざかるように見えたので思わずそう言ったが、違う。
二回りはサイズダウンしていた。
「縮んだのか」
それでも通路は通れるものではない状態だ。
元がデカすぎるからなんだが。
いや、元は亜竜サイズだったらしい。
喰らっている間にこの大きさになったそうだ。
とにかくアンノウンは逃げなかった。
あの不定形の体で素早く移動できるものでもないとは思うがね。
それは触手の伸長スピードからしても明らかだ。
となると──
「防御力の強化か」
試しに氷弾を撃ち込んでみた。
表面に当たって弾かれたのは前と同じだが、今度は表面がたわまなかった。
続いて火球。
触手を燃やす時に使ったものよりも何倍も大きいものをぶち当てたんだが……
「燃え方が弱いな」
密度を高めて燃えにくくしたか。
バカなのかそうでないのか判断に困る奴だ。
多分本能的な防御行動に入っただけなんだろうけど。
「なら、中から熱して焼くまでだ」
氷弾の炎熱版ともいうべき溶岩弾を撃つ。
溶岩流であるラーヴァフロウをコンパクトに弾丸化した魔法だ。
ちなみに、即興で術式を構築して仕上げたばかり。
出来たてほやほやを試射って訳だ。
したがってライフル弾サイズで1発だけしか撃っていない。
こいつの出来しだいでトドメに使う数を決める。
そのためには中に食い込んでもらわないといけない。
氷弾のように表面で弾かれちゃ意味がないのだよ。
故に理力魔法で着弾個所を囲っておいた。
細長い漏斗のような感じだ。
これで跳弾を防ぐ。
だが、それだけでは不充分。
着弾しても表面で止められてしまってダメージが与えられるか怪しいところである。
だから着弾直後に理力魔法で後押しする。
後押しのイメージは電動工具のドリルドライバーだ。
溶岩弾をネジに見立てて高速回転で押し込む。
高熱を発している溶岩弾に摩擦熱も加わってアンノウンの表面が変色していく。
すべてが透明だったはずのアンノウンの表面がオレンジ色に変わりつつあった。
まるでガラス工房のガラス吹きだな。
丁度あんな感じの色だ。
次の瞬間、表面を突き破り一気に本体奥深くへと溶岩弾が突き刺さった。
そして赤熱し破裂。
赤黒い破片が表面近くまで飛び散る。
そして内部を高熱で焼き始めた。
破片の周囲も穴を開けた部分と同じようにオレンジ色になっていく。
穴の部分からは、それよりも早いタイミングで炎が吹き出していた。
「おおー」
思った以上にダメージが入ったようだ。
内部は表面ほどの強度や耐久性がないってことなんだろう。
どんどんアンノウンが萎んでいく。
穴が塞がり炎が消えると更に一回りは小さくなっていた。
「もう一丁!」
今度はトドメだ。
溶岩弾弐式をドリルバージョンで撃ち込む。
「一斉発射!」
数十発の溶岩弾がアンノウンの周りを囲うように曲線の軌道を描いて飛んで行った。
上下左右から灼熱の牙が襲いかかる。
アンノウンの表面に突き立つ牙たち。
それらすべてを理力魔法のドリルで高速回転させる。
アンノウンがのたうち始めた。
が、その程度でドリルが止まったりはしない。
「いかに暴れても無意味──」
奴が表面全体をたわませた。
そこに浮かび上がったものが俺の視線を釘付けにする。
「なんだとっ!?」
思わず叫んでしまっていた。
攻撃の手を緩めることはしなかったが。
アンノウンの表面が人間の顔の形をしていたのだ。
それも無数に苦悶の表情を浮かべながらである。
何かを叫んだ訳ではない。
だが、それらは別々の顔で苦しんでいた。
まるで自分が痛めつけられているかのように。
そしてアンノウンの表面が更に歪んで縮んでいく。
その時には人の顔は見えなくなっていた。
綺麗サッパリ痕跡すらも消えている。
だが、確実にそれは存在したのだ。
こちらの動揺を誘うための罠でもなさそうだ。
奴が見せた顔はすべて女ではなく男のものだったからな。
おそらくはアンノウンの中に取り込まれた犠牲者ってところか。
「この野郎」
エグい真似してくれるじゃないか。
いずれにせよ単なる異世界産の魔物って訳じゃなさそうだな。
読んでくれてありがとう。




