1653 引きずり出そう
どうしてこうなった。
……俺が油断していたせいだな。
現実から目を背けてはいけない。
心の何処かで小隊長風情がと思っていた証拠だ。
いや、小隊長の評価は変わらずだ。
問題はオマケの方である。
オマケというのは適切な表現とは言い難いのだが。
むしろ小隊長の方がオマケと言った方がいいくらいだからな。
何にせよ念のためにと結界を張っておいたのは正解だった。
召喚のために他の準備をしていたのもな。
でなきゃ、かなり泡を食っていたかもしれない。
召喚中のハリーが異常に気づいてから鑑定したら碌なもんじゃなかったのだ。
普通に呼び出していたら、どうなっていたことか。
野次馬連中がパニックを引き起こすような事態に発展していたとしても不思議ではない。
ある意味、運が良かったと言えるだろう。
面倒くさいからと召喚魔法で引き寄せるつもりになっていなければ。
用心して下準備を念入りにしていなければ。
ハリーの反応を軽く受け止め何もしていなければ。
クジ引きでお手伝いの権利をゲットした面々に余裕を持って指示が出せていただろうか。
そう思うが故に。
とにかく運が良いなら、それを生かすべく動くべきだな。
が、これ以上の指示は必要ないかもしれない。
クジに外れた面々も既に見学状態から気持ちを切り替え済みなのでね。
いつでもフォローに回れるよう臨戦態勢に入っている。
面倒なことになったと自力で気づいた訳だ。
あれこれ指示を出す前からだったのは、さすがと言えよう。
そう考えると、俺の指示がなくても各自が最適な行動をしたことだろう。
それでも口を出したのは俺が[過保護王]の称号持ちだからなのは言うまでもない。
皆を信じて任せるという手もあったのは分かっている。
指示を出さずにはいられなかったのだ。
悲しきかな、我が性分。
こんなことになるなら最初から鑑定しておくべきであった。
もっとスマートに片付けられていたことだろう。
少なくとも、ここまでバタバタはしなかったはずだ。
ちょっと後悔している。
こんな面倒事にしてくれた相手には例のひとつもしてやりたいところだ。
幸いと言うべきかフュン王国の面子で対応できるような事態ではなくなっている。
あれの正体を知れば俺たち主導で方を付けても誰も文句は言うまい。
逆を言えば、今から来るのはそういう手合いだ。
「俺は?」
トモさんが自分を指さしながら聞いてきた。
俺がクジに当たった面々に指示出しをしたことで自分にも何かあると考えたのだろう。
できれば、もう少し深く考えてほしかった。
更に穴を掘ってくれなんて指示は出せないよ。
「とりあえず待機かな」
俺がそう言うと、トモさんはガクッとずっこけた。
それだけではなくヨタヨタと何歩かよろめきながら歩きもした。
「あるぇ~?」
とか言ってるし。
「穴掘りを希望したのはトモさんだろ。
ノエルの結界は穴の方にもしっかり対応してるし」
地面には結界を張っていませんなんてことはない。
そっちから逃げられましたなんてことになったらシャレにならんからな。
「OH! なんてこったぁ……」
自らの選択ミスに頭を抱え込むトモさんである。
相変わらず芸が細かい。
これから来る面倒な相手のことなど眼中にありませんって感じだ。
気づいていない訳ではないんだけどね。
この状況下で緊張感がないのは、相手の実力を見抜いているからだろう。
さりげなくミズホ国以外の面子をカバーする位置に移動しているし。
そう、あのヨタヨタだ。
わざとらしいズッコケで本来の意図を隠すという高等テクニックである。
更にはそういう面々の緊張感をほぐすための一芝居も含まれていると思う。
俺たちの様子が一変したのを受けてガッチガチになっていたからな。
そういう気遣いは俺には難しい。
伊達に窓口の鉄仮面と呼ばれていた訳ではないのだよ。
日本人のオッサンだった頃の話ではあるけれど。
いくら生まれ変わったとはいえ、そうそう中身まで変われるものではない。
三つ子の魂百までっていうだろう?
俺の場合は半分喰われたから少しは変わっていそうに思えるんだけど。
そういうものでもないのかな。
まあ、何でもいい。
今はお客さんに対応するのが先だ。
ハリーの釣り上げに最後まで抵抗していたが無駄な抵抗であった。
むしろレベル400を軽く超えているハリーを相手によく頑張ったと言うべきか。
そんじょそこらの相手なら粘ることもできなかったとは思うが。
まあ、ハリーも本腰を入れていた訳じゃないしな。
皆の準備が整うのを確認した上で魔力の調整をしていたし。
何にせよ、小隊長が召喚魔法によって呼び出された訳だ。
「……………」
いきなり目の前の光景が切り替わったことで奴は絶句している。
完全に固まっていた。
芝居ではないのは俺の【千両役者】スキルで確認済みだ。
召喚には抵抗しておきながら引っ張り出されたら引っ込むか。
下策もいいところだ。
大方、隙を見て逃げ出すつもりなんだろう。
生憎とそうはいかないがな。
あれこれ考えている間に小隊長が我に返ったようだ。
キョロキョロと周囲を見渡していく。
「──────────っ!?」
上の方から見られていることに気づいて声にならない悲鳴を上げる。
別に着替えは終わっているだろうというツッコミが出そうになったが引っ込めた。
こんなの相手に漫才じみた話をするつもりはない。
「トモさんや」
呼びかけると、トモさんが俺の横までやってきた。
「なんだい、ハルさんや」
何故かしわがれた声を作って応じてくるトモさん。
俺は昔話の年寄りではないのだが。
油断も隙もあったもんじゃない。
「昔話ごっこは、また今度な」
「サーセン」
「仕事がしたいんだろう?」
「おや、いいのかい?」
「クジの当選者だからね」
「なるほど」
うんうんと頷いて納得する様子を見せるトモさんだ。
「それで、何をすればいいのかな?」
「あの小隊長の奥底にいる奴を引きずり出してほしいんだけど」
「ほいきたと言いたいところだけど……」
くるりと振り向いて──
「強引なことをすると、小隊長なオッサンが死んじゃうと思うんだけど」
そう言ってきた。
「今更だな。
アレに乗っ取られている時点で死んでるも同然だよ」
「お前はもう死んでいる状態だね」
「変な悲鳴を上げながら爆散したりはしないと思うけどな」
「そういうスプラッタなのは勘弁してほしいね」
「まったく同感なんだが、やるのやらないの?」
「やらないか? ウホッ」
「そういうネタはいいから」
「フヒヒ、サーセン」
連続で小ネタを出してくるトモさん。
だが、決してそれにばかり気をとられている訳ではない。
その間に魔力を練り上げていたのだ。
既に準備万端である。
「一応、ハイラント氏に確認しておいた方が良いかもね」
面倒だがトモさんの言うとおりだろう。
「俺に何を確認するんだ?」
ハイラントが間近に寄って来ていた。
小隊長の姿を確認するためだろう。
「奴はもうじき死ぬと言ったら?」
その質問にハイラントが渋い表情を見せた。
「捕らえて沙汰を言い渡したいんだがな。
殺してしまうほどの罪がある訳ではなかろう」
「既に死んだも同然なんだよ」
「は? ピンピンしているぞ」
確かにそう見えるよな。
こんな目にあういわれはないとか誰それの陰謀だとかうるさくて仕方なかったし。
今も何かわめいているようだが、ノエルが音声を遮断したので口パク状態だ。
「ヤバいのに体を乗っ取られてる」
「なにぃーっ!?」
驚きをあらわにして目を見開ききっている。
「乗っ取るだって!?
それにヤバいのって何だよっ?」
まくし立てるように聞いてきたのはランスローだった。
どうにも気になって仕方ないようだ。
言葉遣いが乱暴な割に心配性な男である。
読んでくれてありがとう。