1715 武器のレンタル始めました
赤リッチの背後からカエデとビルが迫る。
「せあぁっ!」
ガッ!
カエデの双剣が赤リッチの腰に突き当たった。
「うおりゃあぁっ!」
ドッ!
続いてビルの打ち下ろしが首の付け根に入る。
だが、しかし……
「くっ」
「ちっ」
カエデが歯噛みし、ビルが舌打ちする。
ダメージは入っているものの微々たるものであった。
変身前に与えていたダメージより少なければ苦々しく思うのも仕方あるまい。
「こうも違うのかっ」
カエデが苦しげに呻いた。
「おのれっ!」
ビルが滅多矢鱈と斬りかかる。
が、突進の勢いが乗っていないが故にダメージは更に小さなものとなっていた。
何百何千と打ち込んでようやく総HPの1%を削れるかどうか。
おそらく当人にしてみれば削っているという実感さえ湧いていないだろう。
「変身は伊達じゃなかったな」
「感心しておる場合か」
またしてもシヅカにツッコミを入れられてしまった。
「少しは実感してもらわんとな」
「む? 何か策があるのか?」
怪訝な表情で問うてくるシヅカだ。
「策じゃなくて必勝アイテムかな」
「ならば、何故もっと早く渡さぬのだ」
「苦戦しないとありがたみがないでしょ」
「意地が悪いのう」
「修羅場を経験させていると言ってほしいなぁ」
「ガチガチに防御魔法を展開させておいて言うことではないわ」
シヅカが呆れたように嘆息しながら言った。
過保護なことをしておいて何を言うのかというところか。
まあ、伊達に[過保護王]の称号がついてる訳じゃないからね。
そこを指摘してくるシヅカだって充分に過保護なんだけど自覚はあるのだろうか。
なんてことを考えつつ──
「テッテレ~」
口で効果音を発しながら倉庫からアイテムを取り出した。
「ええいっ、スルーしよるかっ」
目くじらを立ててくるシヅカである。
「些細なことには目をつぶろうぜ」
「おのれぃ……」
歯噛みするシヅカだが、それ以上は追求してくるつもりがないようだ。
新人3人組の負担が増すと考えたのだろう。
では、気を取り直して──
「クレセントワンド~」
言いながら三日月状の短杖を倉庫から引っ張り出した。
例のごとく青い耳なし猫型ロボット風にダミ声で言ってみたのはお約束である。
元日本人組がいないので受けは悪いとは思ったけど仕方あるまい。
これも使わせたいオセアンに目を向けさせるためだ。
ちなみに古参組はまたやってるよという生暖かい視線を送ってくれましたよ、ええ。
慣れていないカエデやビルは目を白黒させていたけどね。
で、肝心のオセアンは浄化に集中しているので気づいていないというオチがつく訳だ。
注意を引きたい相手にスルーされるのは悲しいものがあるんですが……
こういうのは滑るとものすごく恥ずかしいんだよな。
自分でも赤面しているのは分かるが、そこはスルーだ。
こんなことで、わざわざ【千両役者】スキルを使うまでもない。
それよりもオセアンの前に歩を進めた。
「っ!」
目の前に人影が迫れば、さすがにオセアンも気づく。
それによって浄化の呪文は中断されはしたものの問題はない。
どのみちアイテムを渡す際に中断せざるを得ないのだから。
「はい、これ」
ポンと短杖を手渡した。
「は? え? あの……」
困惑の表情を浮かべるオセアンだ。
何の説明もなくいきなり渡されれば無理もないだろう。
「これを貸すから、浄化をリトライするのだ」
「はあ」
オセアンは困惑の表情を浮かべて生返事をする。
今更、短杖を使っても大して効果は増幅されないと考えるが故だろう。
赤リッチ相手には焼け石に水だと思っていそうだな。
「このクレセントワンドをそこらの短杖と一緒にしないでもらいたいな」
「はあ」
やはり生返事になるオセアン。
俺の背後では性懲りもなく赤リッチがタックルを続けているのだが。
臆病なのかと思っていたら意外と図太い神経をしているよな。
「増幅率は控えめに言っても割り増しじゃなくて倍以上であることを保証しよう」
「ふぁっ!?」
俺の説明を受けてオセアンが目を白黒させた。
そういう反応はクレセントワンドを使ってからにしてほしいものだ。
最初にベリルママから貰ったアイテムのひとつだからな。
あんまり使い道がなさそうだなと思って倉庫の肥やしになっていたのだけど。
今のオセアンになら丁度いいのではないだろうか。
クレセントワンドは周辺の魔力を集めて魔法の威力を増幅してくれるのだ。
故に放出型の魔法との相性が良い。
放出型は魔力をダダ漏れさせているようなものだからな。
本来なら無駄にする方が多いものを回収して魔法に上乗せしてくれる。
元手なしで強化されるなど文句なしどころか最高というものだろう。
「ほら、ボケてないで使ってみろ」
オセアンを促して脇に避ける。
「……………」
が、返事がない。
「しっかりしろ。
戦うと決めたのだろう。
だったら気合いを入れろっ」
「……は、はいっ」
ワンテンポ遅れてオセアンが返事をしてきた。
大丈夫なのかね……
些か不安を感じたものの浄化の詠唱はすぐに始まった。
集中できている証拠だ。
そのことから考えても動揺は残していないみたいだな。
我に返るまでは時間を要したが、その後までは引きずらなかったか。
どうやら心配する必要はなさそうだ。
ガン! ガン! ガン! ガン! ガンッ!
耳障りな音をさせながら結界を繰り返す赤リッチを無視してオセアンは詠唱する。
その間にビルは構えていた。
俺が動けば状況は変わると読んだのだろう。
さすがに慣れているだけはあるよな。
カエデは困惑したままであったが。
俺の行動に慣れてはいないし、魔法の方は専門外。
短杖ひとつで状況が変わることを信じ切れないといったところのようだ。
ならば次はカエデに武器を貸与するとしますかね。
倉庫の目録を確認していく。
候補のカードを表示させて絞り込んでいった。
「おっ」
俺は声を上げたが、貸与する武器が決まったからではない。
オセアンの詠唱が完了してビルが攻撃態勢に入った瞬間に赤リッチが振り返ったからだ。
無視できない威力の攻撃が来ることを察知したらしい。
強欲リッチの時より危機察知能力が上がっていると見るべきだろう。
「シャーッ!」
猫みたいな声で威嚇してくるあたり人間味が完全に消え失せてしまっているけれど。
構え方も武術のそれではない。
両手両足を広げ腰を落とした野性味あふれる感じだ。
威嚇の声と合わせると、いかにも悪の組織の怪人といった風である。
思わず狙ってやっているのかと言いたくなったさ。
読んでくれてありがとう。