1602 戦いの後も祭りは続く
カエデとウルメがそろって試合会場から出てきた。
「お疲れ、最後までよく頑張ったな」
俺は2人に声を掛けた。
これには二重の意味がある。
本戦は誰が見ても熱戦だった。
俺も手に汗握ったさ。
故に試合を最後までという誰もが考えるであろう意味がひとつ。
そして、もうひとつの意味は武王大祭の本戦終了セレモニーを耐えきったこと。
決勝戦前のセレモニーよりも長かったのだ。
何となく嫌な予感はしてたんだよな。
お陰で2人とも疲れ切った表情をしている。
「どうも」
カエデが会釈する感じで頭を下げて応じた。
「お待たせして申し訳ありません」
ウルメはガバッと頭を下げたけどな。
疲れているのに律儀な男である。
そういう姿勢は好感が持てるのだが……
俺たちがお忍びで来ているということを失念しているのが玉に瑕だ。
「そういうのは人のいない所で頼む」
ツバイクが苦笑いしながら言った。
『あー……』
俺は内心で嘆息した。
空を見上げたい心境である。
ツバイクのそれは明らかに間が悪い。
お忍びだというなら、ここでウルメを注意しちゃいかんのだ。
この場はスルーが正解であった。
今更であるが……
「もっ、申し訳ありませんっ!」
反射的にペコペコと頭を下げ出すウルメ。
こうなってしまうんだよな。
俺が予想した通りの流れになった。
いや、ツバイク以外の面子が「やっちゃったぁ……」な顔をしている。
誰でも予期し得たことだな。
結果としてその場を逃げ出すように去ることになったのは言うまでもない。
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慌ただしく試合会場から離れた俺たちは屋台で賑わう通りから少し離れた通りにいた。
まあ、有り体に言ってしまうと路地裏だ。
「面目ない」
ションボリと肩を落としたツバイクが謝る。
「いえっ、自分が悪いのですっ」
泡を食ったように謝り出すウルメ。
「反省しているなら次に生かしてくれりゃあいい」
別に謝罪など求めていないのだ。
「それより祭りはまだ終わった訳じゃないんだ」
武王大祭は戦うだけのお祭りではない。
一般には武王大祭は武闘大会のように思われてはいるけれど。
あくまで戦いは神様に奉納するための神事のひとつにすぎないのだ。
神事の中では最大規模かつ最長期間にわたって行われるんだけどね。
実はそれによって人を集めるのが目的だったりする。
メインの目的は五穀豊穣の祈祷を捧げることだ。
他にもパレードや演劇が行われる。
屋台は規模が縮小されるものの蚤の市がかわりに開催されるそうだ。
これも神事のひとつだという。
まあ、すべてハイラントの受け売りだ。
リサーチ不足は要反省ってところだね。
それはともかく、最初に聞いた時は今ひとつピンと来なかったさ。
この国の王様から直に聞いた話なので間違いはないのだけど。
最初と最後に祈祷が捧げられるというし。
ルディア様に蚤の市が神事とされていることについて感想を聞いてみたいものだね。
こういうのは商売の神とされているアフさんの専門じゃなかろうかと思うのだけど。
ちみっこい亜神の姿を思い出しながら考えてみたが、よく分からん。
そういう仕事の話って詳しく聞いたことがないからな。
ピンと来なかったのは専門分野ごとに明確に区切っているイメージをしていたせいだ。
役所だとこういうのはキッチリしていたのでね。
業務内容があまりにも膨大で多岐に渡るため線引きを曖昧にすると混乱が生じかねない。
専門性の高い部署では繁忙期でも下手に応援を呼ぶことができないからな。
例えば保険とか税金関連だ。
知識と経験が要求される上に要綱がちょくちょく変わったりするし。
だから生き字引のような人がいたりするんだよな。
それでも役所で主に求められるのは浅くても広く対応できる人材だ。
とりあえずは話を聞いて、どういう業務が該当するか判断できるようにするためである。
自分の受け持ちなら手続きを続けるし、案内が必要なら専門部署に案内する。
場合によっては先に連絡をしておくこともある。
故に役所の幅広い業務に対応できるよう人事異動が頻繁に行われるのだ。
部署の線引きは明確だけど、意外とアバウトな部分もあるってことだな。
アフさんたちの場合は異動と線引きがないだけなのかもしれない。
臨機応変に対応しないと引っかき回す人もいる訳だし。
誰とは言わないけど……
ただ、こういうお祭りイベントで絡んでこないのは不気味に思えてならない。
それだけベリルママたちが忙しいってことかもな。
変なちょっかいを出せないのだろう。
たぶん、最凶のお仕置きが罰として下されそうな気がする。
大きいのをやらかした後で、ほとぼりを冷ましている最中でもあるし。
もしかすると、ツバイクが同行しているから手を出しづらいというのもあるか。
ミズホ国民だけになった時は要注意だな。
ツバイクを国元に送り届けた後なんてタイミングとして怪しいところだ。
家に帰るまでが遠足です精神で注意しておくとしよう。
何はともあれ、今は──
「残りの武王大祭も存分に楽しまないとな」
これに尽きるだろう。
「だったら、こんな場所に来ちゃダメじゃない」
呆れたように嘆息してからマイカが言った。
「マイカちゃん……」
ミズキが残念な子を見る目でマイカを見て頭を振った。
「なっ、なによぅ……」
唇を尖らせて抗議しようとするマイカ。
だが、何か引っ掛かるものを敏感に感じ取ったようで後が続かない。
「仕切り直しのために落ち着ける場所に来たんでしょ」
「そこは結界を使えば問題ないはずよ」
確かにやろうと思えばできる。
難しくはない。
というより既に使っている。
路地裏に集団で入り込むとか怪しさ満点だからな。
衛兵に目をつけられたり通報されたりしないようにしたつもりだ。
それならマイカの言うように往来でも問題ないと思えるかもしれない。
人通りが少ない場所を選ぶ必要はあるけどね。
そんな場所を探すくらいなら人のいない方へ行く方が早いというのはあるのだけど。
実際、ここは試合会場から離れてすぐの場所だからな。
それにマイカは肝心なことを見落としていた。
「結界の内側にいる私達が落ち着けないんじゃ意味ないじゃない」
ということだ。
「ぐはっ」
ようやく気付いたマイカが大袈裟なリアクションで沈没していった。
先に殺陣の要領で斬り伏せる真似をしていたら、きっと似合っていたことだろう。
こういうのってノリの良い関西人だと素人でも付き合ってくれたりするそうだけど。
そのあたりの影響を受けている節があるな。
某新喜劇を見に行くため、ちょくちょく関西に旅行に行っていたというし。
まあ、2人のボケとツッコミは置いておこう。
「とにかく済んだことは気にせず楽しもうぜ」
俺はツバイクとウルメにそう告げた。
「「はい」」
恐縮しながらも了承してくれたので路地裏から出て行く。
認識を阻害する結界は維持したままだ。
そして徐々に結界を弱めていく。
周囲の人々に怪しまれないようにするためなのは言わずもがなであろう。
完全には消さないようにする。
変なのに目をつけられても面倒なだけだからな。
「それで、この後の予定はどうするんだい?」
トモさんが聞いてきた。
「そりゃあ屋台巡りだろう。
明日からはスペースが入れ替わるそうだし」
「あー、道具市がメインになるんだったね」
「御飯がいっぱいある方が良かった」
ノエルがそんなことを呟く。
意外に食いしん坊さんだ。
まあ、味のバリエーションが楽しめないと言いたいのだろう。
「そこは工夫しだいだろう」
「どうするの?」
「晩御飯の時に屋台ごっこをするのはどうだ?」
俺の提案にノエルが人差し指を顎に当て上を見ながら考え込み始めた。
「……それいい。
やってみたい」
「じゃあ、決まりだな」
「うん」
露店業種の入れ替わりに不満を口にしていたノエルが一転して笑顔になった。
相変わらず他者には分かりづらい笑顔ではあるが。
俺には満面の笑みに見えるので問題ない。
「あの……」
ツバイクが困惑の表情で話し掛けてきた。
「屋台ごっことはどういうことでしょうか?」
なかなか想像がつかないようだ。
無理もない。
暗くなってから屋台が引き上げた後にどうにかするのかと思っているなら尚更だ。
それ以前に屋台を出す許可なんて貰っていないしな。
「宿屋の中でそれっぽいことをするだけだ」
「は?」
短く声を発しただけだが目を丸くさせたツバイクの表情を見れば言いたいことは分かる。
「うちにはそういうノウハウがあるんだよ。
どうやってと思うかもしれんが、それはお楽しみに取っておくといい」
読んでくれてありがとう。




