1651 説明しなきゃならんか?
「何をするかは分かっているな」
ハリーに声をかけると──
「はい」
短く返事があった。
「では、始めようか」
こくりと頷いたハリーだったが……
「ちょちょちょっ、ちょい待てぇーい!」
ランスローがストップをかけてきた。
穴を掘り終わったトモさんが後ろの方で──
「今の待てぇーいは惜しいな」
とか言ってる。
聞かなかったことにしよう。
ツッコミを入れると延々と話し込まれそうな雰囲気を感じる。
今はランスローの相手をしなきゃならんしな。
こっちの方が面倒くさそうな雰囲気をビンビン感じたけど仕方がない。
放置する方が余計に面倒なことになりそうに思えたからね。
黙って見ているようプレッシャーをかけたのに、それを振り切ってきたからなぁ……
プレッシャーだけで終わらせたのは失敗だったと今更ながらに後悔する。
怖がらせるのは本意ではなかったから殺気を込めなかったし。
もっと簡潔明瞭に言うべきだったのだ。
「待てと言われてもな。
これ以上、遅らせて何の得がある?」
「一体、何をするつもりだっ?」
溜め息しか出てこない。
「だから、衛兵の小隊長を呼び出すと言っただろう」
「だから、どうやってだ」
ダメだ。
これは堂々巡りのパターンである。
「まあまあ、ここは黙って見ていた方が良いのではないかな」
サリュースが間に入ってきた。
正直、助かる。
ランスローは頭に血が上っているような状態だったからな。
あれじゃあ言葉で説明しても理解しようとしないだろう。
「とりあえず聞くだけは聞いておいた方が良くはないか?」
ハイラントが言ってきた。
「想像をはるかに超えることをされて度肝を抜かれるのは避けたいところだ」
「うむ、事前に分かっていれば心の準備もできるだろう」
ルータワーがハイラントの意見に同意した。
「心の準備は大事ですよ」
何故かやつれた表情を見せながらスタークが言った。
「私としては非常に嫌な予感しかしませんから」
「人聞きが悪いな」
思わず愚痴を漏らしたさ。
「いや、そうでもないのか」
すぐに考えを改めたが。
というのも、具体的に何をするか言ってなかったことを思い出したからだ。
小隊長を呼び出すとは言ったが、それだけだったもんな。
「どっちなんだよぉ」
唇を尖らせて文句を言ってくるランスロー。
「心構えはしておくに越したことはないってことだ」
「それはそれは、ちょっと残念なのだよ」
苦笑しながらサリュースがそんなことを言った。
「どういう意味だっ」
振り回されるのは御免被るとばかりにランスローが噛みつく。
「やだなぁ、変な意味はないよ」
ランスローの剣幕に押し巻けることなく軽い調子で受けるサリュース。
「何が起きるのか分からない方がいろいろと想像できて楽しいと思うんだけどね」
ニコッと笑ってみせるサリュース。
だが、ランスローの表情は渋いままだ。
とてもではないが、その意見には賛同できないと顔に書いている。
「へっ、そういうのは常識の範囲内でやってくれ」
「おやおや、その口ぶりではハルト殿が非常識だと言っているようなものだよ」
肩をすくめながらサリュースが言い返した。
あまり真剣味は感じられないが、一応は失礼だと指摘しているつもりらしい。
「ようなものじゃなくて言ってるんだよ」
ぶっちゃけてくれましたよ、ランスローさん。
「アハハハハッ!」
それを聞いてサリュースがバカ受けしているし。
つい今し方の指摘は何だったのかとツッコミを入れたくなったさ。
まあ、いいけどね。
悪うござんしたねと、いじけてしまうのも大人げないだろう。
ミズホの常識は西方の非常識なんだし。
「そうやって面白話で話し込むなら勝手に進めさせてもらうぞ」
「何処が面白話なんだっ、何処がっ」
ランスローにツッコミを入れられてしまった。
しょうがないだろう。
西方には漫談とか漫才なんて存在しないから、そう表現せざるを得ないのだ。
仮に存在しても文句を言われたかもしれんがな。
「とにかく聞く気が無いなら──」
「あるあるっ、あるぞぉっ」
俺の言葉を遮るように前のめりになって迫り来るランスロー。
ヒートアップしすぎだ。
早々に教えておくべきだろう。
そうでなくても5国連合の男連中はランスローに続かんとするかのような姿勢だし。
是非とも聞いておきたいと体全体で表現している。
「分かった、分かった。
聞きたいなら少し後ろに下がってくれ」
「むっ?」
俺の要求を耳にしてランスローが我に返った。
「簡単に言えば──」
「「「「言えばっ?」」」」
サリュース以外の5国連合の面々が前に出てくる。
俺は掌を前に押し出すジェスチャーをして口をつぐんだ。
ハッと我に返って後ろに下がるオッサンたち。
「召喚魔法の応用だ」
「なっ!?」
驚きをあらわにしたのはスタークであった。
「人を召喚魔法で呼び出すなんてできっこありませんよっ!」
思わずといった調子で叫んでいた。
「俺もそんな話は聞いたことがないな」
ハイラントが唸った後にスタークの意見に同意した。
「同じく」
「俺もー」
ルータワーやランスローもそれに続く。
どうやら召喚魔法で呼び出せるのは特定の相手に限定されると思い込んでいるようだ。
ゴーレムとか精霊やそれに近い存在などだな。
あとは契約により特定の魔力的な結びつきの強い相手か。
それらは魔力さえ足りれば呼びやすいってだけの話である。
召喚魔法は西方じゃ使い手がほぼいないような状態らしいし。
それでも人を召喚するよりは現実的なようだ。
少なくとも彼らの常識では。
「ふむふむ、興味深い話だねえ。
やはりハルト殿は我々の想像を超えてくれる」
そう言ってサリュースは快活に笑った。
「想像を超えるどころの話じゃありませんよ」
顔をしかめさせて文句を言うのはスタークだ。
「そうは言うがね、スタークくん」
余裕の表情を見せるサリュース。
「想像を超えて当たり前だとは思わなかったのかい?」
「え? どういう意味ですか?」
怪訝な表情を見せるスターク。
それを見たサリュースが──
「おやおや、本気で言っているのかな?」
やれやれといった様子で頭を振った。
「え? えっ?」
どうしてそんな風に言われるのか訳が分からず困惑するばかりのスタークだ。
「もう忘れたのかい?」
ちょっと呆れたような目を向けた。
「影渡りという魔法を嫌というほど見ただろう」
見ただけじゃなくて送り迎えもされたんだがな。
「あっ……」
ようやく思い出したような反応をするスターク。
「──────────っ!」
悔いるようにうつむく。
さらには、どんどん赤面していった。
恥じ入る気持ちも湧き上がってきたのだろう。
しばらくは立ち直れそうにないかもな。
「でもよぉ」
代わりに口を開いたのはランスローである。
「影渡りは使わねえって聞いたと思うんだが?」
どうもランスローは召喚魔法と混同しているっぽい。
「今回使うのは召喚魔法の応用だとハルト殿は言っていたじゃないか」
その点においてはサリュースの方がきちんと理解しているようだ。
「別物なのか?」
「さてさて、それを私に聞かれてもねえ」
答えようがないとばかりに肩をすくめてみせるサリュース。
「どう違うのかなんて私には説明しようがないのだよ」
まあ、根本から理解している訳じゃないからな。
そんな訳で俺の方に視線が集まった。
「細かい話はしてもしょうがないぞ」
「確かにな」
苦笑するルータワー。
「元から理解できておらんものの違いを説明されても理解できまい」
それを聞いたランスローが諦めの表情になった。
「チンプンカンプンってことかよ」
「そういうことだ。
だからハルト殿は何も言わずに事を進めようとしたのだろう」
「まあ、……そうかもな。
言われても言われなくても結果は同じだ」
ランスローはハアッと盛大に溜め息を漏らした。
「それに最初から呼び出すという予告はしていたしな」
ハイラントが言った。
「あー、そういやそうだった」
更に嘆息するランスローであった。
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