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1663 妙案はあるか

 ハイラントが衛兵の小隊長を逮捕する必要性を説いた。

 言うほど大袈裟なものじゃないけど無視する訳にもいかないのが厄介だ。

 正直に言って面倒くさい。


「そうは言うけど、あの状態じゃ意味ないんじゃないか?」


 トモさんが親指で穴の底を指し示しながら言った。

 その先には小隊長だったものが横たわっている。


 もっとも、今の姿を見て衛兵の小隊長だと判別できる者はいないだろう。

 服装で職業と役職は判明しても個人を特定するのは到底無理だ。


 俺たちは、小隊長だったことを知っているから分かるけどさ。

 そのことを証明しろと言われると無理ゲーになる。


 トモさんが言いたいのはそのあたりのことだと思われる。


「そこなのだ」


 ハイラントは渋面を浮かべながら鼻息を荒くして言った。

 相当苛ついているな。

 トモさんが指摘したことは、かなり頭の痛い問題らしい。


「死んだだけなら何とでも言い訳できるがな」


 干からびてしまったのは大いに困ると言いたげである。

 まあ、個人が特定できないんじゃ色々と不便だろうし。


 干からびた人間っていうのは見た目もグロいからな。

 そういうのが人目にさらされるようなことがあれば大騒ぎになっても不思議ではない。

 中には平気な者もいるかもしれんが、どれだけいることやら。


 そのあたりが些か読めないのが頭の痛いところなんだよね。

 ホラー映画とかゲームの影響で耐性ができているせいだろう。


 とはいえ、しょせんは紛い物である。

 どんなにリアルで真に迫っていても本物には及ばない。

 そういう中途半端さが一般人の感覚を読みづらくさせているのだ。


 サンプル的に反応が見られれば修正は可能だけど、それはできない。

 一般人に見せた時点で噂が広まるのは目に見えているからな。


 下手すりゃ変な噂に転じてパニックが起きかねない。

 うかつな真似はすべきではないだろう。


「あの状態ではどうにもならん」


 更に渋面の色を濃くしてハイラントは嘆息した。

 気持ちは分からなくはないがな。


 いっそのこと水やお湯をかければピチピチの姿に元通りになってくれないものかね。

 ギャグ漫画じゃあるまいし、そんなのは期待するだけ無駄なんだけど。


「犯罪者では身代わりを用意する訳にもいかんしな」


 ハイラントは自分でもどうにか解決策をと考えていたようだが。

 良案とは言い難いものしか思い浮かばなかったらしい。

 ハイラントはお手上げだとばかりに両手を広げた。


 まあ、気持ちは分からなくはない。

 干からびていなければ、やりようはあったのだ。

 逃げ切れないと悟った小隊長が自害したことにできたからな。


 え? 奴はそんな殊勝な玉じゃないだろうって?

 確かに生き意地が汚いとは容易に想像はできるけどさ。


 問題は何処まで小隊長のことを知っているかと追及されると何とも言い難いところだ。

 高潔であるなどとは思わんけど、死の危機に直面したら卒倒するとかありそうだし。

 何事も絶対はないもんな。


 ただ、こうも言えるのではないだろうか。

 死んだ人間なんだから、これ以上は往生際が悪い行動などしないとね。

 言い訳もしなければ反論だってしないし。


 これぞホントの死人に口なしだ。

 ……手持ちの座布団をすべて持って行かれそうだな。


 なんにせよ小隊長は形の上でも逮捕できないのだけは間違いない。

 死んでいても、逮捕に向かったことにはできる。

 死体を発見して終了ってだけだ。


 その死体が干からびていなければね。

 無駄に騒がれることは、ハイラントも回避したいだろう。

 俺だってそんな面倒事に巻き込まれるのは御免被る。


 誰か妙案はありませんかねって感じでミズホ組の方へ振り向くと──


「護衛の騎士が逮捕したことにしてしまえばいいんじゃないの?」


 マイカがそんな意見を出してきた。

 この場にいる者であれば事情は分かっている。

 適当に口裏を合わせるのも容易いと言いたいのだろう。


 確かにその通りなんだが……


「そういう訳にはいかんよ」


 ハイラントは些かも肯定することなく頭を振った。


「犯罪者を逮捕するのは衛兵の仕事だ」


「そこは、どうにかして曲げるしかないんじゃない?」


 マイカは食い下がる。


「そうしたいところだが今回に限ってはそうはいかんのだ」


 それでもハイラントは頭を振って否定した。


「ましてや、その衛兵から犯罪者が出たのでは面子にかけて逮捕しようとするだろう」


 まあ、そうだろうな。


「それを騎士がかっさらうように逮捕したなどとなれば、衛兵の面目は丸つぶれになる」


「面倒くさいのね」


 まったくマイカの言う通りだと思ったさ。

 だが、衛兵の信用がギリギリで保たれるかどうかの瀬戸際なのも分かる。

 安易な思いつきで対処する訳にはいかない。


「無礼を働いたから手打ちにしたことにするのはどうかな?」


 ミズキが別案を出してきた。

 これなら衛兵の面子は気にしなくてもいい。

 まったく無視できるレベルではないだろうが、やむを得ないと納得はさせられそうだ。


 それでもハイラントは首を縦に振ることはなかったが。


「そう簡単にはいかんな」


 頭を振りながら嘆息するハイラント。


「どういう無礼を働いたかを考えねばならん」


「確かにそうだな。

 手打ちにするのは余程のことだろうし」


 ハイラントの言いたいことが分かったのでフォローしておく。


「そういうのは軽々しい理由だと噂が広まった時に怖い。

 この国では簡単に手打ちにされると民衆が恐怖することになりかねんからな」


 うんうんと頷いているハイラント。

 ただし、難問を抱えているせいで表情は渋いままだ。


「「そっかー」」


 そのお陰もあってか2人も食い下がるようなことはなかった。


「では、この状況を利用するのはどうでしょうか?」


 そう言ってきたのは何か案があるらしいフェルトであった。


「利用すると言ってもな」


 困惑の表情を浮かべるハイラント。

 フェルトの案も先の2人のように採用しづらいものだと思ったのだろう。

 聞く前からそういう態度はよろしくないな。


「で、どう利用するんだ?」


 代わりに俺が問う。


「呼び出しになかなか応じないので様子を見に行ったら姿が消えていたとなりますよね」


「ああ、なるほどね」


 この状況で不謹慎ではあるが思わず失笑してしまったさ。

 そこまで言われれば、フェルトの考えたシナリオが読めてしまったのでね。


「どういうことだ?」


 ハイラントは想像がつかないらしく不思議そうに問うてきたが。


「こちらの策に衛兵の小隊長が気づいて逃亡したことにすれば解決しませんか?」


「むうっ」


 ハイラントが唸った。

 フェルトの提案に渋る様子を見せる。

 素直に賛同できないようだ。


 考えすぎだと思うんだけどな。

 具体的な話を聞いていないからというのもあるのだろう。


「穴はあると思います」


 フェルトが苦笑しながら言った。

 それは俺も否定しない。

 が、言うほど問題になるかとも思うのだ。


「指名手配する必要があるのに絶対に捕まることがない訳ですから」


「そこは賞金を低めにしておけば、早々に塩漬けにしてしまえるだろう」


 俺はフェルトが自己申告した穴をフォローした。

 相手は小物だからな。


 衛兵がしでかしたという点を問題にする者も出てくるだろうが些細なことだ。

 わざわざ火消しをしなければならないほど声が大きくなることもないだろう。


 西方じゃメディアもSNSもないような状態だからね。

 口コミじゃ広まるスピードも高が知れているし。


 何より噂には尾ひれがつきものだ。

 嘘くさい情報が混じれば信じる者も減るというもの。


 酒場の与太話になるのがオチである。

 そういうのは普通は迷惑するところなんだけど。


 ただ、現状においては大歓迎と言って良いのではないだろうか。

 不正確な情報が広まるほど真実が埋もれていく訳だからな。


読んでくれてありがとう。

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