356 縮むだけではなかった
アンノウンが縮んだ。
いや、まだ収縮が続いている。
体表面のそこかしこを溶岩弾のドリル攻撃でオレンジ色に染めながら全身をたわませ続けていた。
「必死だな、おい」
意地でも溶岩弾を通さないつもりか。
確かに先程より穴が空きづらくなっている。
だけど表面だけを頑丈にしてもね。
せっかく柔軟性も兼ね備えていたのに硬化させては意味がない。
衝撃に弱くなるからな。
それはそれで好都合だけど。
現状でもハンマーで殴れば表面にヒビくらいは入りそうだ。
あと、お得意の触手攻撃もできないだろうに。
気付いているのかね。
結局、アンノウンは攻撃を受けながら亜竜サイズにまで収縮した。
収縮が完了した時点で溶岩弾は奴の内部に食い込み炸裂する。
が、今度の食い込みは前よりも浅い。
炸裂後の飛び散りも小さい。
「表面だけじゃなく中身も堅くしたか」
それでも熱には弱いままだ。
耐えきれずに半分まで小さくなった。
これでも頑張った方だ。
俺は消滅させるつもりで攻撃したからな。
「小さくなって、かろうじて消滅を免れたか」
形振り構っていられないのだろう。
それが先程の顔に結びつく。
表面に浮かび上がった無数の顔、顔、顔。
そのどれもが苦悶の表情を浮かべていた。
アンノウンに取り込まれたが故に苦しいのか。
それとも焼かれることに苦しんでいたのか。
俺にはわからない。
声は何ひとつ発していないからだ。
聞こえたところで意味のない叫びや呻きになってしまいそうだけど。
「無数の顔を見せて何がしたかったんだ」
返事は期待していなかったがアンノウンがビクリと震えた。
「俺が動揺するとでも?」
また震える。
何らかの意図があったようだ。
「あるいは同情すると思ったか?」
コイツは分かり易いな。
動揺するとビクビクと震える。
ただし脳みその出来は褒められたものじゃない。
人のことは偉そうに言えないが、行き当たりばったりすぎる。
対処療法的に力技でどうにかできるなら構わないが、それもできていないしな。
貴様の精神攻撃は通用しなかっただろう。
にもかかわらず既に死んだ人間の顔を使って何をしようというのか。
人質?
あり得ないよな。
死んでるんだし。
魂が残ってる可能性もない。
俺が鑑定して残滓すら見つからないんだから。
奴は異世界産でも死人はこっちの世界の人間だ。
鑑定で引っ掛からないとは考えにくい。
魂だけ特別なんてことはないよ。
アンデッドのような霊体だけの魔物もいるし。
なら、魂も引っ掛からない訳はない。
異世界の死人だったとしても無数の[アンノウン]として引っ掛かっていただろうよ。
生憎とそんなことはなかったな。
要するに、アレらは奴の一部でしかないのだ。
「下手な小細工だ。
あんなことで俺が心に隙を作ると思ったら大間違いだ」
奴は答えない。
元より答える口は持ち合わせてはいないが。
「あの顔はすべてお前が喰らった連中のものじゃないかよ。
それとも自分が食べたものを元の状態に戻せるのか?」
小刻みに震えていたアンノウンがピタリと動きを止めた。
「できる訳ないよな。
可能なら顔の形だけで終わらせるなよ。
肉体も魂もないんじゃ夜店で売ってるお面と同じだぞ」
自分で言っておいて、それはないと思った。
あんなに可愛らしいものじゃなかったからな。
むさ苦しいオッサンのリアルなお面なんて売れる訳がない。
しかも苦しむ表情だ。
Sっ気のあるやつなら欲しがるかもしれないが、普通に需要がない。
そこまで考えて我に返った。
奴の世界に夜店なんてあるだろうかと。
ボケてる場合じゃないんだが。
あまりに馬鹿馬鹿しくて惑わされてしまったようだ。
なんにせよ、奴は俺の言葉を受けても微動だにしなかった。
身じろぎもしないが、怯えをわずかに感じた。
そこにあるのは死への恐怖。
食われた者の恐怖をようやく知ったか。
別に無念を晴らそうとかは思わない。
身内が死んだ訳じゃないからな。
もし、そうなっていたら今頃は塵も残さず焼き尽くしているさ。
こんなに悠長なことはしていない、って……
どうも反撃がないせいで緊迫感に欠けるな。
さっきので終わらせるつもりだっただろうに。
コイツの同類が来ても対応はできるだけのデータは得られた。
相変わらず鑑定はできずじまいだが、おおよそのスペックは推定できる。
数十の溶岩弾で仕留めきれないなら百の溶岩弾で殲滅するまでだ。
すでに先程と同じ程度の攻撃で消滅は免れないはずだが念には念を入れる。
あんまり増やしすぎると後始末が大変だが、さっきはそれで失敗した。
ギリギリを狙いすぎた。
それでも周囲の温度が凄いことになっている。
熱処理しないと一般の冒険者じゃ耐えられない。
ラーヴァフロウを使わなかった理由がそれだ。
奴に溶岩流を流し込めば、いかに縮もうが数秒で終わったはず。
そのかわり1階層まるまる灼熱地獄になっただろうけど。
奥の手だからと安易には使えない。
だから溶岩弾を使う。
さあ、終わらせよう。
今度こそ確実に。
その時であった。
奴がアンノウンが震えだした。
今までのたわむような感じとは違う。
寒さに震えるような小刻みな動きだった。
「この期に及んでまだ縮むか」
それなら尚のこと好都合だ。
奴は確実に脆くなる。
恐怖に負けて更に弱くなるなど愚の骨頂。
そう思っていた俺だが、それは明らかに油断だった。
「おっと」
アンノウンが瞬間的に発光したのだ。
爆発的な光が俺の目を焼こうとしてくる。
どんな光量でも瞬時に対応できる目で助かった。
でなかったら目眩ましで不覚を取った恐れもある。
が、眩しくなろうが暗くなろうが俺には通用しない。
他の相手なら有効だっただろうがな。
俺には奴が更に小さくなっていく姿がすべて見えていた。
そして新たな姿を得て突進しようとしているところも。
そうでなくても近づいてくる音と気配で丸わかりだったが。
「ようやく動く気になったか」
光が収まる頃にはアンノウンが、すぐ近くにまで迫っていた。
「ここで変身かよ」
脚は4本。
馬のそれだったが、馬よりも速い。
今まで動かなかったのは何だったのかという加速だった。
その突進力に攻撃力が加われば、なかなかの一撃になるだろう。
ただの馬であれば突進しながらの一撃などはないのだが。
しかし、アンノウンは純然たる馬ではない。
本来の馬であれば長めの首があるはずの場所に人の上半身があった。
有り体に言ってしまえばケンタウロスだ。
相変わらずすべて透明なために動かなければ氷かクリスタルの彫像のように見えたことだろう。
あやふやながらも曲線を描くシルエットは女性的だ。
奴が見せてきた幻の女に近い。
全体的にスレンダーである。
胸元も寂しいものだ。
そもそも走っているのに弾まない。
まさに彫像である。
それにしては致命的なのが頭部だ。
スキンヘッドは言うに及ばず相変わらずののっぺらぼう振りである。
そんなものを見て色気など感じられるはずがない。
まあ、色気など感じてどうするのかというツッコミが入りそうだが。
向こうには意味があるだろう。
こちらを惑わせ攻撃をくらわせやすくするというね。
もっとも奴には欠片ほどもそういった意識はないようだ。
細長い円錐形に変形させた肘から先の右腕。
歪な感じだが、元から不定型なアンノウンだ。
合理的な形を取ったに過ぎないのだろう。
ちょうど馬上槍試合で見るような構えで突っ込んでくる。
ランスチャージってやつか。
女王様なロックバンドの音楽が使われている洋画を思い出してしまった。
アレは試合なので槍の先端は尖っていないがね。
こちらは殺す気満々だからな。
その殺気が乗り移ったかのように鋭い先端だ。
今までやられ続けた分のお返しと言わんばかりだな。
それだけの怒りと執念が槍の先端から感じられた。
その先端が俺の左胸を狙っている。
馬の脚で駆けてくるが槍の穂先はブレない。
技術と言うよりは執念か。
そうでなければ狂気だ。
よほど俺の溶岩弾の攻撃に恐怖を感じたのだろう。
恐怖を感じながら狂ったように向かってくるのは逃げられないことを悟っているのか。
窮鼠猫を噛むの心境なのかもな。
ならばこそ、速さは馬のそれを凌駕する。
死に物狂いであるからこその突進力が生み出す迫力もなかなかのものだ。
「ちびりそうじゃないか」
言葉とは裏腹にそんなことは考えちゃいない。
だから嘲笑うような声音になる。
そう、挑発しただけだ。
コイツはこの程度で感情を揺さぶられる。
口のないコイツは吠えたりはしない。
が、怒りにその身を震わせて魂で絶叫した。
それで充分だ。
計画通りってな。
眼前に迫った槍を左の裏拳で払い除ける。
怒りで硬直した奴の体勢では、その流れに抗うことはできない。
そのまま槍を脇へと押し流して奴を引き込んだところで右肘近くで槍を掴んだ。
直に掴むのではなく理力魔法のフィールドを間に挟んではいるけどな。
相変わらず表面がヌルヌルしているのでね。
そんなもので掴み損ねるわけにはいかないさ。
「キモいんだよ。
そんな姿になっておいてローションまみれとかさぁ!」
滑ることなく槍を掴んだ。
それだけでケンタウロス型となったアンノウンの突進は止まった。
「それが全速力か? 遅い!」
俺の立ち位置は変わらずだ。
奴の体重が乗った突進を止めても足元は1ミリもずれない。
「これで全力か? 弱い!」
衝突に等しい衝撃が襲いかかった。
俺ではなくアンノウンに。
言ってみれば壁に向かって走ってきて激突したようなものだ。
俺に止められた瞬間、奴はガクンと不自然な動きで揺れた。
人間なら骨折と脱臼は免れない。
あと脳震盪も起こしているかな。
頭は打った訳ではないけど、それだけの衝撃はあった。
いや、それよりも前に頸部骨折で即死か。
それだけの衝撃はあった。
俺の狙い通りなら人ではないコイツもただではすまないはずだ。
さて、どうなる?
読んでくれてありがとう。




